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1/1,000,000  作者: 和登
序章
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00 はじまりのはじまり(前)

 00 はじまりのはじまり(前)




 その日、グノーシス王宮ソフィアの広間は異様な緊張感に満ちていた。

 急遽開かれることになった会議のために国中の実力者が続々と集まっていたのである。

 王の重臣や将校はもちろんのこと、有力貴族や賢者学院の賢者の姿も見えた。

 より幅広い意見を求めるために、本来なら会議に出席できない身分の低い者もお供として同行を許されている。まさに国中の知恵が集結していた。

 この会議を呼びかけたのは大賢者デミウルゴス。彼はこの場で重大な警告をグノーシス王に訴えるつもりだった。

 先日、ある冒険者の一団が『はじまりの迷宮』と呼ばれる迷宮の奥深くから『古代の遺物』を持ち帰り、それを解析した結果恐るべき事実が判明したのだ。

 その『古代の遺物』は『過去の記録』であり、実際に王に見てもらう必要があった。 



 午後二時に王が広間に現れた。

 広間の中央は見たこともない機械に占拠されていた。

 技術者たちが忙しく動き回り、王の御前で見苦しいミスを犯さないよう最後の調整を行っている。

 機械は賢者学院の倉庫で眠っていた代物で、ウォームクリスタルの情報を読み取ることが出来る。ウォームクリスタル自体は千年の時が経とうが中身が損傷することはないが、再生機の方は話は別だ。

 大混乱期の後、多くの技術が失われてしまった。この機械にしたところで、使えるパーツをかき集めて無理矢理動かしている状態であった。


 王の姿を認めて、大賢者デミウルゴスは最敬礼をした。

 王は片手をあげて止め、やや緊張した面持ちで話しかけた。


「壮観なものだな、デミウルゴス。余はこのような奇妙な装置を初めて見る」


「恐れながらわれわれの先祖の英知の結晶であります。しかし我が賢者学院の知恵をもってしても原理はわかりませぬ。ただ、どうすれば動くかわかるだけなのです」


「いや、興味深い」


 グノーシス王は蔦のように床に伸びた色とりどりのコードを目で追いながら云った。コードの先は隣室に置かれた大型発電機につながれている。

 デミウルゴスはカバーが外され剥きだしになった機械を杖の先で指差した。


「この窪みにはまっているのが、今回冒険者たちの持ち帰った『古代の遺物』――ウォームクリスタルですじゃ」


 それは一見したところ、ただのガラス板のように見えた。手のひらにおさまるほどの長方形のカードで、縁は銀色の金属で補強されている。


「装置を動かすには火や蒸気は必要ありませぬ。ナバルシアで採れる燃える水を使います。ウォームクリスタルを装置に設置し、目に見えぬほど小さな窓から無数の光の束をあてます。すると、ウォームクリスタルが文字通り“暖まる”のですじゃ」


「暖まる?」


「御意。いかなる魔法によってか、クリスタルには光が閉じ込められています。暖められたクリスタルの表面からは光が飛び出してきて――それをこの皿で受ければ、中身を読み取ることができます。この部屋の壁に、映像となって生じましょう」


「その映像を余に見せたい、というのだな?」


「はい。かつて栄華を誇った古代文明がいかにして滅んだか、そのあらましが記録されてございます。そして――」


「……そして、いま再び同じことが起きようとしている、か。デミウルゴス、そなたはその幻影を既に見たか?」


「見ました。まさにこの世の地獄といった光景でございました」


「ふむ、それは気がすすまぬことだな。せいぜい心して見よう」



 やがて全ての支度が整った。

 グノーシス王と重臣が椅子に座り、その周りを貴族や賢者たちが控えて会議の開始を待つ。

 窓を厚いカーテンで覆うと、機械に設置されたウォームクリスタルが闇の中で蛍のような青白い光を発しているのがわかった。

 前に進みでてきたデミウルゴスが一同を集めた目的を喋りだしたが、それは早々に切り上げられ、


「まずは見てもらおうと思います。過去に何が起きたか、そして今何が起こりつつあるのかを――」


 と、さっそく機械を動かすよう指示した。

 ソフィアの間の白壁に映像が浮かび上がる。

 見守る者たちは思わず、おおと低い呻きを漏らした。


 それは巨大な火山の噴火だった。

 まるで唯一の出口を探りあてた地底のマグマが、ことごとく炎の柱となって噴き上がっているように見えた。

 映像は次々に角度を切り替え、地上から空中からと隈なく噴火の様子を捉える。音声はなかったが、逆にそれが凄まじさを伝えていた。


「この噴火は記録によれば今から千と二百年前。ハイパーボリアの西で起きたものと推測されますじゃ」


 厳かな声でデミウルゴスが解説した。


「地下二万フィートに何十万年にも渡って溜まり続けた溶けた岩――マグマが一気に噴出。地殻表層を広範囲にわたって吹き飛ばし、その一部は雲よりも高く打ち上げられ、想像もできぬほど大量の灰がこの惑星を覆ったと映像は伝えております。太陽は何日も雲に遮られ、雪のように灰が降り続けた、と――」


