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1/1,000,000  作者: 和登
序章
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00 はじまりのはじまり(後)

00 はじまりのはじまり(後)




「予兆というと? 博士、具体的にいってくれぬか?」


 発言したのは重臣の一人、サフォード伯エミリオだ。

 禿げ上がった頭がいかにも理知的な男で、外交手腕に長けていた。


 デミウルゴスは振り返り答えた。 


「近頃大きな地震が続いているのはご承知でしょう。地殻に大きな捻れが生じているのです。われら賢者は国境を越えて情報を共有しておるのですが、眠っていた巨大火山が目覚めつつあるとの報告を受けておりますのじゃ。その山の名はエトリア山」


「エトリア……大陸にある山脈だな?」


「左様」


「しかも……厄介なことにガリポリ人たちの住む領域だ」


 誰かの不安げな声がした。


「大陸にある火山ならば、われわれには関係ないのでは?」


「馬鹿な。貴公は博士の話を聞いていなかったのか」とエミリオは一喝した。「巨大火山がひとたび噴火すれば、惑星全体が被害を受けるのだぞ。ブリタニカ島も無傷ではいられぬわ」


 さきほどの発言者はしょげかえる。

 しかしそれが引き金になったのか、あちこちで活発な議論が沸き起こった。


「もしまた同じことが起きるのなら、事はグノーシス王家だけの問題ではないぞ」

「そのエトリア山に調査隊を派遣してはどうか」

「いやまて。まずはガリポリ人との外交問題を解決せねばならん」

「この非常時にそんなことをいっている場合か?」

「しかし彼らは何かの罠と思うかもしれぬではないか」

「縁戚のリエージュ家に仲介を頼んではどうだろう?」


 とその時、「待ってください」と鋭い声が聞こえた。若い男の声だった。


「みなさん、待ってください。そもそもの前提がおかしい。いつ噴火するかわからないものを憶測のまま議論しても意味がありません」


 発言者はランド卿のお供としてついてきた若い陸軍士官だった。名をジグルトという。

 彼は太い眉をぴくりと動かしてデミウルゴスに視線を向けた。


「博士。エトリア山が破滅的な噴火を起こしそうだ、というだけでは国は動かせませぬ。極端な話、噴火は何十年先、何百年先かもしれないではないですか? もっと確証が欲しい。より具体的な情報を提供できませんか?」


 するとデミウルゴスは白い口髭をふむと撫でた。

 デミウルゴスは笑っていた。その笑みを誤魔化すために髭に手をあてたのだ。


「勿論、ございますぞ」


 と、大賢者は白い壁に杖の先を向ける。

 みんな注意を払わなくなっていたが、映像はまだ続いていた。

 黒髪の清楚な女性がにこやかに笑いながら、何かを語りかけていた。

 女性が画面から退場すると、カメラは建設中の施設を映した。


「何ですか? これは」とジグルトが問う。


「これは『はじまりの迷宮』の地下ですじゃ」


「地下……?」


「左様」とデミウルゴスは頷いた。「グランドカタストロフが起きたとき、われらが祖先はただ座して滅亡を受け入れたわけではありませぬ。いつの時代にも決して諦めない人種がいるものですじゃ。彼らは再び惑星に危機が訪れたとき、それを『警告』し『対策』するシステムを持てる技術の全てを投じて建設していたのです」


「それが『はじまりの迷宮』の地下にあると?」


「その通り。そもそもこのウォームクリスタルはその地下から持ち帰ったもの。そして帰還した冒険者たちは口を揃えて云っておりました。自分たちはもうじき世界が破滅すると『警告』された、と。そしてフロア5と呼ばれるエリアに『対策』が用意されているらしい、とも」


「警告された……? 誰に?」


「冒険者が云うには、人の言葉を話していたが人には見えなかったと。おそらく古代の人造生命体でしょう」


「では『対策』というのは?」


「不明ですじゃ。人造生命体と接触中に何者かに襲撃され、彼らは撤退を余儀なくされたとか。しかしフロア5に何かがあるのは間違いないようです」


「ふむ……」


 ジグルトは何か考え込むように口に手をあてた。


「待て……待て待て? 待て待て待て――」重臣の一人が緊迫した声で云った。「ということは、『はじまりの迷宮』に世界を救う方法があるということか? ではこの情報は外部に漏らさないほうがいいのではないか? あの迷宮はわが王家の領土にある。下手に情報を開示すれば、無用の混乱を引き起こすことになりはしまいか?」


 暗に、独占しようと重臣はほのめかしていた。

 しかし、グノーシス王は首を振った。


「いや――余は『はじまりの迷宮』を広く解放しようと思う。望むものには誰にでも迷宮探索権を与えよう」


「陛下! それはなりませぬ!」重臣は王に詰め寄った。「ただちに軍隊を派遣して迷宮を確保してしまうべきです!」


「誰にでも、というのは困りますなぁ」口を開いたのは迷宮管理局の局長だ。「今でもあの島にしか生息しない希少な動物や植物を勝手に採取して売りさばく冒険者が後をたたないというのに。これ以上山師に寄ってこられてはたまりません」


