みみみみみみ宮崎さん
「では宮崎さん、俺たちは部室棟まで行くとするか」と僕は言った。
「先輩、私に良い考えがあります」
「その考えとは?」
「藤縄さんたちが来るのはおそらくまだまだ先ですし、ひとまず休憩しませんか?」
その時の僕の脳内をビジュアル化したならば、「!」がひしめき合っていたことだろう。
それにしても、まさか『休憩』とな!
僕は夢の城を見上げた。天低くそびえているその城は、今まさに僕のために門を開いているように見える。
「みみみみみみ宮崎さん」
「『み』が多いです。先輩」
「まままままままあそうなんだが、宮崎さん」
「今度は『ま」が多いです。先輩」と宮崎さんは言うと、首を傾げた。
いかん。宮崎さんが怪訝な表情を浮かべている。これではせっかくふっと沸いた千載一遇のチャンスを逃してしまう。
僕は落ち着くため、大きく深呼吸をした。
「やはり疲れてらっしゃるのですね。先輩。溜息も深いです」と宮崎さんは言った。
「い、いや。これは溜息ではなくて――」
「そんなコタツを背負っていては疲れるのも当然です。でも安心してください。この坂をもう少し登れば『無菌室』という喫茶店がございます。そこのコーヒーを飲めば、たちどころに疲れなど吹っ飛んじゃいます」
その時の僕の脳内をビジュアル化したならば、「?」がひしめきあっていたことだろう。
喫茶店? コーヒー? 休憩と言えば夢の城ではないのか?
僕の脳内の「?」のことなど露知らず、宮崎さんは続ける。
「では行きましょう先輩。私が背中を、いえ、コタツを押して差し上げます。そうすれば喫茶店まで行くなど、近所の駄菓子屋さんに行くぐらい容易いです」
「そ、そうか。すまない」と僕はぎこちなく言った。
その時、落胆するのはまだ早い、と僕は考えた。喫茶店をきっかけにして、宮崎さんとの親交を深めていき、あわゆくば夢の城へ、と。素晴らしい。
僕は坂を上るため、よいしょよいしょと回れ右をして進むべき方向へと向き直った。
そこに少年の姿はなかった。まあ、宮崎さんの登場ですっかり忘れてしまっていたのだが。
「どうしたんですか?」と宮崎さんは僕に訊いた。
「いや、そこに浴衣姿の少年がいたはずなんだがいなくなっててね。僕が宮崎さんと話している間にどこかへ行ってしまったのだな」
「少年、ですか? 私が先輩に声をかけた時には誰もいなかったですよ」
「誰も?」僕はびっくりした。
「はい」
僕は少年の戯言を思い出した。『僕は恋の神様さ』と少年は言っていた。
まさか……いやいや、そんなことが。あかんべーでお尻ぺんぺんで屁をこくような糞ガキだったじゃないか。
だがしかし――。
「先輩」と宮崎さんが背後から言った。「ではコタツを押しますよ。二人で喫茶店へ参りましょう」
僕達は坂を登り始めた。
一人で歩くよりもずっと楽で、コタツの重さはさっきの半分程度にしか感じない。背中から宮崎さんがコタツを押す力が僕の背中に伝わってくる。
歩き始めてすぐに首がやけに軽いことに気付いた。そして僕は思い出した。とうもろこしが入ったエコバックを少年にあげたことを。