表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

04.続・昆虫パニック!

今回長めです。

 ガラスの割れる音。


「どうしましたか。」


 運転手にそう訊ねようとした時には、ハンドルを切られていた。運転手がハンドルにしがみつくように倒れたのだ。フルロック寸前までハンドルを回し、アクセルを踏み込んだまま、加速したタクシーは一気に右に急カーブする。重いエンジン音が耳を貫く。タクシーは大きく傾き、空を跳ねる。耳に劈く大音響が響き、跳ね飛ばされたような衝撃を受けた。

 気が付いた時にはスティーブはタクシーの外に放り投げられていた。携帯もどこに行ったか。いったい何が起こったかわからず、ふらふらと身体を起こす。タクシーを見て、生唾を呑んだ。

 車体は大きくひっくり返り道路に横だえ、猛烈な炎が煙と共に轟々と立ち込めていた。辺りにはタクシーの部品らしきものが散乱し、ゴムや金属が焼けるような臭いが鼻を通る。

 反射的に喉元に手を当てる。無事だ。胸が痛いが、幸いにも他に異常はない。

運転手。そうだ、運転手はどうなった。スティーブはハッとしてもう一度タクシーを見る。タクシーの運転席には炎がチロチロと赤い舌を出して燃えていた。しかし、運転手のそれらしいものはない。では、外に投げ出されたのではないかと、震える足に力を入れ立ち上がtって周りを見渡す。ふと、散乱したタクシーの部品の中にひときわ大きいものを見つける。煙でよく見えなかったが、運転手であることを確認できた。

 覚束ない足取りで運転手の無事を確認しようと近寄る。


「何てことだッ!」


 思わず口に手を当てた。

運転手の顔に風穴が空いているのだ。そこにあるはずの目や鼻がショットガンに貫かれた様に抉れてなくなっている。そこからわずかに骨も見え、舌はかろうじてプラプラと口があったであろう場所から出ているのが見て取れた。しかし、もっと恐ろしいことにその中には、ありえないものが入っていた。


「カ、カブトムシが…ッ」


 抉れた肉の中にあまり見たことのないカブトムシが這い出てきたのだ。角にくりぬいた運転手の眼球をぶら下げて、ゆっくりと羽を広げて飛び立つ。その時、ぶら下がっていた眼球が角からずれ落下し、水音と共に弾け飛ぶ。都市伝説じゃあるまいし、こんなことありえない。

 腹の底がぐるりと回り、喉を伝って全てを吐き出しそうになる。気持ち悪い。しかし、次にこうなるのが自分であると考えるとそうも言っていられなかった。虫が、追いかけて来たのだ。スティーブを殺そうと先回りして。

 気が付くと周りから、いつの間にか辺りに羽音がひしめいている。いくつもの虫がスティーブを取り囲んでいるのだ。スティーブは逃げられない。完全に囲まれている。


「きれいだろ―。コーカサスオオカブトってーんだ。しかも、スマトラ産!この機能美を追求した戦闘的なフォルム!このでかさ!ティラノサウルス級にカッチョいいだろう?」


 スティーブはドキリとして、声のした方向を見る。カブトムシが飛び立った方向だ。その先には、一人の男が立っていた。皺の入っただぼったいシャツを着こんだアジア系の顔の男。その手には先ほどまで肉をついばんでいたカブトムシが枝木に捕まるように止まっている。それをまるで素晴らしいものを見るかのように恍惚とした表情で撫でていた。


「あ、あぶないッ!そいつは人を襲うぞ!」


 スティーブは叫ぶ。しかし、相手は落ち着きはらった様子でカブトムシを見つめている。それどころか、緊急事態にもかかわらず口元をキュッと釣り上げて笑っていた。この状況で不似合いな笑みだ。スティーブに汗が流れる。


「わかってないなぁ。命令されるまでは襲わないさぁ。」


 男は相変わらず笑ったまま、カブトムシを弄ぶ。

 スティーブは愕然とした表情で男を見つめる。その様子を横目でチロリと確認すると男はますます笑みを浮かべた。


「俺の名前はマックス・フライ!虫をけし掛けていたのはこの俺さ!トーシロさん

にしちゃぁ、ここまで逃げたことを褒めてやんよ。」


 スティーブはマックス・フライと名乗った男の言っていることがまるで理解できなかった。まるで、脳みそが止まったような気分だ。錯乱する頭でマックス・フライを見つめる。この男が虫を操り、母を殺し、管理人や運転手を殺し、自分を追いつめているのか。

