その3 司令の立場から。
今を去ること二十五年前、ある男が愛人に財産を持って逃げられた。
それだけの話ならば、スミは「気の毒だ」と同情していたかもしれない。当時のスミは愛した女性と二人、人生最良の春を迎えたばかりであったので。
だが、男の身分は帝国皇帝であり、愛人が持ち去った財産は帝国秘蔵の最大火力とその操縦者たちであった。
当時の帝国は、ある種の超能力者のみが扱える兵器として鋼の巨人・VEMを保有していた。帝国支配に抗う地方勢力は、その圧倒的な火力と技術力に、面と向って刃向かえなかった。
寵姫の裏切りは、反帝国勢力に強大な技術をもたらした。各地で戦火が拡大し、反帝国を掲げる勢力は帝国臣民を虐殺した。
帝国にとって幸福であったのは、寵姫に逃げられた男が、決して無能でも、失った愛情に縋る男でも無かったことだ。皇帝はここ数代が為しえなかった改革を一気呵成に押し進めた。貴族制度の撤廃と、その財産の没収である。貴族階級を崩壊させて没収した財力で戦費が賄われ、増税無しに軍事力が強化された。辺境に兵が派遣され、臣民を守る任務についた。多くの臣民は皇帝の決断を歓迎した。
失った愛情に縋ることの無かった皇帝は、かつての寵姫に纏わる全てを憎んだ。寵姫を生んだ血筋を殊の外憎んだ。
寵姫は、皇帝と同じ、帝族の出身であった。皇帝は自らをも生んだ、最も尊ばれていた血筋を弾圧した。
スミの不幸と幸福は、彼の祖母が数代前の女帝で、愛妻はスミの伴侶でさえなければ血腥い弾圧を免れ得たことだ。出て行く愛妻の背に、スミは追いすがることが出来なかった。
同時期、カイはごく一般的な家庭に生まれ、すぐに母親を失った。最愛の姉と二人、病んだ父を看取った。数年後に金髪金瞳を持って生まれたリョクは、筆舌し難い幼少期を送る羽目になった。
そうして二十年あまりの間、スミは学校時代に同期であったテツとともに、VEMの量産と拡充の任務に当たった。本来VEMは寵姫によって半数以上が拉致された超能力者でなくば扱えない兵器である。超能力者の乗るVEMは無敵を誇り、先のテンロウ湿原ではたった数体で帝国軍に壊滅的な被害を与えた。
VEMにはVEMを、しかし数の少ない超能力者ではなく、一般の兵隊が扱える簡便さと数を、というのがスミたちに課せられていた使命であった。
果たして自分たちの努力は報われるのだろうか。スミは己の内心に潜む愛憎を押さえ、前線から届く緊迫した声に耳を傾ける。
『ブルスクーロ、銃撃開始します!』
もっとも敵に接近しているコンの声に怯えはなかった。スミはそれに安堵する。コンは構えた銃で、向かってくる敵VEMに向かって発砲した。近距離砲撃でVEMの装甲を破ることが出来ることは、幾度も繰り返した実験と訓練で実証していた。狙撃能力の低いコンでも、それなりに接近していれば相手に命中させることは出来る。VEMは戦車に比べて大きな的だ。
敵VEMに、ブルスクーロと味方戦車の砲撃が集中する。幾つかは当たったはずだ。だがコンが弾切れで弾幕が消えた時、砂煙の中からブルスクーロを掴むべく伸びた腕には、一つの損害も見当たらなかった。
『嘘だろッ!』
『下がれ、コン!』
狼狽しつつ、コンはシュタンの言葉を待たずに機体を下がらせようとした。だが砂煙から上半身を表した敵VEMの動きは素早く、コンのブルスクーロの肩に指先が触れる。サチャのブロインはまだ遠い。シュタンのクルムズには敵戦車の砲撃が集中し、動きが取れない。
ガッ、と音を立てて、ブルスクーロを掴もうとした敵VEMの掌に弾丸が命中した。前のめりだった敵VEMはのけぞる様に体勢を崩し、コンのブルスクーロは倒れる。敵VEMの目が、己を攻撃した相手に向けられた。
「コン君、リョク君!」
カイが悲鳴に似た声を上げる。コンは派手に転倒したせいか、動きが無い。スミは敵VEMも見て居るであろう、画面の隅に移る小高い丘を凝視した。
