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針と糸しか使えない役立たず」と追放された裁縫士、実は世界の理ごと縫い直せます ~今さら戻れと言われても、俺の針は氷の姫騎士専用なので~

作者: 浅入燈馬
掲載日:2026/09/19

◆ 第一章 追放は、ボタン付けのあとで

「ロイ、お前は今日限りでクビだ」

勇者ガイウスは、金糸で縁取られたマントを翻し、実に気持ちよさそうにそう言い放った。

場所は王都近郊の大迷宮『灼熱の大穴』の入り口。周囲には、噂を聞きつけたギルドの野次馬が二十人ばかり。公開処刑にはうってつけの舞台である。

(こいつ、絶対にこのために人の多い時間を選んだな)

「理由を伺っても?」 「決まっているだろう! お前のジョブは【裁縫士】。戦えない、魔法も撃てない、できるのはボタン付けと裾上げだけ。Sランクパーティ『黄金の剣』に、そんな雑用係は不要だ!」

周囲からくすくすと笑いが漏れる。「裁縫士て」「ゴブリンでももう少しマシな仕事するだろ」という声も聞こえた。

俺、ロイ・ハーヴェン、二十六歳。ジョブは【裁縫士】、レベルは12。パーティ平均が80超えであることを考えれば、笑われるのも無理はない。所持品は針と糸と裁ちバサミ。以上。全財産であり、全装備だ。

(まあ、言いたいことは分かる。分かるんだが)

俺は、ガイウスの胸当てに視線を落とした。

先週、岩喰いの牙で大きく裂けたはずの左脇腹が、傷ひとつなくピカピカに光っている。俺が昨夜、三時間かけて『縫った』からだ。誰にも気づかれないように、毎晩、こっそりと。

(自分の装備がなんで壊れないのか、一回でも考えたことあるか?)

たぶん、ないのだろう。ないからこそ、この状況である。

「……分かりました。荷物をまとめます」 「ふん、物分かりがいいじゃないか。ほら、退職金だ。糸くずでも買え」

チャリン、と足元に銅貨が一枚。野次馬がどっと沸いた。

(一枚て。糸一巻きも買えないんだが)

その時、パーティの後方で、ぎり、と革手袋の軋む音がした。

銀の長髪に、紫紺の瞳。『氷刃の姫騎士』シルヴィア・フロストレイン。ガイウスの隣に立つ彼女は、剣の柄を白くなるほど握りしめ、まっすぐに俺を睨んでいた。何か言いたげに唇が動き、けれど結局、ふいっと顔を背けてしまう。

「……勝手にすれば」

氷のように冷たい声。 ただ、その耳の先がやけに赤いことに、俺は気づいてしまった。

(……ん? 怒ってる、のか? 俺、何かしたっけ)

まあいい。とりあえず銅貨を拾って、この場を去ろう。


◆ 第二章 夜更けの訪問者と、採寸

その夜。

俺は王都の安宿『眠り猫亭』の屋根裏部屋で、ベッドに転がって天井の染みを数えていた。六個目だ。

三年間、毎晩みんなの装備を縫い続けてきた。ガイウスの鎧、魔法使いのローブ、斥候の靴。「ちょっとほつれてるな」「あ、ここ割れそうだ」と気づいたら、寝る前にちくちく。理由は単純で、そうしないと落ち着かないからだ。裁縫士の性みたいなものである。

(まあ、あいつらが気づいてなかったなら、もう縫わなくていいわけだ。せいせいする……はずなんだが)

コン、コン。

控えめなノック。宿の娘さんかと思って扉を開けると、フード付きのマントで顔を隠した人物が立っていた。フードの下から、銀の髪がこぼれている。

「……シルヴィア?」 「べ、別に、あんたに会いに来たわけじゃないから!」

食い気味だった。まだ何も聞いてないのに。

彼女は俺を押しのけるようにして部屋に入ると、ばたんと扉を閉め、そっぽを向いたまま早口でまくし立てた。

「ただ、その、装備の調子が悪いの! あんたが勝手にいなくなったせいで! だから責任を取って、直しなさいよね!」 「責任って……クビにされたのは俺の方なんだが」 「うるさい! 直せって言ってるの!」

ぷい、と顔を背けるが、フードの隙間から見える頬は真っ赤だ。

(分かりやすい。……いや、分かりにくいのか? この人の場合は)

