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05.遅参御免のヒーロー登場

 目の前が黒くうねる。街の光が見えなくなるほどのどす黒い色だ。迫るものは虫。カブトムシであり、蛾であり、コガネムシであり、ゴキブリであり、蜂であり、様々だ。ただ、スティーブ・ウィリスを殺す目的のみに動く群れは、さながら黒い霧のようであった。

 より霧の流れは激しくなり、音も頭に響く。中央を伸びる車道、左右に隔てられた舗道、脇には街灯がいくつも備えられている。その一つが不規則に点滅を繰り返す。黒い霧が近づくに連れ、バチンと何かが破裂する音を繰り返しては明かりが消え、霧に飲み込まれていく。そして、黒い霧が向かう先には、スティーブが立っているのだ。スティーブは恐怖で、びくりとも動けない。

 スティーブは間違いなく恐怖を味わっている。断崖絶壁に押し出されているような恐ろしい気配が辺りに渦巻く。どう動いたとしても、確実に殺される。だから、動けないし、逃げられないのだ。

目を逸らすこともできない。身体を強張らせ、管理人や運転手のように虫に殺されることを考えると恐怖に震える。眼前に迫ってくるのは黒い霧。スティーブはもうだめだと思った。

 すると、スティーブの背後、大破したタクシーの向こう側から、足音がした。

 スティーブはびくりと肩を震わせ、急いで背後を振り向いた。街灯の向こう側にいるのか姿は見えないが、人の気配だ。しかし、スティーブに助けを呼ぶつもりはなかった。これ以上、自分に関わったせいで犠牲を出したくはなかったのだ。ところが、足音はこの恐ろしい気配を感じていないのか、バカなのかドンドン近づいてくる。

 マックス・フライはクッと短く笑いを溢した。

 一瞬、風が舞う。黒い霧から派生した虫の群れがスティーブを通り越して足音の主に向かったのだ。


「逃げろ!」


 スティーブは声を荒げる。だが、虫のほうが早かった。

 街灯の光の外の暗闇で、肉を裂くような音。何かが崩れていく音が最後に聞こえ、静けさが残った。スティーブは頭の中が空っぽになり、とうとうその場に座り込んだ。そんな、と言う言葉が口から滑り落ち、軽い頭によく響いた。黒いうねりはそんなものも気にせず、スティーブに迫ってくる。

 先ほどの暗がりも何やら動いている。きっと黒い霧に合流して、スティーブを襲おうとしているのだろう。スティーブは瞼を閉じ、己の死を感じた。


「ゴキブリのイーティングコンテストがあるって聞いたんで来てみれば、とんだ歓迎だな。」


 暗がりから戻って来たのは虫ではない。人影だ。

 スティーブは唖然としていた。何が起こったかも理解できていない。街灯の光の当たらない暗がりにぼやけた輪郭が浮かぶ。見つめていると、人影はゆっくりとこちらへ向かって動き、その姿が街灯の光に晒された。

 猫背の小柄な男だ。小柄と言っても、スティーブよりリンゴ一つ分小さい背丈だが、華奢な身体つきではない。黒いジャケットを着て、スティーブに近づこうとしている。

 だが、マックス・フライはそう簡単に接近を許さなかった。


「なら、お望み通り、虫を喰らいな!」


 マックス・フライの背後が蠢いた。黒いジャケットの男に襲い掛からせたのだ。虫の軍勢は目にもとまらぬ速さで男を貫かんとばかりに突進した。

 今度こそ殺される!男の眼前に迫る虫の大群にスティーブは目を塞ごうとした。しかし、聞こえてきたのは男の悲鳴ではなく、マックス・フライの絶叫だった。


「お、俺の、俺の!」


マックス・フライはギョッと青ざめた。なんと、男の目の前に突如として壁が現れたのだ。それも、鉄筋が組み合わさり、鉄筋の壁だ。虫の大群はコンクリートから飛び出た鉄筋の壁に弾丸のように突入するが、鉄筋の壁はびくともしない。それどころか虫たちは鉄筋に絡み取られ、粉々に粉砕されている。よく見れば鉄筋一つ一つがまるで蛇のように蠢き、捕えた虫を絞め殺しているのだ。