 信じられない。スティーブの愕然とした顔を眺めながら、マックス・フライは面白そうに問いかけた。


「どうせ、『信じられない』とか『頭いっちゃってんじゃね?』とか考えてるだろ?」


 スティーブはマックス・フライを見た。確かにそう考えていたからだ。


「信じたくなきゃ、信じなくてもいーのよ。超能力なんて流行らないし?」


 マックス・フライは歯を向くように笑みを深める。


「でも、君の、ママを殺したのは僕ちゃんダヨー。」


 せせら笑うようにマックス・フライは言う。その周りをカブトムシがクルクル回る。

 スティーブは手のひらに爪が食い込むほどギュッと拳を握った。突拍子もないが、スティーブは確信した。こいつが!こいつが母たちを殺した犯人だ!そう思った瞬間、はらわたが煮えくり返りそうな熱気が身体を走る。どういう原理かは知らないが、虫を操ってみんなを殺したことがはっきりわかった。やつざきにしてやる。そんな気持ちを込めてマックス・フライを睨みつける。


「ああ、でもちょっと違うか。虫をけし掛けたのは俺だけどさぁ、勝手に窓際に逃げて足滑らせて落ちちゃったのよ。」


 マックス・フライはニヤニヤとした厭らしい笑みを浮かべ続ける。


「もっともっと、怖がらせてみたかったなぁ。君のママは泣き喚くのがうまかったよ。きれいな顔が悲しみや恐怖で崩れていく様、最高にぞくぞくした。もっと見たかったのに、もったいなかったなぁ。」


 マックス・フライはとうとう甲高い声で笑った。恍惚、陶酔、狂喜、歓喜。マックス・フライのその表情から感情が見て取れた。その笑い声にスティーブは背筋をゾクリとさせる。マックス・フライとはまだ十分距離が開いているというのに、その不気味さに負かされ一歩さがりそうになる。快楽を含んだギラついた瞳がスティーブを捉えて離さない。


「俺さぁ、きれいなものや整ったものをぐちゃぐちゃにするのが好きなんだよ。性っていうの?泣き叫ぶものが見てみたい。ぐちゃぐちゃになるのを見てみたい。苦しむ顔や悲しむ顔が見たくて見たくてしょうがないんだ。」

「触っただけで壊れてしまいそうなそんなきれいなものを壊れていく様を、自分の手で壊すのを想像するだけで最高に興奮するんだ。下品な話になるけどさ、特に顔が崩れるところに興奮して勃起しちまうくらいでよぉ。なぁ、君はどんな顔をしてくれるんだ?」


 敵わない。スティーブの頭にはその言葉が旋回する。マックス・フライに楯つくことが、象に羽虫が立ち向かうことのように思えた。それほど恐ろしいほどに、圧倒的な何かを感じ取ったのだ。しかし、逃げる選択もない。逃げた途端、殺されることは目に見えている。そう思うとスティーブは身体を強張らさせ、恐怖に震えた。だが、スティーブは諦めていなかった。


「どうして、僕らを殺すんだ。」


 スティーブは歯を食いしばった。恐怖を隠すように、怒りを抑えるように声を落ち着かせ話を切り出す。

 スティーブがすべきことは二つある。ひとつは情報を掴むことだ。わけのわからん状況のままでは、何一つ行動できない。この場をしのぐには、とにかくまずは知ること。

 そして、そのためにはどうしても時間を稼ぐことが必要だ。何か作戦するにしても、考えるにしても、までできるだけ会話を長くし、行動までの時間を稼ぐ必要があるのだ。

 マックス・フライは一度笑い声を飲み込むと見下したような薄ら笑いに変えて、柔らかい口調で言った。


「道楽もあるけど、今回はちと違うんだよ。一応言っておくけど君と君のママには恨みなんかねぇ。可哀想にこんな目に合ったのは全て、監視者のせいなんよ。その中の筆頭みたいなのがジョン・ブラックマン。君の、親父だ。」


 スティーブは目を見開いた。どうしてここで父の名前が出るのかわからなかったのだ。いったいどうして父親の話をするのだろうと思ったが、マックス・フライは気にも留めずに話を続ける。


「俺たちの話をよく聞いていりゃあ、無駄な死者なんて出なかったのよ。もちろん、君のママも死ななかったし、君も死ぬようなことは無かった。みんなピースでみんなハッピーよ。」


 おちゃらけた雰囲気で語るが、目は決してスティーブから離れない。


「でもねー。そうはしなかった。俺たちの大事なものを奪っていったんだよ。だから、俺たちもブラックマンの大事にしてるものを奪ってやろうとしたわけさ。それが、君らよ。」


マックス・フライの貪るような視線がスティーブを貫く。


「仕返しってわけか。」

「そうさ、奪われた物は取り返しがきかない。でも、さっき言ったように俺は君らを恨んでない。本当のことさ。俺たちが恨んでいるのはジョン・ブラックマンとその愉快な仲間たちだけ。君らはただのとばっちりさ。同情もするし、神様に祈ってあげる。葬式にも出席して花も添えてあげちゃう。」