ため息をついて、彼女の姿を改めて眺める。そこで、違和感に気づいた。

「シルヴィア。お前、呼吸が浅いな。左肩を庇ってる。左の肩甲骨のあたりが引きつってるだろ」 「っ!?」 「……呪いか?」

びくり、と彼女の肩が跳ねた。長い沈黙のあと、絞り出すような声が返ってくる。

「……三ヶ月前、呪王の眷属にやられたの。ヒーラーは全員、匙を投げた。でも、この三ヶ月、痛みはほとんどなかった。それが、今日の昼から急に……」 「ああ、それは俺が毎晩、お前のインナーを縫ってたからだ」 「…………は?」 「ほつれてる気がしたから、縫ってただけなんだが。たぶん、呪いの進行ごと縫い留めてたんだと思う」 「あんた、知ってて……」 「いや、全然。今初めて知った」 「バカなの!?」

理不尽だ。

「とにかく、診せろ。インナーも作り直したい。まず採寸だ。鎧を外してくれ」 「な……っ、こ、ここで!?」 「他にどこでやるんだ」 「そ、そういう意味じゃなくて! ……っ、後ろ向いてなさい!」

言われた通り壁を向く。背後で、留め具の外れる音。革ベルトが床に落ちる音。金属の胸当てを置く音。そして衣擦れの音が、屋根裏の静けさの中でやけに大きく響いた。

(落ち着け、俺。これは仕事だ。仕事)

「……いいわよ」

振り向くと、薄手のアンダーシャツ一枚になったシルヴィアが、腕で胸元を庇うようにして立っていた。汗ばんだ布が肌に張りつき、鎖骨の窪みから細い腰へのラインがくっきりと浮かんでいる。ランプの灯りに、銀髪がとろりと溶けるように光った。

(仕事。仕事。仕事)

「じゃあ、腕を上げてくれ」 「……こう?」 「もう少し」

巻き尺を、彼女の胸の下に回す。背中側で交差させる指先が、シャツ越しに背骨をかすめた。

「ひゃっ……!」 「悪い、冷たかったか」 「つ、冷たくない! ただ、その、あんたの手が、思ったより……」

言いかけて、彼女は口をつぐんだ。

(思ったより、なんだ?)

続けて肩幅、背丈、ウエスト。巻き尺が腰のくびれをなぞるたびに、シルヴィアの呼吸が小さく跳ねる。俺は視線を数字だけに固定した。四十秒後には理性の限界が来る気がする。

「……ねえ」 「ん?」 「あんた、他の人にも、こうやって測ってるの?」 「ゼロだ。パーティの女性陣のインナーなんて頼まれてない。鎧の外側の補修だけだった」 「……そう」

ほんの少し、彼女の肩から力が抜けた。

「……ふん。当然よね。誰にでもやるようだったら、その、承知しないんだから」 「何をだ」 「な、何でもない!! 次! 早く測りなさいよ!」

最後に、首回りとうなじ。髪を持ち上げてもらう。

白いうなじがあらわになった。細い後れ毛が汗で張りついている。ほのかに、雪解け水と石鹸の匂いがした。

(……これは、試練だ)

「……背中、診るぞ」

彼女は長い沈黙のあと、小さく頷いた。

「……見たら、殺す」 「見ないと縫えない」 「~~~っ! ……お、終わったら、記憶を消しなさいよね!」 「それは無理だ」

シルヴィアはベッドの縁に腰掛け、俺に背を向けた。ボタンを外し、シャツを胸元で抱きしめるようにして、ゆっくりと肩から落とす。

あらわになった背中に、俺は息を呑んだ。

白磁のような肌。その左の肩甲骨から腰に向かって、黒い荊のような紋様が這っている。脈打つように、不吉に明滅していた。

(こんなに綺麗な背中に、なんてもんを)

「……痛くしたら、許さないから」 「肌は縫わない。縫うのは、呪いの方だ」 「意味が分からないんだけど」 「俺もだ」

針に糸を通す。

目を凝らすと、呪いの紋様の縁に、ほんのわずかな『ほつれ』が見えた。ずっと昔から、俺にだけ見えていたもの。傷にも、壊れた鎧にも、あった。

針先を、そっとそこへ。

――ぷつり。

呪いが、悲鳴のような音を上げた。

       ◇

【条件達成:対象の『概念』を縫合しました】 【固有スキル《万象縫合(オムニ・ステッチ)》が覚醒します】 【ジョブ【裁縫士】は【万象の織り(オムニ・ウィーヴァー)】へ進化しました】

