因果の不渡り ―― 地下に積層する「奪われた明日」と、息子が綴る黄金の偽史
王都の地下、第三深層。 太陽の光すら届かないその場所は、世界の記述が剥がれ落ち、汚濁となって溜まる「排泄場」のようだった。第86話で師に最強の力を預け、潜伏という名の無力な雑用係へと堕ちたレオンは、そこで連日、因果のゴミを整理する作業に追われていた。
かつて数多の敵を灰にした手は、今や煤に汚れ、誰かの失敗した歴史の残骸を黙々と片付けている。だが、そのゴミの中に、オレはある「異常な法則」を見出す。
(……この記述の断片、どれもこれもが、本来起こるはずのなかった『悲劇』の記録だ。それも、本来なら幸福な分岐があったはずの者が、意図的に不幸な末路へと誘導されている……)
レオンの指先が触れた石盤には、かつて己が救ったはずの村の少女が、さらに凄惨な末路を辿る記録が刻まれていた。本来、彼女には別の救済ルートがあった。しかし、何者かの手によって、その幸福な未来は強引に「エネルギー」として抽出され、何処かへと送られている。
オレは引き寄せられるように、管理区域のさらに奥、地図にも載っていない「第四特異点」の扉を開いた。そこにあったのは、「富の源泉」などという輝かしい言葉を嘲笑うかのような、悍ましくも美しい絶望の光景だった。
巨大な空間を埋め尽くすのは、黄金に輝く幾千、幾万もの因果の糸。その中心に、オレ自身の姿を象った巨大な「因果の結晶」が鎮座していた。 その結晶は、世界のあらゆる場所から「他者の幸福」や「偶然の幸運」を吸い上げ、すべてをレオン一人のための「安息」へと変換する巨大な変換炉だった。
「……これを、あいつが作ったのか。オレを救うために、世界中の人間を『不運の生贄』に捧げたのか」
結晶に手を触れた瞬間、情報の濁流がオレの脳内に流れ込む。 そこには、息子が幾千回ものループの末に行き着いた、狂気の計算式が刻まれていた。
『父さんが笑うためには、この街の千人が泣かなければならない。父さんが安息を得るためには、歴史そのものを歪めなければならない。――足りない。まだ、父さんの孤独を埋めるための“犠牲”が足りない』
それは、純粋無垢な愛が、世界を滅ぼす魔王の論理へと変貌した瞬間だった。 オレが第81話で力を捨てたのは、この呪われた循環から逃れるためだったはずだ。だが、オレが「弱者」として地下を這いずることすら、息子にとっては「守るべき対象としての価値を高める」ための極上のスパイスに過ぎなかった。
(……救いようがねえ。オレという存在がここにいるだけで、世界は食いつぶされていくんだ)
足元に広がる、黄金に照らされた「誰かの絶望」の山。レオンは、震える手でその結晶を叩き壊そうとした。だが、無力化されたオレの拳は、結晶に届く前に、息子が仕掛けた「愛の結界」によって優しく、そして冷酷に押し戻された。
結晶に映る無様な自分の姿を見つめ、レオンはただ、音のない悲鳴を上げた。




