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01.一人ぼっちのロンリー・ナイト

 ダイナーにサンドウィッチを突っつく老夫婦、点けっぱなしのテレビを眺める男性、資料を広げパソコンを弄るビジネスマンと、旅行客。店内で光る蛍光色のネオンサインとジュークボックス。狭くて長細いダイナーは割と混んでいた。様々な人が入り混じるダイナーにはいろんな音と話題でひしめいていた。例えば後ろの席のカップルは昨日のオカルト番組を話題にしている。テレキネス、テレパシー、予知能力…。そんな能力が自分にあったら何がしたい、こうしたいと楽しそうに話していた。

 子どもの頃、ユリ・ゲラーがしたようにスプーン曲げが学校で流行った。超能力なんてないと子どもながらに思っていたが、実際に友だちの数人が目の前でスプーンを曲げて見せてくれ心底驚いた。後になって友だちが種明かしをしてくれ、結局は超能力ではなく梃子の原理で曲げていたらしい。でも、二つ上のクラスには本物がいるらしいと噂を耳にした時、最初はほら話だと思い、こっそり隣のクラスを覗きに行った。ドアの隙間からこっそり顔を出すと、ちょうどスプーン曲げを使用としていたのだ。しかし、不思議なことに彼は自分でスプーンを持たず、隣の女子にスプーンを持たせていた。そして、自分の席に座ったままスプーンに触れもせず、指をさしただけで弾き飛ぶようにスプーンの首は落ちた。曲がったんじゃない。折れたのだ。

 しばらくの間、スプーン曲げは学校内で流行り続けてテレビ番組が取材に来るほどになった。件の彼は番組のスタジオまで引っ張り出されてカメラの前でスプーン曲げを披露する。彼は期待通り、学校でやったようにスタジオで見事にスプーン曲げをして見せた。スタジオは拍手喝采、スタンディングオベーション。スタジオは大盛り上がり、彼のスプーン曲げは観客に受けた。ところが審査員の科学者たちからマジックだ、スプーンに仕掛けがあったと大バッシングを浴びせられたのだ。それが街の新聞記事にも載せられて、街では大きな事件になった。イカサマ、嘘つきと街から非難されていつの間にか、彼は街から消えていなくなっていた。


「超能力者っているのかな?」


 スティーブ・ウィリスは、向えに座った友人に質問してみた。彼は手にしたコミックから目を離さず答えた。コミックの表紙にはおなじみの筋肉隆々のヒーロが載っている。


「両腕からアダマンチウム製の爪が飛び出して来たり、トンカチ振り回して雷を落すかどうかはしらねぇが、いてもいいんじゃねぇの。犯罪者にならなければな。」


 それ以上、その話はしなかった。超能力は存在するのか、それともただの都市伝説にすぎないのか、結局スティーブにはわからなかった。


「じゃあな、スティーブ」


 そう言われて友人と別れたのは日もずいぶん沈んだころだ。それからバスに乗り込んで幾数十分。空は灰色の空がさらにどんよりとした夜になった。

 夜のバスは空いていた。

 しかし、都心に近づくにつれ道は酷く混んでいて赤いテールランプの帯に巻き込まれてしまい、とうとうバスは止まってしまった。進まないバスの中、乗客はあきらめたように大人しく座席に座っている。先ほどまで文句を言っていた男性も今では座席に沈むように座って眠ってしまい夢の中だ。

 ドアの近くの席から乗客の様子を眺め揺られていると携帯電話のバイブレーションに気が付いた。母からのメールだ。どうやら帰りが遅くて心配しているようで、「バスが遅れている」と返信した。

 スティーブはすでに成人している。なのに、この年になっても母は心配性だ。父と離婚し、女手一つで育てたんだから仕方がないかもしれない。

携帯をしまい、何となしに窓から星のひとつも見えない重い空をぼんやり眺めた。

 こんな日だったな、思い返す。

 父がいなくなった日。まだスティーブは小さくて、どうして父がいなくなるのかわからなかった。ただ、それがどうしようもなく嫌で、曇天の夜に家を飛び出した。結局は探しに来た母に連れ戻され、一、二時間で家に戻ったが、すでに父の姿はなく出ていった後だった。『さよなら』の言葉の一つも残さず。それがとてつもなく虚しくて、悔しかったことを覚えている。

 それから母は、生活を支えるため朝から晩まで働いていた。立派な母だと思う。仕事も家事も疎かにせず、大学まで通わせてくれた。だが、あれから母はそれっきり父のことを語ろうとしない。ただ頑なに父のことを悪く言うなと言うばかりだ。未練があるのか、今も後生大事にお守りのように父の携帯番号の書かれたメモを持っている。

 がくん、とバスが揺れた。

 進んでいないと思っていたバスはいつの間にか目的地を通り越し、一つ先の駅の近くまで来ていた。ついてない。次のバス停で仕方がなく降りると、背後でばたんとドアを閉まってバスが通り過ぎた。湿気の含んだ冷たさに肩がぶるりと上がる。その横を幾人かの人々が通り過ぎた。冷たい夜は更けるばかりだ。

 いつもより遠目に見えるパッとしない風景。時代に取り残されたような古いアパート群が不愛想に並んでいる。その中のアパートの三階の一室がスティーブの家だ。じりじりと冷気が骨にしみてくる。早く帰りたいものだが、そうもいかないだろう。歩くしかないのだ。

 どうやって母の機嫌を取るか考えながらストリートを超え、アパート群を歩いていると、いつの間にか家の玄関前に立っていた。

「ただいま」と声を掛ける。バスが遅れた、一駅降り過ごしたと言い訳をしながら玄関にリュックを置いたところで違和感に気が付いた。

 返事が一切ない。

 母は家にいるはずだ。そもそも、スティーブに携帯で連絡を取っていつ帰ってくるか聞いていたのだから母は家にいて帰りを待っていたはずなのだ。古いアパートだから狭くこじんまりとしていて、隣の声が聞こえるほど壁も薄い。声を出せば必ず聞こえるのだが、今は死んだように悄然と静かだ。

 どこかに出かけたのだろうか?