視界に、蒼い光の文字が走る。ステータス画面だ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 名前 ロイ・ハーヴェン ジョブ 万象の織り(オムニ・ウィーヴァー) Lv 12 → 88(覚醒補正)

固有スキル 《万象縫合(オムニ・ステッチ)》  あらゆる事象・現象・概念には『継ぎ目』が存在する。  その継ぎ目に糸を通し、繋ぎ、留め、縫い戻す。

派生スキル 《縫止(ピン・ステッチ)》 対象の影や動きを縫い留める 《因果縫い(コーザル・ハーネス)》 原因と結果を縫い繋ぐ 《空間縫合(スペース・ヘム)》 空間そのものの継ぎ目を縫う 《終焉の玉止め(ラスト・ノット)》 縫い終えた対象を、それ以上『続かない』ものにする

備考 過去三年間の『補修』は、封印状態のスキルの無意識発動によるもの ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(……なるほど。そういうことか)

俺が三年間見続けていた『ほつれ』は、この世界のあらゆるものが持つ『継ぎ目』だったのだ。物にも、傷にも、魔法にも、呪いにも。

糸が眩い光を放つ。黒い荊が糸に巻き取られ、ジッパーを閉じるように、すうっと肌の上から消えていった。

「……っ、あ……ん……」

シルヴィアの背中が、びくんと震えた。押し殺した声が、屋根裏に小さく響く。

「い、今の声は違う! 聞いてない! 聞いてないわよね!?」 「聞いてない」 「絶対嘘! ~~~~っ!!」

耳まで真っ赤にして、彼女はシャツをかき合わせた。そして、はっとしたように自分の背中に手を回す。

「……消え、た……?」

指先が、何度も何度も同じ場所をなぞる。

「三ヶ月、ずっと、痛くて、怖くて……」

声が震えていた。強がりの氷が、ぱきりと割れる音がした。

「……ありがと、って言ってあげてもいいけど、言わないからね」 「言ってるじゃないか」 「言ってない!」

言い返した拍子に、ふっと彼女の身体から力が抜けた。膝が崩れかけて、俺の胸にぽすんと背中を預ける形になる。柔らかな重みと、風呂上がりみたいな体温。銀髪が、俺の鎖骨をくすぐった。

「……今だけ。今だけだから。力、入らないの」 「ああ」 「……あったかい」 「何か言ったか?」 「言ってない!!」

心臓がうるさい。これは絶対、彼女にも聞こえている。

       ◇

コン、コン。

「あのう、お客さん……壁が薄くて、その、お声が下まで……」 「「違う!!!」」


◆ 第三章 縫い終えたものは、それ以上続かない

翌朝、冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。

「黄金の剣が、大穴の最深部で孤立してるらしいぞ!」 「昨夜『俺たちだけで炎獄竜を倒す』って強行突入したんだと」 「装備が軒並み壊れて、救援信号が……」

俺は掲示板の前で、朝食代わりの黒パンをかじりながらそれを聞いていた。隣ではシルヴィアが、腕を組んで明後日の方向を向いている。目を合わせてくれない。昨夜のことを思い出しているのだろう。俺も思い出している。あれはちょっと、刺激が強かった。

「……行くの?」 「目の前で死なれると寝覚めが悪い。クビにはなったが、三年分の情はあるからな」 「お人好し」 「お前も来るんだろ?」 「わ、私は! パーティを辞めに行くだけ! 辞表を、直接、ガイウスの顔に叩きつけに行くの!」