「へ、陛下……! は、発言よろしいで……しょうか」


 咳き込みながら老いた将軍が手を挙げた。

 彼は肺を腫瘍に冒され床に伏していたところを無理に会議に出席していた。


「なんだ、マイセン。申してみよ」


「は……! 小官が愚考しますに、ごほっ……し、しますに……ぐごげほごほ」


 マイセンに付き添っていた若い女性が彼の背をさすり、手を挙げた。

 青い瞳の美しい女性だった。


「あのう、陛下。わたくしが大将閣下に代わって発言してもよろしいでしょうか?」


「構わぬ」


「はっ、ありがとうございます。大将閣下はこう云おうとしたのです。『はじまりの迷宮』に軍隊を差し向けることは出来かねます。それは愚策というものです、と」


「な、何をいうか!」


 血相を変えて重臣が怒鳴った。指を差して女性を糾弾する。


「不敬であるぞ! 命令に従えぬというのか!?」


 老いた将軍は口を開きかけたが、またしても激しい咳の発作に襲われた。


「いえ、わが軍は陛下のため命を投げ打つことを厭いません」女性は重臣を睨みながら云った。「しかし、われらはあくまで対人戦闘の集団です。怪物を相手に戦うことは想定しておりません。もし派兵を強行するのであれば、壊滅的な被害を受けることも覚悟するべきです。それは王家にとって上策といえましょうか……?」


「ふむ。迷宮の探索はその専門家に、ということか?」とグノーシス王が問うと、


「御意」女性は目を伏せて恭順を示した。「迷宮に潜るには、特殊な能力が必要です。冒険者たちの持つ『魂の力(スピリット)』が」


「『魂の力(スピリット)』か……。そもそも彼らの不可思議な能力も、あの迷宮で発掘されたものであったな。だから『はじまりの迷宮』なのだ。いや、待て。むしろ……」


 目を閉じながらぼそりとグノーシス王は何かつぶやいたが、その声は小さすぎて誰にも聞き取れなかった。

 しばし沈思黙考していた王は目を開いた。


「――よかろう。軍を派遣することはせぬ」


「ありがとうございます。……あのー、その代わりといっては何ですが、いかがでございましょう? 軍隊の中から『魂の力(スピリット)』を持つ者を選抜し、迷宮探索の任にあてるというのは?」


 駄目元で、という感じで女性は恐る恐る意見具申したが、王は即座にそれを受け入れた。

 歴代のグノーシス王の中でも、彼は合理的な考えを好む性質だった。


「ふむ。妙案であるな。そなたはマイセンの孫娘の――ミラー大尉と申したか? この件は陸軍に一任するゆえ、そなたも補佐するがいい」


「はっ、お任せを」


 晴れやかな顔でミラーは頷き、礼をした。

 口元を押さえてぜえぜえ喘いでいたマイセンはじろりと孫娘を睨んだ。結局一度も発言できなかったため、老将軍が何をいわんとしていたのかは誰にもわからない。


「はて? そういえば――」


 ふと思い出したようにグノーシス王は首を傾げた。


「このウォームクリスタルを迷宮より持ち帰った冒険者たちはその後どうしておるのだ?」


 すると側近が王の耳元で囁いた。


「彼らのパーティは半壊しましてございます。迷宮を脱出できたのはわずか二人とか。死んだ者の中には、例のリンツ殿も――」


「リンツ……?」


 グノーシス王は記憶を辿るようにその名を舌の上で転がした。

 しばらくして、


「おお、ジャン・ジャック・リンツか。覚えておるぞ。豪儀な男であった」


「はっ。まさに冒険者の鑑という御仁でございました」


「して、生き残った二人は?」


「その者たちはクリスタルを献上した後、王都を発ちました。なんでも迷宮で命を落とした仲間の家族へ遺品を届けにいくとか」


「それは難儀なことをさせたの」


 つぶやき、王は瞑目した。

 再び目を開いたとき、議論はさらに白熱し、周囲の人間はそれぞれの意見を戦わせていた。話題の中心は諸外国との交渉に移っている。

 王はそれを聞きながら、ジャン・ジャック・リンツという冒険者の顔を思い浮かべようとした。


 そうか――あやつ、死んだのか。


 惜しい、と思うが、一国の王としてそれ以上の感想はない。

 次の瞬間にはそのことを忘れ、新たな問題に取り組まなくてはならないのだ。

 いつのまにかソフィアの間に投じられていた映像は終わり、壁には光のプールが出来ていた。




 つづく

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