コタツを背負って僕は行く
蛇口から水が出るのは、これすなわち水道局の人達が働いている証拠である。有難い。
部屋の明かりが点くのは、これすなわち発電所の人達が働いている証拠である。有難い。
では僕がなぜ大学へと続く長い長い坂道を歩いて登っているのかと言えば、これすなわちスクールバスの運転手が休んでいる証拠である。迷惑千万。学生と同じように、スクールバスの運ちゃんも夏休みとのこと。働くがいい。たとえ学生がいなくとも。
頭上から殺人的としか言いようがない太陽の光りが僕の体を焦がしていく。
「俺はなんだって大道具係なんぞやっているんだ」と僕は独り言を言ってみる。虚しい。
僕は背負っているコタツをどうにか頭上に持ち上げて屋根代わりにできないかと腕に力を入れてみた。
だが、ふんっ、と気合を入れても、腕にはろくに力が入らない。そもそも体勢が良くなかった。
背中に一人暮らしサイズのコタツを乗せ、両腕を背中に回してそのコタツを抱えて背負っているのである。それは力も入るまい。
まあ腰を田植えをする百姓のごとく曲げれば、コタツを即席のビーチパラソルにできなくもないが、それではこの万里の長城のような坂道は登りきれないだろう。途中でくたばってしまうのが関の山だ。
その上僕は背中だけでなく、首にも荷物を括りつけている。正確に言い換えれば、括りつけられた。
コタツを背負ってアパートを出て五分ほど歩いた時に、大家のおばさんと会った。スーパーの帰りらしく、彼女は長ネギと大根が突き出た袋を右手に、左手にはエコバックを提げていた。
大家は唐突にスーパーで買ったばかりのとうもろこしが二本入ったエコバックを僕に差し出した。そして「英輔君、またろくなもん食べてないんでしょう。あげるわ」と言った。
この大家、こんなふうにして時々僕に食料を分け与えてくれる。有難い。
ただ今回はあまり有難いとも言えなかった。
僕がろくなものを食べていないのは事実だし、とうもろこしは非常に魅力的な食料ではあるのだが、いかんせん僕の両腕は塞がっていたからだ。
そこで大家は、俺の首にそのエコバックをかけた。
「ほーら、これで大丈夫でしょ。演劇部の子たちと一緒に食べるといいわ」と大家は満面の笑みで言った。
そんなわけで僕は背中にコタツ、首からはとうもろこしが二本入ったエコバックを提げて、のしのしと重い足取りで大学へと続く坂道を登っている。
顎からはひっきりなしに汗の粒が垂れ、Tシャツは着衣水泳でもしたみたいにびっしょり濡れていた。セミが夏を盛り上げんばかりに大合唱を披露している。
ったく、夏に冬の芝居なんかやるでない。
コタツが電源点いてるみたいに熱いじゃないか。