そう言う彼女は、すでに剣を佩いていた。しかも、鎧の下には新しいインナー。昨夜、徹夜で縫い上げたものを、朝一番で渡したのだ。

「……サイズ、ぴったりだった」 「そうか」 「別に、褒めてないから」 「ああ」 「ただ、その、着心地は……悪くなかった、っていう事実を述べただけ」

耳まで真っ赤だ。分かりやすいな、この人。

       ◇

迷宮の道中は、拍子抜けするほど静かだった。

魔物は何度も襲ってきたが、俺が針を一本放るたびに、影を縫い留められて硬直する。

「……ねえ、それ反則じゃない?」 「縫っただけだ」 「その『縫っただけ』が一番おかしいのよ!」

そうして辿り着いた最深部、『炎獄の間』。

扉を開けた瞬間、熱風が頬を打った。

溶岩の広間の中央に、山のような赤い竜がとぐろを巻いている。『炎獄竜ヴォルカニス』。推定レベル95。Sランクパーティでも壊滅が当たり前の、この大迷宮の主だ。

そして、その足元に。

「ひ、ひぃぃぃ……!」

黄金の鎧が、ばらばらになっていた。

胸当ては継ぎ目から裂け、籠手は紐がほどけ、肩当てがぶらぶらと揺れている。勇者ガイウスは、半分脱げかけた鎧を必死に押さえて尻餅をついていた。魔法使いも斥候も、ローブや靴が糸くず同然だ。

(……やっぱりな)

装備が壊れたのではない。ほどけたのだ。深層の魔物の攻撃で、本来とっくに限界を迎えていた装備を、俺の縫合が『壊れていない状態』に繋ぎ止めていた。その糸が一晩なくなれば、こうなる。

ガイウスが俺に気づいた。

「ロ、ロイ!? ちょうどいい! お前が囮になれ! 俺たちが逃げるまでの時間を――」

その瞬間、ぴきん、と空気が凍った。

床に霜が走る。シルヴィアの周囲だけ気温が十度は下がった。

「……ガイウス。今、なんて言ったの?」

紫紺の瞳が、絶対零度の光を宿している。

「落ち着け、シルヴィア。そいつの相手は後だ」 「……止めないで」 「後でいくらでもやらせてやる。今は、竜が先だ」

ちょうどその時、炎獄竜が、ゆっくりと首をもたげた。

「グルルルル……」

ガイウスが泣き叫ぶ。

「ば、馬鹿な! お前ごときにどうにかなる相手じゃ――」 「ガイウス。お前の鎧が壊れないのは、三年間、毎晩俺が縫ってたからだ」 「……は?」 「気づかなかったんだろ。それでいい。今日は、その借りを返す」