火を噴いたのは、前線から遥か後方の小高い丘だった。今回、帝国が投入したVEMは四機だ――本来ならばトキハのメラージャムブとツチのビンニーが加わるはずであったが、直前にメラージャムブが半壊する事態になったため、若いコンとリョクが出ることになったのだ。
今、戦場で確認出来る機影は三つである。リョクの機体は最後衛として、容易に視認されぬよう小高い丘に偽装し、狙撃を担当しているのだ。距離があっても精密な射撃が、他の短所を補うリョクの強みだ。リョクの乗るイェシルは、丘の中にいる。
リョクは正確に敵VEMに対して銃撃を加え続けた。敵VEMは後退し、コンのブルスクーロから離れる。リョクの乗るイェシルが持つVEM用対物ライフルも銃弾が尽きた。リョクの舌打ちが聞こそうだった。丘に模した遮蔽物の中で、リョクは次の対物ライフルに手を伸ばす。二脚に固定してから次の攻撃に移るには時間がかかる。敵VEMが立ち上がり、リョクの眼前に到達するには十分な時間だろう。
スミは声を荒げた。
「シュタン! サチャ!」
『急げるか!』
『あったりきッ!』
集中砲火を浴び、間に合わないと判断したシュタンの声に、サチャの乗るブロインはぐるりと腰を捻らせた。そのVEM用マシンガンが火を噴く。敵VEMは軽く腕を振る。それだけで周囲の帝国軍戦車は浮き上がり、盾になった。どうやら敵の超能力者には念動力の類いがあるらしい。
「戦車隊は撤退を!」
司令を振り仰ぐスミの額に脂汗が浮かんでいた。司令も同様で、すぐさま前線に打電される。生き残っていた戦車が一斉に撤退する。
反面、この程度で戦意を失うほど、サチャもシュタンも正気ではなかった。シュタンは盾も銃も捨て、砲撃に身を晒してブースターを全開にする。敵VEMの背中に突撃する。念動による戦車の盾は完全に形成されず、二機のVEMは絡まり合って前方に押し出される。その先で、サチャの乗るブロインが白兵戦用に搭載している棒を手に膝立ちしていた。
『行け、サチャ!』
『任せとけっ!』
シュタンのクルムズが敵VEMを前方に蹴り出し、自機はそこに留めた。吹き飛んだ敵VEMは止まることも出来ず、投擲されたブロインの棒に腰部を貫かれた。構造上、搭乗者はそこにいる。搭乗者が死ねば、VEMは動くことが出来ない。スミは敵VEMの搭乗者の死を期待した。それが己の冷酷さ、帝国に奪われた人間性の残滓であることを自覚する暇は無い。
念動力で積み上げられた戦車の盾が崩れ、押さえ込まれたVEMの動きが停止した。
スミが通信を担当する三人に目をやったのが偶然であった。仲間思いのカイが少しばかり安堵しているのが背中からも読み取れる。超能力者も、死ぬときは呆気ないものだと、カイも思ったに違いない。と、フジがカイの袖を引いた。スミからは見えないカイの顔から血の気が引き、彼は通信機を引っ掴んで叫んだ。
「東部戦線に熱源発生! 二機目の敵VEMです!」
『隊長、離れろ!』
サチャが吠え、スミは青ざめた。ブロウンとクルムズが、死んだと思われた敵VEMから離れる。敵VEMはだらりと両腕を下げ、腰部に棒を突き刺して立っていたが、見る間にその棒は砕け、破損した部分は修復される。
「修復能力もあったか……!」
スミは歯噛みして、予測してしかるべきだった事柄を忘れていた己の無能さをなじる。
帝国が把握してる超能力者の能力は、念動・空間移動・読心・修復・予知に大別される。それぞれに濃淡があり、修復能力を持つ者は少ないが、いないわけでも無い。今回の敵については、能力の種類までは事前に判明していなかった。
念動が可能であることは、戦車の盾から推測出来た。あれだけの念動力があれば、それだけになってしまう者も多かった。何人かの超能力者を見てきたスミにはそういう思い込みも強かった。同時に、コハクのような強力な超能力者の数が少ないことをスミは知っていた。だから、予測が甘くなった。
敵を見くびった。スミは己の失態に拳を握る。
『おいおい、四対一でもこのザマだってのに!
