彼女以外の娘など、芋だ
俺たちは白熱した激論を交わしていた。俺を含め、皆のその表情は真剣そのもの。己の知識を総動員させ、語彙力の限りを尽くし、主張と主張のぶつかり合いは混迷を極める。だが俺たちはその先にある輝かしい未来を信じ、さらに論議に論議を重ねる。はたして『演劇部女子可愛い娘っ子ランキング ~明日のミス演劇部は君だ~』で勝利する女子は誰なのか。
「やはり宮崎さんが一位だ。彼女以外の娘など、芋だ」
「芋とはまた酷いですね。竜宮下さんが一位です。彼女こそ、ミス演劇部の称号を与えられてしかるべきお方です」
「工藤はどう思う」と英輔が俺に訊いた。
「おめえらは何もわかってねえな。やはり一位は緒仁駕原だろ」
「なんと! 緒仁駕原ときたか!」
「工藤さん、さてはマゾですね。マゾマゾですね?」
「なんだそりゃ」
「だって工藤さん、緒仁駕原さんと言えばツンデレじゃないかと噂されていますけど、その実態はツンツンじゃないですか。まるでデレる気配がないですよ」
「馬鹿かお前は。そう易々とデレを見せてどうする。奥に秘めてこそのデレなんだぜ」
「あまりの奥底に秘めているせいで、当の本人がデレの存在を忘れているのではないか?」
「そういえば文化祭が終わってから、緒仁駕原を見ていないなぁ」
「あれ、なんの話でしたっけ」
「あっ――」
なぜこうも話の脱線は人を心躍らせるんだ? と俺は思った。コタツの上には演劇部の部員名簿と部員(女子)の全員分の顔写真が並べられていた。
「藤縄が部員名簿を見て『演劇部は女子が多いですねぇ。でもやはり竜宮下さんが一番きれいですね』と言ったところから話の流れがおかしくなったんだぞ」
「工藤さん、責任転嫁も甚だしいですよ。たしかに僕はそう言いましたが、それを聞いた工藤さんが『竜宮下さんか。ちょっと待ってろ』などと仰って手持ちの秘蔵アルバムから竜宮下さんの写真を出したんじゃありませんか。僕は呟いたにすぎません。そもそもそんなアルバムを持ち歩いているなんて、写真部に転部したほうがいいんじゃありませんか」
「写真部なんぞに興味ないわい。俺は孤独な一匹狼なのさ」
「あーそうですか」
「そうだ。英輔が『いいや、宮崎さんのほうがきれいだ』なんて言うから、こんな不毛な議論が始まったんだ」
「何を言うか。たしかに俺はそう言ったが、その後工藤が『宮崎さんか。いや、待てよ。今こそミス演劇部を決める時だ!』などとほざいたのが始まりだったのだぞ。元々俺は犯人は演劇部内にいると考えて名簿を出してきたんだ」
「工藤さん、全ての原因はあなたにあります」
「さてはお前らが犯人だな。間違いねえ」
「何を仰いますか」
「俺たちは無実だ。なぜそうなるのだ?」
「今日の集まりの趣旨を忘れ、推理中に話を脱線させる。これはお前らが犯人で、推理させまいとする妨害工作だ。間違いないぜ。さあ、今ならまだ許してやる。俺に頭を下げやがれ!」
「工藤さん、あなたはどこまでお馬鹿さんなんですか」
「藤縄の言うとおりだ。そんなもんは証拠でもなんでもないのだぞ。いいか。さっきも言ったがもう一度言うぞ。これは演劇部の内部犯行と俺は見た。どちらの写真も大学近辺で撮影されたというのがまず一つ。これがもしお前が住む国分寺付近ならまた話は変わってくるがな。もう一つは工藤の日頃の行いだ。お前は常日頃から我々部員のスキャンダルを追っている。これまでにも数々の愚劣極まるスキャンダル写真を公にさらしてきた。つまり、お前にスキャンダルを激写され恨みを持った何者かが、お前の破廉恥な写真を送ってきたのだ。そして俺も藤縄もまだお前にスクープされたことがない。俺達が犯人であるはずがないのだ」
「おのれ。それにしても英輔はさっきから破廉恥破廉恥うるせえな。これのどこが破廉恥なんだ」
「破廉恥ではないか。とうもろこし畑から盗みを働くなんて。大体お前はなんだってとおもろこしを盗んだのだ?」
「食堂でメシを食う金もなかったんだよ。現像代が高くてさ。それで、と思ったんだが、近くを通りかかったおばさんに怒られて、慌てて逃げた。だから俺は無実だ。あのとおもろこしはおばさんが持って帰ったに決まってるぜ」
「まったく、工藤さんはどこまでお馬鹿さんなんですか」