彼女のご命令とあらば
恥ずかしながら、僕と竜宮下さんはお付き合いをしております。かれこれ三ヶ月になりますでしょうか。
僕たちは同じ演劇部の部員で、竜宮下さんは僕の一つ上の先輩で大学三年生です。竜宮下さんは一言で言ってしまうと、とてもきれいな人です。背中に届くほど長い黒髪はツヤツヤでサラサラ、まるで流しそうめんみたいです。目は透き通って黒目が大きくて、まるで艶のある黒豆みたいです。僕にはもったいない女性です。
実は僕たちのお付き合いは誰にも言っていません。そう、いわゆる秘密のお付き合いというやつです。秘密にするには理由があります。演劇部仲間の工藤の存在が気がかりなのです。
彼は僕と同じ大学二年で『演劇部のパパラッチ』の異名を持つ男なのです。工藤は自慢のゴツい一眼レフカメラを首から提げ、日々演劇部のスキャンダルを追っています。いったいなぜ彼が写真部ではなく演劇部に所属しているのか僕には理解できません。
もし工藤に僕らのお付き合いがバレれば、演劇部中、いえ、大学中に僕と竜宮下さんの秘密が白日の下にさらされてしまうことでしょう。
僕と竜宮下さんとしては、静かにひっそりとお付き合いしたいのです。
そのため、僕たちは秘密裏に行動するCIAのごとく落ち合い、この夏祭りにやって来ました。
とはいえ、夏祭りは大学の近くの公園で催されているため、いつ誰に会うかわかりません。しかし幸いなことに、工藤は夏風邪を引いて寝込んでいるという情報を、竜宮下さんが独自の情報網でキャッチ。
そんなこんなで、僕たちは夏祭り会場の公園の門をくぐったのです。
僕たちが公園に着いたのは午後六時頃だったのですが、既にたくさんの人がお祭りを楽しんでいました。露天が軒を連ね、焼きそば、たこ焼き、綿飴、リンゴ飴、などなどが売られています。浴衣姿の少年少女たちはヨーヨー釣りや金魚すくいに興じています。なんとも心躍る光景に、竜宮下さんははしゃいでいました。
公園の中央にある広場では、職人さんたちが打ち上げ花火の準備をしていました。楽しみですね。
僕と竜宮下さんは綿飴を買ってモムモムと食べながら歩いていると、唐突に竜宮下さんが歩みを止めました。それから彼女は嬉々とした声でこう言いました。
「あっ、ニャンダム!」と。
僕は竜宮下さんの視線の先を見ました。そこには何かのショーができそうなほどの舞台が設置されていて、『第十七回とうもろこし大食い王決定戦』という巨大な看板が掲げられていました。舞台には折りたたみ式の長テーブルと二脚のパイプ椅子が用意され、テーブルの上にはたくさんのとうもろこしが盛られた皿が二つ、それぞれの席に用意されています。
ニャンダムは舞台の右端の『賞品』と書かれた札が置いてあるテーブルに、悠然と直立しておりました。
ニャンダムとは、竜宮下さんがこよなく愛するアニメ『機動猫戦士ニャンダム』の主役ロボットのことです。その六十分の一フィギュアが『第十七回とうもろこし大食い王決定戦』の優勝賞品だったのです。
僕は見逃しませんでした。竜宮下さんが不敵に笑うのを。そして案の定、彼女はこう言いました。
「藤縄くん、ニャンダムを取ってきなさい」と。
それはつまり「優勝してこい」と言っているのです。
「あい」と僕は答えました。竜宮下さんには敵いません。
「大丈夫、藤縄くんなら勝てるわ。あなたは今日のこの日のために、極貧生活を送り、絶食に近い苦行に耐えてきたのよ」