もう一機増えた日にゃあ、給料上げてもらわにゃーな!』
『そう言うのは倒してからにしようか! おいコン、起きろ! 銃を持ってこい!』
『う……はい!』
呻くコンも動けるようだ。戦線に落胆は無く、スミは安堵した。サチャの軽口に、一番敵と近いシュタンのクルムズは再び攻撃を加えた。拳で背面を殴りつけたのだ。敵VEMがよろけ、その隙にブロインとブルスクーロは敵と距離をとる。先に後退したブルスクーロが、運搬用トレーラーから新たな火器を持出してクルムズに駆け寄った。途中で銃を放る。クルムズでそれを受け取って最初の一機に向って構え、シュタンが叫ぶ。
『まず最初のを潰す、コンはこっちに撒け! リョク、新しいのを牽制!』
『了解!』
『了解』
『とっとと片づけてやんなきゃあ、子供たちが寂しがるよ? お父さんよ!』
シュタンの指示と、素直に従う二機を揶揄し、サチャは眼前の敵に砲撃を開始する。
「敵VEM二、イェシルの射程距離に入りました。砲撃開始」
フジの淡々とした声に、スミは新たな敵機に注意を向けた。リョクの攻撃範囲は広く、その砲撃も正確だ。だが、リョクには短所がある。
『リョク、退避の準備はしておけ。通信室、イェシルの補佐を!』
「通信室、イェシルの補佐了解しました!」
『イェシル、全弾撃ち尽くし次第、退避行動準備!』
カイの言葉に、リョクは素直に返事をする。超長距離と言っていい遠方にいる敵機に、それなりに威力のある砲撃を加えているが、致命傷には遠い。
だが幸いに、新たな一機はどこかに瞬間移動することもない。ふらふらと動いて弾道を避けようとしては、先読みしていたリョクによって狙撃されている。
リョクの狙撃は超能力ではなく、計算と勘による。本当の能力者ならば、もっと威力のある砲撃を正確に当てる。リョクの狙撃では牽制にしかならない。
スミはどこかで不吉なものを感じながらも、新たな一機にさほどの能力がないと、祈るように判断した。その能力がありながら、隠し、味方を救わないのはあまりにも不自然だった。超能力者同士には奇妙な連帯感があり、一般人を排斥しても味方を救おうとする傾向が強い。
『じゃ、速攻で!』
サチャのブロウンが、トレーラーから補給して肩に担いだ無反動砲を、一機目の敵VEMの腰部に向かって撃った。その間に遠くからブルスクーロが当たらない銃弾をまき散らす。クルムズがブルスクーロから受け取ったVEM用ライフルで数度砲撃し、援護する。こちらは全弾命中する寸前で戦車の残骸に当たる。サチャのブロウンは無反動砲を捨てて敵機に肉薄した。再び戦車の残骸で盾が作られるが、先刻よりも薄い。背後からの当たらない砲撃を警戒し、壁が分散しているのだ。
『邪魔だァッ!』
サチャは戦車の壁に体当たりして、その盾を散らした。盾が崩れたことにより、敵との間に遮るものはない――だが敵は腕を交差させ、続くブロインの銃撃を防いだ。サチャはヘルメットの内で、実に凶悪な笑みを浮かべた。
ブロウンは陽動だ。
シュタンの乗るクルムズが、砂塵を巻き上げるブルスクーロの弾幕に隠れながらブロウンの背後に回り込んでいた。足裏のブースターを噴かして飛び上がり、ブロウンの巨体を飛び越える。脚部に格納していたVEM用のナイフを構え、敵VEMの防御の薄い眼前に着地する。クルムズのナイフは、ブロインの投げ放った棒を避け、搭乗席を狙ってナイフを突き立てた。敵VEMは交差した腕を解き、怒り狂ったようにクルムズを抱き込んだ。クルムズは敵の足を踏みつけると、ぐ、と腰を落とした。己を抱き込む敵ごと背中を仰け反らせると敵は上下で胴体を千切られた。その頭を地面に叩き付ける。