 しかし、母の性格なら連絡の一つくらいはいれるはずだ。


「母さん?」


 もう一度、呼んでみたが返事はない。まさか、どこかで倒れてはいないだろうかと不安に思い、家の中を素早く見て回ろうと踏み出した。瞬間、微かな音と共に薄く硬い物を踏み割った感触がスニーカー越しに伝わった。足元を見ると、赤銅色の細い何かがあった。


「…眼鏡?」


 見覚えあるものだった。二、三年程前に近視がきつくなってきた母にスティーブが誕生日に贈ったものだ。

 どうして床に、と思いつつ拾おうと腰を屈めた。フレームは歪み、レンズが割れてしまっている。絶対自分のせいであることは明白だった。


「やっちゃった…。」


 弁償か修理か。どちらにせよ代金は自分持ちであることを考えると溜め息が出た。金欠ではないにしろ、急な出費は痛いものだ。どれくらいの値段だったかを考えていると、リビングテーブルの足元の白い無地の絨毯に黒い大きなシミが見えた。こんなところにシミがあったかと、近づいて見るとシミだけではなかったようだ。


「これは、カップの欠片か?」


 テーブルを見れば一組のカップが置かれている。たぶん、もう一組が上から落ちて割れたのだろう。北欧風な花柄の青いティーカップの破片がテーブルの足元に散らばっていた。シミはどうやらティーカップの中身らしい。

 接客中だったのだろうか

 眼鏡にティーカップ。何か嫌な予感がする。この辺の治安は良くもないし悪くもない。デトロイトやセントルイスよりはましだが、起るときは起るのだ。

最悪の事態が脳裏を過ぎた。探さないと、と歪んだ眼鏡を掴んだまま立ち上がる。

 その時、ドアが開く音が聞こえ、ぎょっとして背筋を伸ばした。振り向くと寝室のドアが半開きになって、小さく開閉している。その度に緩くなったヒンジが悲鳴のような鉄の擦れる音を繰り返していて、まるでホラー映画のワンシーンのようだった。嫌な気分だ。寝室の窓が開いているのかドアの隙間から微かに冷たい空気が漏れている。冷たい空気が肌に触れる度、肩が強張り妙な汗をかく。

 ドアをゆっくり押して開ける。

 部屋は電気が消えていて一見してみると、異状は見られなかった。部屋を見回すと開いているだろう窓のカーテンが風に揺られて不規則に動いているのが見える。まるで、幽霊がうろついているようだ。気味が悪い。

 とにかく、カーテンを閉めようと窓に近づきカーテンを掴もうと手を伸ばす。瞬間、カーテンが大きく翻る。

 一瞬、我が目を疑った。

 寝室の窓が割れているのだ。ガラス部分が大穴にくりぬかれているのが見える。残された破片は獣の牙のようにサッシから鋭く伸び、カーテンは割れた窓から入る風にまるで生き物のように揺らめいていたのだ。部屋があまりにも静かなものだから、自分の着ている服の擦れる音が嫌に大きく聞こえた。

 彼は今、嫌な想像をしている。最悪な想像だ。それが現実に起きているなんて考えたくもないことが、確かめなくてはならなかった。ガラスの破片に気を付けながら、三階の窓から下を覗いた時、僕は酷く後悔した。

 古びた排水溝の蓋が見える。そこから蒸気が上がるのはいつもと変わらない光景だ。しかし、見慣れた光景を異質に見せている物が二つ。一つは排水溝の真っ黒な穴を目指し、流れていく大量の血液。毒々しいほどの赤色は路地に手を伸ばすように広がっていた。ぎらつく赤がコンクリートの仄青い色が奇妙なコントラストを作り上げている。そして二つ目。


「ああ、そんな、母さん…。」


 母は真っ赤になっていた。空を見るように仰向けになり、首を少し左に傾けた状態で倒れている。あれだけ血を流していたら、生きてはいないだろう。瞼は開いたままで僕と同じ鳶色の瞳はこちらを見上げているように見えた。

 もう一度だけ母を呼んだが、母は動かなかった。割れたガラスの冊子に手を乗せていたが、いつの間にか握りしめていた。


「母さん、返事をしてくれよ…。」


 母の明るい声は聞こえない。

次回予告(嘘かもしれない)

謎の死を遂げた母を前に涙を流す男、スティーブ・ウィリス。

その背後には、すでに危機が迫っていた!次回、ESPers!『危うしスティーブ!虫の羽音が聞こえている!』今、曇天の空に宿命が始まる!


ここまで読んでいただきありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


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