腹岡さんのママ
決勝戦開始から二十分ほど経ちました。
制限時間三十分なので、残りあと十分。
ここにきて腹岡さんと僕の隠していた実力に差があることが明らかになってきました。
僕のペースはそれほど落ちていません。確実にとうもろこしを一本、また一本と丸裸にしていっています。
ですが対する腹岡さんのペースたるや、落ちるどころかむしろ上がっています。彼は人間とは思えぬ形相で「うんめえうんめえ、ぐしゃぐしゃしゃ」ととうもろこし汁を撒き散らしながら食い荒らしています。化け物としか思えません。
これでは熊ゴリラの手にニャンダムが、と思ったその時、唐突に僕にチャンスがやってきました。
腹岡さんのほうから聴いたことのある音楽が流れてきました。
焼きあがーれっ
焼きあがーれっ
焼きあがーれっ
紅じゃけぇ
その曲は竜宮下さんが下手したら僕よりこよなく愛しているアニメ『機動猫戦士ニャンダム』のオープニングテーマ曲です。
腹岡さんはとうもろこしを食べる手を止めて、慌ててズボンのポケットから携帯電話を取り出しました。どうやら彼の携帯電話の着歌のようです。
「もしもし――あっ、ママ!」と腹岡さんはえらくびっくりした様子で言いました。「う、うん。うん……」
これをチャンスと呼ばずして何と呼ぶでしょう。腹岡さんは完全にとうもろこしのことを忘れ、ママの話に耳を傾けるばかり。この隙に追い上げ、あわゆくば追い抜かして僕が勝利するのです!
腹岡さんにマザコン疑惑を追求したいお気持ちはわかります。ですが、今はそれどころではありません。それに彼のあの話し方、あの姿はどう見てもマザコン! 追求するまでもないのです。
僕は腹岡さんの混乱に乗じてとうもろこしを食べ進めました。歯と歯の間に無数のとうもろこしの粒が挟まって変な感じがしますが構っちゃいられません。
「うん……わかったよママ。もう少ししたら帰るよ。でも大学生にもなって門限八時は厳しいよぉ。……うん……うん……だから大学のすぐ近くの公園だってば。……うん……うん、ごめんってばぁ。すぐ帰るよ……じゃあね」腹岡さんが電話を切りました。
その間に僕は腹岡さんを追い抜かしました。
年齢不詳だと思っていた熊ゴリラの彼が大学生でしかも僕と同じ大学らしくしかも門限八時のマザコン王だった、という驚愕の事実が明らかになって気が散って苦労しました。ですが、ここまでくればあとは逃げ切るのみ。勝利の予感を感じずにはいられません。
ですがそんな僕を腹岡さんが戦慄させました。
「ママぁぁぁ! すぐ帰るよぉぉぉ! ぐほほほむしゃしゃしゃ!」
腹岡さんが凄まじい勢いでとうもろこしを食べ始めたのです。そのスピードたるやこれまでの三倍は確実。恐ろしくて直視できません。いったいママに何を言われたのでしょうか。それともママとはそれほどに恐い女性なのでしょうか。
などとママについての考察を続けていては、僕の負けが決まってしまいます。
愛しの竜宮下さんのためにも負けられません!
竜宮下さんがこよなく愛するニャンダムを勝ち取って、僕のことももっとこよなく愛してもらうのです!
覚悟しろ、熊ゴリラめ!