がら空きの背面に、ブロインが容赦なく弾丸を叩き込む。超能力者のVEMには背面に甲羅がなく、防御が薄い。爆煙が視界を覆う。
スミは画面越しにその様子をじっと見ていた。流石の超能力者も死んだはずだと祈る。早く死なせてやってくれと祈る。
と、スミの隣に座るコハクが、ここで始めて口を開いた。
「逃げないの?」
自分を見上げる超能力者の笑顔に、スミは青ざめた。
「退避! 三機とも退避!」
スミは悲鳴を上げた。続いて、キキョウが口元を押さえて息を呑む。カイが立ち上がって叫ぶ。
「自爆だ!」
だがすでに、敵VEMの上半身は、最期の力でクルムズの肩を掴んでいた。通信室の悲鳴は爆音でかき消される。画面が爆風に焼ける。
「敵VEM一、反応消失」
計器を見ていたフジは淡々と告げるが、顔はいつも以上に暗い。
「三機とも無事ですか! 応答お願いします、シュタン中尉、サチャ中尉、コン准尉!」
『ブルスクーロ、損害軽微!』
離れていたコンが固い声で返答する。転倒の衝撃から回復しているようだ。
『ブロイン、損害は――あるけど問題なし!』
半ば意地を張るようなサチャの高い声が響く。
「ブルスクーロは装甲表面が劣化、機能に問題なし。サチャ機ブロイン、両足部の回路及びエネルギー伝達回路に機能障害発生。回路切り替え完了まで二分」
距離のあったコンと、咄嗟に後退したサチャは無事だ。ただ、サチャのブロインは尻を付いていた。なかなか立ち上がることが出来ないようだった。
「中尉、応答願います!」
カイは必死に呼びかける。砂埃が収まると、肩から上のないクルムズが、爆心地に転がっていた。
「シュタン機クルムズ、頭部消滅。パイロットの反応見えず……」
データ通信画面を見ていたフジが言葉を切った。
「シュタン中尉? 隊長、隊長っ! 返事して下さい!」
「シュタン! 応答しろ! スミレさんを泣かせる気か!」
「義兄さん!」
キキョウは呆然と、スミは必死に、カイは涙声でシュタンに呼びかけた。クルムズは動かない。と、呻くような声が響く。
『……嫁を持ち出すな』
パッと通信室が明るくなった――同時に笑い声が洩れた。
「隊長……じゃない、クルムズ、通信回復しました」
「と、頭部センサー類全損後、よ、予備通信機までの切り替えに難。改善事案かと」
キキョウは安堵から笑っているし、フジは唇をすぼめて堪えている。スミは部下の私生活を持ち出したことを恥じて赤くなり、カイに至っては耳まで真っ赤にして俯いてしまった。聞いていたサチャの豪快な笑い声が、ますますスミとカイを恥じ入らせた。コンも笑っている。
シュタンは無事だ。スミは防御力を最優先にしたテツの技術力に胸中で感謝する。
『おい、リョクは?』
やや憮然としたシュタンの声にハッとして、皆がリョクの乗るイェシルと、もう一機の敵VEMに目を向ける。まだ距離は十分にある。
スミはこの時、またも予測が甘かった。彼の指揮能力の低さは経験の無さにあるとはいえ、致命的なものだ。この戦い以来、スミは前線指揮を他に譲ったが、この瞬間には彼が指揮官だったのだ。
「リョク機、残弾は!」
『十分あります。そろそろ後退し――ッ!』
カイの言葉に応えたリョクが息を呑むのが解った。敵機とは十分に距離を取っていたが、その敵VEMの姿が消えたのだ。一瞬後、敵VEMは偽装したイェシル機の目前にいた。