 これは、現実に起きていることなのだろうか。

 スティーブはまるでテレビのの向こう側から画面を隔てて、ドラマや映画かなんかを見ている気分だった。

 虫たちをやられたマックスフライは、男に次々攻撃を仕掛ける。が、その度に道路から鉄筋が生え、網目状に組み合い虫たちを迎え撃つ。

 その様子にマックス・フライは絶句する。


「何を不思議がるんだよ。あんたが虫に愛されるように、俺は鉄に愛されてんだよ。」


 男の瞳はきらりと輝いた。何か観察するかのようにマックス・フライに鋭い視線を注ぎながら、ゆっくりとスティーブの元まで辿りつく。


「あんた、いったい…。」


 スティーブが疑問を口にすると、男はフッと不敵な笑みをこぼす。


「電話で言ったろ?すぐに行くってな。」


 電話、での言葉。まさか。


「ダルトリー、さん?」


あの時、携帯で話した父の同僚と語るトーマス・ダルトリーだ。


「トーマス・ダルトリーだ。フレンドリーにトミーと呼んでくれ。」


 肯定するように人懐っこい薄い緑の目がニッと笑い、スティーブを背中にマックス・フライと対峙する。マックス・フライの周りにはまだ黒い霧が残っている。浮遊する黒い霧は威嚇するかのように大きな音を立てている。だが、トミーと呼ぶように言ったこのトーマス・ダルトリーは怯える様子もなかった。そして、スティーブとは打って変わり、冷ややかな口調でマックス・フライに話しかけた。


「悪かったな。ありゃ、あんたの友達か?あんまりブンブンうるさいもんだからつい、叩き潰しちまったよ。」


 謝罪しているそぶりは全くない。それどころか挑発している。マックス・フライは一瞬すごんだが、何を思ったかフッと笑みをこぼし顔に手を当て笑いだした。


「…いいぜ、許してやるよ。どのみち殺すからな!」


 憤怒の形相。マックス・フライが叫んだ瞬間、背後の黒い霧が突進する。黒い霧が濁流のように押し寄せ、今にもトーマス・ダルトリーを潰さんと攻撃を開始した。

 トーマス・ダルトリーはすぐに鉄筋の網を展開するが、黒い霧は網の手前で四散する。マックス・フライも同じ手にはそう何度も乗らない。四方からの攻撃に切り替えたのだ。さらに襲い掛かってくる虫のスピードが先ほどよりもかなり上がっているように感じる。新しく鉄の網を作る暇はない。羽音のざわめきが耳を覆う。

トーマス・ダルトリーはすぐさまスティーブの手を思いっきり引き、後退した。先ほどスティーブたちが立っていた場所が、重い音と共にコンクリートが抉れている。


「言っておくがよ。俺の使役している虫はただの虫じゃねぇ。弾丸のようなスピード、硬質を持つ!しかも、弾のように軌道がまっすぐって決まっているわけじゃねぇ!縦横無尽の完全無欠!うすのろの鉄では防げんのよ!」


 そして、別方面から黒い霧が現れる。さらに後方から別の虫の軍勢が迫る。挟み撃ちだ!そう思った時にはトーマス・ダルトリーの身体は横に逃げていた。しかし、そのとっさの判断が、仇となる。逃走経路を読まれていたのか、横から新手の軍勢が現れたのだ。あらゆる方角から迫る影たちが威圧を放つ。トーマス・ダルトリーは庇っていたスティーブをまき込まぬように思い切っり胸を押し自身から離れさせた。

 え、と一瞬何があったかスティーブにはわからなかった。

 トーマス・ダルトリーから離れた瞬間、スティーブの瞳には彼のジャケットに黒々としたシミのような物が映る。歪な模様のそれが見る見るうちに大きく広がっていくのを見た。あれは虫ではないのか、と考えた時、トーマス・ダルトリーは短い呻きを上げる。


「喜べ!骨までしゃぶってやるよ!」


 マックス・フライが見たこともない下劣な笑みを見せると、瞬く暇もなく虫たちは動いた。

 まるで、砂糖に群がるアリのようだ。ほんの寸秒で、トーマス・ダルトリーに纏わりつき見る見るうちに身体全体を黒い霧が覆い、目の前で黒い塊が出来上がった。ぎちぎちと無数の兜がぶつかる音と羽音の中、黒い塊はどしゃりと倒れこんだ。黒色の中ではざわめくように一つ一つが波のように蠢いているのがよく見える。鼓膜を突き破るような強烈なざわめきの中に、がりがりと何かを削る音が耳に入ってきた。

