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これは何の修行ですか?
ジーンズのポケットで携帯電話が震えだしたのは、蜃気楼のような講義棟を見てから五分ほど経った時だった。
携帯電話の震え方からいってそれはメールではなく、電話だった。
「誰だこんな時に。藤縄か? 工藤か? 宮崎さんだったらいいなぁ」
だが電話に出ようにも両腕が塞がっているせいで、ポケットから携帯電話を取り出せない。そこで、体勢を少し崩して右に重心を置き、右腕にコタツを委ね、空いた左手でどうにか携帯電話を取り出した。
その間にも携帯電話は震え続け、早く出ろよこの野郎と僕を急かす。
不覚にも慌てた僕は、携帯電話を持った手を滑らせてしまった。汗でぬめぬめしていた僕の掌は、氷上並にスリップする危険があったのだ。そして、不幸にもスリップしてしまった僕の携帯電話は、ガツッという鈍い音を立ててアスファルトの地面に落ち、ころころと転がって五メートルほど先で出来立てほやほやの死体のように動かなくなった。
「これはいったい何の修行ですか……」と僕は呟いた。