 映像には男性リポーターが映り、絶望した面持ちで何かを必死に訴えていた。

 画面の下にはSUPERVOLCANOのテロップがある。

 CGによって噴火の過程が再現された。


「ハイパーボリア西? そんな火山があったか?」


 と誰かが云った。

 デミウルゴスはちらりと声のしたほうに目をむけ、


「いまは巨大な虹色の湖になっておりまする。山自体は吹き飛ばされてほとんど残っておりませぬ」


 発言者は言葉を失って黙り込む。

 賢者は解説を続けた。


「今ご覧いただいておりますのは、超高高度――宇宙空間と呼ばれる領域からこの惑星を見下ろした際の記録であります。噴火から数時間後の様子ですじゃ」


「宇宙?」と誰かが云った。


「左様。偉大なる祖先は、あの星々にまで手を伸ばしていたとか。ご覧下され。大陸の半分を覆い尽くす噴煙を」


 それはおぞましい光景だった。青い星の一部を、黒い雲が緩やかに侵食していく。健康な肉体を冒す病魔のようだ。自分たちの住む星がとても美しいことにも驚いたが、それゆえに汚されていく悲しみは切実なものがあった。

 映像は次々に切り替わり、世界各地の混乱を報道する。

 誰もがショックを受けて無口になっていた。


「……し、しかし」ようやく口を開いたのは、グノーシス王だ。「いつかは空を覆う雲も消えたのであろう? 現にいま我々の世界では太陽が輝いておる。これが古代文明の滅んだ原因とはとても思えぬが……?」 


 デミウルゴスはゆっくりとかぶりを振った。


「いいえ、王よ。これこそが文明の滅んだ原因。グランドカタストロフは始まったばかりなのです」


「グランド……カタストロフ……?」


「巨大火山の噴火はそれだけで終わるものではありませぬ。直接の被害にとどまらず、地震、津波が相次ぎ、太陽を遮られたせいで気候、海流に影響を及ぼします。一つの原因がたくさんの結果を生み、破滅の連鎖が続いていく。

 ご注目を。いま映っておりますのは、海の温度の変化です。全世界で平均して十二度下がりました。ただそれだけで小さな魚たちが食料にしていた微生物が激減し、小さな魚がいなくなればより大きな魚の絶滅につながります。

 陸上ではミツバチたちが大量死し、花粉の媒介を頼っていた植物が死に絶え、それは動物の死も意味します」


 映像はまた切り替わった。

 雪が降り積もり真っ白に凍った大都市が見える。交通機関は麻痺し乗り捨てられた車の列は墓石のようだ。そしていたるところで人々は飢えていた。


「食料の不足は深刻でした。惑星は凍りつき、わずかに残った土地を巡っていくつもの争いがありました。しかしその段階でもまだ祖先は文明を保っておったのです。彼らにとって致命的だったのは、彼らの文明が先鋭化しすぎていたことですじゃ」


「先鋭化? どういうことだ?」と王。


 ふと映像に目を向ければ、それまで映っていた難民の群れは消え、カメラは小柄な男を撮影していた。あいかわらず音声はないが、下に字幕が出ている。その文字は王たちにも理解可能だった。


「これは東洋の医師です」とデミウルゴスは云った。「彼は薬が手に入らないことを嘆いております。この時代の医術はまさに魔法のごとく、われわれには想像もできないほどの高みに達しておりました。しかし、その技術を修めるには十数年の専門的な勉学が必要とされ、必然的に分業化が進んでいたのです。

 この医師は医師でありながら、薬の一つも調合することができませぬ。薬は別の誰かが作っているのです。こうなると、高度な知識もなんの役にもたちませぬ。助けられたはずの病人が、薬の不足でぼろぼろと死んでいくと嘆いているのです。

 空を飛ぶ乗り物を作る鍛冶屋はネジ一本作ることができず、鉱物の精製法を知りませぬ。あまりにも技術が高度に先鋭化していたため、その技術を支える労力が膨大に必要だったのですじゃ。

 われわれの予測では、グランドカタストロフから五百年後には、文明はきわめて原始的な状態にまで後退したと思われます。もちろん祖先も知識を後世に伝えようと努力しました……が、これこの通り」


 と、デミウルゴスはウォームクリスタルを再生している機械を指さした。


「ほとんどの記録媒体は読み取る手段がございませぬ」


 深いため息があちこちで漏れた。

 無力感が場を支配した。

 追い討ちをかけるように、デミウルゴスは続けた。


「……そして今、再び破滅的な噴火が起こる予兆がありますのじゃ。あれほどの文明を持っていた祖先が滅亡の淵にまで追い込まれたグランドカタストロフ。今の人類がこの試練を乗り越えられるかわかりませぬ」





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