俺は一歩前に出て、背後の彼女に声をかけた。

「シルヴィア、背中を任せていいか」

一瞬の間があって、彼女はふん、と鼻を鳴らした。

「……当たり前でしょ。私の背中を縫ったのは誰だと思ってるの」

いい返事だ。

       ◇

炎獄竜が、大きく息を吸い込んだ。広間が赤く染まる。

「灼熱の息吹(ヘルフレイム・ブレス)だ! 全員死ぬぞぉぉ!」

ガイウスの悲鳴を聞きながら、俺は針を投げた。

「《縫止(ピン・ステッチ)》」

針は、竜の影に突き刺さる。

竜の巨体が、ぴたりと止まった。鱗が軋み、脚が震え、それでも一歩も動けない。

「グオオ……!?」

だが、すでにブレスは吐き出されようとしている。喉の奥で、灼熱の光が膨れ上がった。

俺は、指先の糸を引いた。

「《因果縫い(コーザル・ハーネス)》。『吐く』という結果を、『吸う』という原因に、縫い合わせる」

蒼い光の糸が、炎に絡みつく。

吐き出されるはずだった炎が、竜の口の中へ、逆再生のように吸い戻されていった。

「ゴ、ガ、ア……!?」

竜が、自分の炎で内側から焼かれ、苦悶の声を上げる。鱗の隙間から、赤い光が漏れ出した。

背後で、魔法使いが震える声で呟いた。

「詠唱も、魔法陣もなしに……あれが、裁縫士……?」 「ありえない、ありえない、そんなジョブは……」

うるさいな、ガイウス。集中させてくれ。

「シルヴィア、剣を貸せ」 「え?」 「針を通す。すぐ返す」

彼女の氷刃の刃に、蒼い糸をひと筋、するりと縫い込んだ。

「その糸の通ったところが、この竜の継ぎ目だ。そこを斬れ」

シルヴィアは、ほんの一瞬だけ俺を見た。

そして、不敵に笑った。

「……ふん。任せなさい」

銀の髪が舞う。

「氷刃×縫合――合技《氷縫剣舞(フロスト・ステッチ)》!」

氷の斬撃が、蒼い糸をなぞって走った。硬いはずの竜の鱗が、まるで布のようにすっぱりと裂ける。巨体が、斜めに両断されていく。

だが、まだ終わりじゃない。

斬り裂かれた竜が、最後の悪あがきに、牙をむいて再生しようとする。

俺は、糸の端を握った。

「縫い終えたものは、それ以上、続かない」

指先で、ぐっと糸を引く。

「――《終焉の玉止め(ラスト・ノット)》」

きゅっ、と小さな結び目が生まれた。

その瞬間、炎獄竜の動きが、完全に止まった。

再生の光が消え、赤い瞳から炎が失われ、巨体がさらさらと灰に変わっていく。山のようだった竜が、風に流されるように崩れて、消えた。

広間に、静寂が落ちた。

       ◇

「……ふう」

針を仕舞い、肩を回す。久しぶりに、ちょっと疲れた。

隣で、シルヴィアが剣を鞘に収めながら、こちらをじろりと見た。

「……あんた、いつの間にあんなにカッコよくなったのよ」 「今、何か言ったか」 「言ってない! 空耳!」

さて。振り返ると、ガイウスが座り込んだまま、口をぱくぱくさせていた。

「な、な、裁縫士が……あんなの、ありえない……!」 「元・裁縫士です。今は【万象の織り手】らしいですよ」

そう答えると、彼は目を剥いてから、ばっと這いつくばった。

「ロ、ロイ! いや、ロイ様! 戻ってきてくれ! 報酬は倍、いや三倍出す! お前がいなきゃ、うちのパーティは……!」 「お断りします」 「そこをなんとか!」 「あ、そうだ。これ」

俺はポケットから銅貨を一枚取り出し、指で弾いて返した。

「退職金、お返しします。糸、一巻きも買えなかったので」 「ぐっ……!」

シルヴィアが一歩前に出た。パーティ紋章のブローチを外し、ガイウスの足元にことりと置く。

「私も抜けるわ。今、ここで」 「シ、シルヴィア!? 待て、お前まで――」

慌てて立ち上がろうとした拍子に、ぶちん、と最後の留め具が弾け飛んだ。

ガイウスのズボンが、ずるりと落ちた。

「「「…………」」」

沈黙。

「……最低」

シルヴィアが冷ややかに吐き捨て、それからはっと俺の目を手で覆った。

「あ、あんたは見なくていい! 見るなら、その、私のだけ見てればいいの!」 「今、なんて」 「な、なんでもない!!」

(……三年間、こいつの服を縫い続けたのは、無駄じゃなかったな。いや、やっぱり無駄だったかもしれない)


◆ 終章 採寸の続きは、また今度

数日後の夜。

ギルドでは、『黄金の剣』の解散と、勇者ガイウスの降格が正式に発表された。ついでに、炎獄竜討伐者としての俺とシルヴィアの名が、ギルドの掲示板に一番でかい字で貼り出されたらしい。恥ずかしいので見に行っていない。

屋根裏の宿で、俺は一人、針仕事をしていた。すると。

コン、コン。

「……誰だ」 「べ、別に、あんたに会いに来たわけじゃないから!」

またそれか。

扉を開けると、今度はフードも被らず、シルヴィアが堂々と立っていた。ただし顔は真っ赤で、視線はあらぬ方向に泳いでいる。

「また装備の調子が悪いのか」 「そ、そうよ。調子が悪いの。すごく悪いの」 「どこがだ」 「…………採寸」 「ん?」 「採寸、途中だったでしょ。……その、続き、しなさいよ」

耳まで真っ赤にして、彼女は小さな声で言った。

「責任、取りなさいよね。あんた以外に、採寸させる気ないから」

心臓が、思い切り跳ねた。

「……了解。じゃあ、次は下の方も」 「ばっ……! ばか! 変態!」

ばちん、と肩を叩かれた。痛い。でも、悪くない。

シルヴィアは、ふいっと顔を背けたまま、蚊の鳴くような声で付け足した。

「……し、下は、また今度。今度、ね。……デザインは、その、あんたの好みで、いいから」

そして彼女は、そのまま俺の隣にすとんと座って、肩にこてんと頭を預けてきた。

銀の髪から、雪解け水と石鹸の匂いがする。

(……俺の第二の人生は、どうやら針一本で、思ったよりずっと騒がしく縫い上がっていくらしい)

俺は苦笑して、そっと彼女の髪を撫でた。

       ◇

――こうして、追放された裁縫士は、世界の理ごと縫い直せる【万象の織り手】として名を馳せることになる。

ただしその針は、生涯ただ一人の氷の姫騎士の採寸専用だった、とか、そうでなかった、とか。

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