 虫が、人間を食べているのだ。

 そうわかった瞬間、戦慄が身体を突き抜ける。身体はつららが突き刺さったように寒くなり、息は荒く、喉はからからに乾いた。スティーブは辛抱溜まらず、短い悲鳴を上げる。


「勝ったね!ヒーロー面するからこうなるんよ!」


 悲鳴を上げるスティーブにマックス・フライは勝ち誇った様子で虫に包まれたトーマス・ダルトリーを指さして嘲り、哄笑した。勝利を確かに確信しているのだ。これで、次はと、スティーブに次の獲物へと視線を映した。

 しかし、次の瞬間マックス・フライは驚愕する。


「へぇ、じゃあ誰がヒーローになるんだ?確実、あんたじゃねぇな。」


 トーマス・ダルトリーの声を聞いた気がした。そんなことはありえない。だって、彼は死んだはずだ。虫の霧に包まれ、骨になって死んだはず。黒い塊に目をやれば、シルエットはしっかり人の形を持っている。それがトーマス・ダルトリーであるのは明らかで、事実のはずなのだ。それがどうして、トーマス・ダルトリーの声が聞こえるのだ。


「あッ!」


 かさり、と何か軽い物が落ちる音がひとつ。

 見れば、黒い塊が大きくなっているではないか。奴が立ち上がっているのだ。

 そしてその黒い塊がゆっくりと上へ上へと持ち上がる。その度に身体にへばり付いていた虫たちが力なく地面に落ちていく。そのうち身体から虫が全て身体から剥がれ落ち、マックス・フライの形相は恐怖へと変わった。


「確かに、俺の鉄ではあんたの虫のスピードには追いつけん。だがよ、精密性と威力においては俺の勝ちだね。」


 そこにいるのが、トーマス・ダルトリーその人だからだ。


「俺の虫に何をしたッ!?」


 マックス・フライは溜まらず唸った。どんなに命令を出しても、トーマス・ダルトリーを襲った虫たちが反応しない。ただ、痙攣するかのようにヒクヒクと小刻みに動くだけだ。


「さっき俺は鉄に愛されているっつったが、あれは嘘だ。正確には金属、すべてだ。」


 一歩、トーマス・ダルトリーはマックス・フライに近づく。彼はどういう状況下全く理解できていないマックス・フライの様子を鼻で笑い、ひとつ問いかける。


「ここで問題だ。どーして虫の血は青色なのでしょーか?」


 なんて、場違いな質問なんだろう。スティーブは素直に思う。子どもの謎かけのようなそんな質問。しかし、場の空気は一変しない。まるで、サスペンスドラマの刑事が犯人を追いつめるような緊迫感が辺りに充満していた。


「人間にとって鉄分、虫にとっては銅分なんだが、こいつが酸化するから青色なんだって。ほらあれだ、公園のよくわからん銅像が錆びて青っぽい色になるのと一緒!ん、んーん。一つ賢くなったな。」


 まるでどこぞのコメンテイターのように大げさな仕草で肩を竦める。だが、その目にはしっかりとした光が灯っている。マックス・フライの一挙一動を見逃すまいと、爛々と輝いているのだ。


「俺もけっこー、勉強したのよ?何言いたいかと言うだな。つまりあれだ。虫にとっては銅分、人間にとっては鉄分を抜くとどうなるか。お分かり?」

「ま、まさか…!」


 マックス・フライは息を呑んだ。人間で言うところの鉄欠乏性貧血。動悸、息切れ、めまい、身体に様々な異常をきたす症状だ。それが虫たちに起きたということなのか。それを引き起こしたというのか。

近づいてくるトーマス・ダルトリーにえもいえぬ恐怖を覚える。


「その銅分、奪ってやったっぜ!」


 その宣言を皮切りに狂乱したかようにマックス・フライが絶叫と共に、残りの虫の大群をトーマス・ダルトリーに襲わせた。しかし、触れる一歩手前。虫たちはバラバラとあっけなく地面に落ちる。


「で、もひとつ問題よ。兄ちゃん。」


 マックス・フライの攻撃がひとしきり止んだ頃、トーマス・ダルトリーはまた質問を投げかける。答えのわかりきった質問だ。


「あんたの血は何色でしょーか?」


 トーマス・ダルトリーの右手にどこからか鉄くずが絡みつく。トーマス・ダルトリーは右腕を振りかぶる。言わずもがな、マックス・フライは赤色だった。


次回予告(嘘かもしれない)

遂に母の仇、マックス・フライは倒れた。そして、明かされる父ブラックマンとの因縁とは!?次回、ESPers!『息子よ!ロールロックスで待っている!』饗宴は始まった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

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