想像も常識も超えた、出鱈目な機動力。それが特殊能力者を乗せたVEMの本領だ。
『この野郎ッ!』
被害も少なく、一番近いブルスクーロが銃口を向け、発砲した。だが精度はもとより、近距離戦用の銃では有効弾が届かない。反面、敵VEMは、無造作に拾い上げた戦車の残骸をブルスクーロに投げつける。狙い過たずブルスクーロに直撃し、背後に吹き飛ばされる。ブルスクーロの派手な転倒は二回目だ。普通の搭乗者ならば身が保たない。
「コン君! 応答してください、コン君!」
「ブルスクーロ、腹部装甲損傷。生体反応はあります」
『ま、馬鹿でも流石に気絶くらいするよな!』
悪態をつきながらサチャが、ギリギリの状態でシュタンが、それぞれ砲撃を行ったが、結果は同じだった。ただブルスクーロよりも遠かったために攻撃は無かった。
「リョク、退避行動!」
スミが叫んだ。だが、敵VEMの動きは早かった。腕で偽装をはぎ取ると、後退しようとしていたイェシルの姿を白日の元に晒した。リョクの乗るイェシルは、今や短所を完全に暴露されていた。
狙撃の反動を抑えるために、イェシルは機動性を大きく犠牲にしている。反動を押さえるために大地に背面を固定され、解除には時間が掛かる。用心していたものの、敵にここまで接近されては間に合わない。今や敵VEMもそれを知った。
光の反射のためか、鋼鉄の巨人が笑ったようにさえ見えた。
「リョク君!」
カイが、キキョウが、スミが、フジまでも、リョクを呼んだ。
『――っぁ!』
通信室からの呼びかけに返事はない。敵機は無造作にイェシルの首を掴み、大根でも引き抜くようにイェシルを束縛から引っこ抜いた。その首を掴んでぶら下げ、次の瞬間には大地に叩きつける。それから何度となくイェシルの腹部を蹴りつけた。操縦席のリョクには振動がダイレクトに伝わる。
そもそもリョクは、四人どころか部隊のうちで、ずば抜けて体力に問題がある。生身の戦闘では狙撃手の役目を果たせない程に非力だ。VEMに乗ってようやく、重い狙撃銃を使いこなすことが出来た。VEMでの肉弾戦を想定していないから、イェシルの機動性は最初から犠牲にされている。つまり、現在配備されているVEMのうち、唯一近接戦を想定していない機体なのだ。
「リョク機イェシル、腹部装甲破損! このままでは、搭乗者席が破壊されます!」
フジの悲痛な声に、スミは画面から目を逸らして計器を凝視した。敵VEMは猫が鼠を戯れにいたぶる様に、イェシルを嬲る。スミは判断を下す。
「機体を放棄しろ、リョク准尉!」
「リョク君、動けますか!」
「脱出装置を使って!」
カイとキキョウが続けて呼びかけるも、リョクの苦痛に喘ぐ声だけが返ってきた。通信室は目前の暴力に対してあまりに無力だった。
一方の敵VEMは、不意に足蹴を止め、変形していたイェシルの装甲に指をかけた。装甲をはぎ取る。搭乗者席が覗き、キキョウは悲鳴を上げた。
スミはとうとう立ち上がると、膝を抱えて座っていた少年に、苦渋に満ちた依頼を口にした。
「コハク大佐、ベルンシュタインへの搭乗を」
「どうして?」
コハクの返答は、無垢な笑みとともに返された。スミは困惑し、震えながら画面を指差した。
「このままでは、我々は搭乗者を喪ってしまいます。
貴方なら、貴方とベルンシュタインなら、状況を変えられる!」
「コハクじゃないよ。リョクはだいじょーぶ」
微笑と自信はどこから来るのかと問い質すべく、スミは口を開いた。
その時、一際大きな声が響いた。