八話
約2倍のボリュームでお送りします、最終話。
ハンカチは用意できたでしょうか?
そんなものいらないですよ。たぶん…。
真っ白な天井が見える。真っ白な布団が見える。
右側から女の人の声が聞こえる。
なんて言ってるか分からない。
左手に、何かの感触がある。
何かを持っている…?
遅れて男の人の声も聞こえてくる。
なんて言ってるのかは分からない。
頭が重くて動かしたくないが、天井と布団しか見えないのは面白くない。
声が聞こえている右側を向こうとしたとき、目の前に顔が現れた。
知らない顔だ。
女の人というより、女性と言った方が正しい。
何も考えていない脳内で、どこか懐かしさを感じる。
俺の顔に涙が落ちた。
頬を伝って下に落ちた。
どうして泣いているのか分からない。
どこの誰かも分からない人がいて、勝手に泣いている。
頭をずらし、視界をずらした。
男性の顔が目に入る。
白い白衣みたいなのを着ている。
女性とは別に、女の人もいる。
こちらは、幾分か若そうに見える。
少しずつ頭が軽くなり、ようやく動かそうと思えるようになった。
まず目に入ったのは、点滴のようなもの。
液体がたっぷり入った袋に、一滴ずつ落ちていく液体。
チューブをたどっていくと、俺の左腕に辿り着く。
俺は白い、今まで着たこともない寝巻を着ていた。
ベッドも目に入るが、俺がいつも寝ているベッドと違う。
とにかく白を基調としたものだらけだった。
このベッドも例外ではない。
そうやって見ていくうちに、いきなり質問をされた。
「今立てている指は何本?」とか「ここはどこか分かる?」とか。
ふざけた質問から、訳の分からない質問まで。
初対面だと思う、隣の女性の事まで聞かれた。
だけど、聞かれたって分かるわけない。
俺以外の三人は顔を見合わせ、女性はまた泣き出した。
もう訳が分からない。俺が何したっていうんだ。
体は未だに重く、動かせそうにない。
どうやら俺がいたところは病院らしい。
あの時泣いていた女性に連れられ、退院した。
ただ、連れて行かれた先は、俺の家じゃなかった。
俺の家じゃなかったけど、なんとなく懐かしい気がする。
玄関に入っただけなのに、不思議な感覚に襲われた。
小さいとき遊びに行った、けどもうそこには行けないような、変な感覚。
しばらく安静にと言われたが、そんな事より気になることがある。
駄菓子屋が休みになって、ミコに会えなかった。
病院にいる時から、ずっと気になっていた。
静かに玄関を抜け出し、駄菓子屋に向かう。
しかし、周りは知らない風景。
走っても走っても、見慣れた場所などない。
けど目を瞑ってでも歩けそうな気がしていた。
何度も何度も歩いたような、おもしろい感覚が俺に付き纏う。
ようやく見慣れたような風景に出くわした。
だが、走っても走っても、駄菓子屋は見つからない。
あの時、ミコと一緒に行った公園。
ミコが滑り台を滑って、その後木製のベンチに一緒に座って。
おじいちゃんがいる小さな無名のコンビニで、一緒に駄菓子を見て。
どちらも見つかったのに、どんなルートでも駄菓子屋は見つからない。
コンビニにはバイトしかいなかった。
無名のはずなのに、有名な、聞き覚えのあるコンビニ名に変わっていた。
何の変哲もない公園の木製のベンチは、少し洒落たものに変わっていた。
ミコと一緒に歩いた道を通っても、駄菓子屋はない。
あるのは、何台か車の止まっている駐車場。
入院しているときに見た、俺の持っていた、いちごみるく味のあめ玉。
ズボンの右ポケットに、まだそれは入っていた。
これにて完結です。
どういう風に解釈するか。複数の解釈の仕方があると思います。
しかし、答えは個人の胸の中にあるものだと思います。
読んだ人の数だけ、答えが用意されている。
それで良いと思います。