「殊勝な心がけだな。」


 スティーブの声がわずかに震えた。平静を装いながら、現状打開のために試行錯誤してみるも思いつかない。手づまりだ。こうなったら、警察に頼るしかない。ここまで騒ぎを起こしたのだ。スティーブが連絡しなくとも誰かが連絡してくれるだろう。来るまで、話を長引かせなくてはならない。他力本願であるが、スティーブにはこれしかないのだ。


「ああ、だけどそれだけさ。ブラックマンは俺たちから奪い過ぎた、俺たちを踏みにじった。だから奪う。俺たちはブラックマンが苦しみ、後悔する様が見たい。醜く、汚らしく死んでいく姿が見たい。君らはそのプロセスだ。」

「父さんにはここ何年も連絡すら取ってない。捨てた家族が死んだって、どうとも思わない。あんたの思い違いだ。」


 ブラックマンへの憎しみはわかった。しかし、マックス・フライがスティーブたちに報復したところで何ら意味のないことだ。ブラックマンにとって痛くも痒くもないことだろうと、当たり前のようにスティーブはそう思った。


「そうでもないんだがねー。まあ、君には関係ないか。もう、合うこともないだろうし。」


 何か、愉快そうにマックス・フライは笑う。何を言いたいのかよくわからなかった。「何が言いたい。」とマックス・フライに問いかけようとスティーブが口を開こうとしたその時。

 空気を引き締めるような、どこからか湧きあがったけたたましい音が波のように迫る。

 サイレン音だ。

 助かる。そう思った瞬間、胸の中で日が射したように感じた。スティーブは完璧な優位に立ったと妙な確信に満ちる。警察さえ来れば、何とかなる。マックス・フライから逃げることもできるかもしれない。悪夢のような恐ろしい出来事は終わる。そう考えたのだ。

 だが、現実は非情だ。サイレン音を聞いたのは何もスティーブだけではない。マックス・フライも同様に耳にしていた。


「さて、そろそろおまわりが来そうだ。おしゃべりはおしまいにしようや。」


スティーブの視界の端に赤と青のランプが映る。サイレン音もドンドン近づいてきている。もう、我慢できなかった。


「助けてくれ!」



 スティーブはできるだけ大きな声で叫んだ。期待を胸に、安心を手に入れるため夢中で叫び続けた。マックス・フライの背後の建物にサイレンの光と車の影が見える。助けはすぐそこだ。車のドアを閉める音。他人の影。駆けつける音も聞こえる。確かに助かったと確信したのだ。


「警察が来れば、助かると思ったかい?ざーんねん。」


 マックス・フライは笑った牙を向く。

 何か様子が変だ。誰も来ないのだ。いくらなんでも、時間がかかり過ぎる。確かに、人が出てくる気配がしたのだ。確かに、駆けつける気配がしたのだ。目の前にもしっかり、パトカーの影と赤と青のランプが見えている。なのに、なぜ警官が来ない。サイレン音が聞こえると言うのに、妙な静けさが続く。

どうして、なぜと疑問が立ち、スティーブは「こっちだ」「ここだ」と助けを呼ぶ。だが、誰も応える者がいなかった。

 ふと、パトカーに目が行く。正確には止まっているであろう道路だ。そこから、黒い何かが影のように伸びている。それがどんどん長く伸び、街灯の光に晒される。それは何色であったかわからなかった色を鮮明に見せた。見覚えのあるぎらついたどす黒い赤い液体が、排水溝を目指し流れているのだ。

 まさか、と思いマックス・フライを見ると、肯定するかのように下劣な笑みを深めていた。奴は、警官を殺したのだ。

 スティーブの顔は蒼白になる。いったん期待を抱けばそれをきっかけに気持ちは昂り、行動の原動力になる。しかし、その期待に裏切られるとしら。

残るのは、無気力と絶望だけである。


「時間稼ぎのつもりだったろうけど、無意味よ。俺はね、フェノミナのジェニファー以上に虫たちと心通わすことができる。頼まなくても俺の危機を虫たちが排除してくれるわけ。だから、君とこうやってゆっくりとおしゃべりを楽しめるわけよ。これまでのおしゃべりは俺からの君への敬意なんよ。ここまで生き残ったと言うご褒美ってところ?」


 何も言えない、反応できない。ただただ、スティーブは助けを呼ぶ声が頭の中で反響する。だが、助けは来ないのだ。


「じゃあそろそろ、いい顔見せてくれよ?」


 マックス・フライに背後に霧のような虫の軍勢が現れる。

 スティーブは混乱と恐怖の中、己の死を悟った。


次回予告(嘘かもしれない)

悪魔の化身、マックス・フライ!恐るべき超能力にスティーブは成す術はないのか!?次回、ESPers!『悪党に慈悲はない!英雄は舞い降りた!』トーマス・ダルトリーはお前を許さん!


ここまで読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