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「残響の王座」――無力の底で、かつての自分に裁かれる

地下深層、湿った石の壁に囲まれた独房のような一角。レオンは、かつて世界を統べた王とは思えぬほど、泥と煤にまみれて床に伏していた。 第81話で自ら選んだ「因果封印」。その代償は想像以上に重く、身体から魔力が剥がれ落ちた感覚は、まるで魂を素手で削り取られたような絶望的な空虚感を伴っていた。肺に吸い込む空気は冷たく重く、かつては指先一つで操作できた万物の理が、今は遠い異世界の出来事のように感じられる。


(……これで、いいんだ。オレが光り輝く『正解』でい続ける限り、息子はオレという巨大な壁に押し潰される。オレが堕ちることでしか、あいつの未来は拓けない……)


そう自分に言い聞かせ、意識を闇に沈めようとしたその時だった。 閉ざされた視界の裏側に、ありえないはずの光が溢れ出す。それは温かな救いの光ではない。冷徹で、完璧で、すべてを管理下に置こうとする「支配者」の色彩だ。


「……また、逃げるのか。レオン」


その声は、自分自身のものだった。だが、今の掠れた弱々しい声ではない。かつて神の如き権能を振るい、世界を「収納」し、因果をねじ伏せた全盛期の、傲慢なまでに力強い響き。


目を開けると、そこは地下の汚濁にまみれた部屋ではなかった。 白銀の光が横溢する、因果の根源領域。その中央にある「永劫記録」の王座に、かつての自分――「最強の支配者」としてのレオンが座していた。その膝の上には、虚像として形作られたエリナが、人形のような虚ろな微笑を浮かべて寄り添っている。


「第81話で力を捨て、最弱を演じる。それがお前の選んだ『安息』か? 噴飯ものだな」 玉座のレオンが冷笑する。 「お前が弱くなれば、世界はバランスを失う。お前が支えるのをやめた重みは、すべてお前の愛する息子へとのしかかるのだ。見てみろ、お前の『無能』が、どれほど多くの悲劇を未来に積層させているかを」


王座の背後に、無数の「不渡り」となった因果が映し出される。レオンが救うことを放棄したことで、本来なら助かるはずだった命が消え、幸福な分岐が黒く塗りつぶされていく。その絶望のエネルギーを糧に、未来の息子は、父を守るための「怪物」へと育っていく。


虚像のエリナが、レオンに向かって優しく、しかし死の誘惑のように手を伸ばす。 「レオン様、戻ってきて。この《永劫記録》を再び手に取れば、あなたは一瞬で世界を書き換えられる。誰一人泣かなくて済む、完璧な支配を、もう一度……」


レオンの右腕が、封印を突き破ろうとして激しく脈打つ。かつての力が、全能感が、甘い蜜のように脳を侵食していく。今この誘惑に屈し、玉座に戻れば、この惨めな無力感からも、息子の破滅の予感からも、一瞬で逃れられる。支配者としての論理が、レオンの内側で「それが最短の解決策だ」と叫んでいた。


しかし、レオンは震える手で、自分の右腕を強く押さえつけた。 歯を食いしばり、血が滲むほどに唇を噛む。


「……断る。……そんなものは、ただの『隔離』だ」 レオンの声は、地下の静寂を切り裂いた。 「オレがかつて選んだ安息は、結局、自分にとって都合のいい『箱庭』だった。愛する者が傷つくのを恐れて、感情を切り離し、確率を100%に固定した……。だが、そんな凍りついた世界の中に、本当の息子は、本当のエリナは、生きていけるのか?」


玉座の支配者が立ち上がる。その存在圧だけで、レオンの肉体はひび割れ、血が噴き出す。 「弱者が何を語る。お前に何が守れる。無能に堕ちた貴様は、ただのゴミの山で死ぬ運命だ」


「ああ、ゴミの山で上等だ」 レオンは、血を吐きながらも顔を上げた。その瞳には、支配者だった頃には失われていた、鋭い「人間」の光が宿っていた。 「最強の王として君臨することより、泥を啜りながらあいつの隣で足掻く方が、よっぽど親父らしい。支配という名の誘惑に負けて、また物語を書き換えるなんて……そんな安っぽい真似はもうしねえ!」


その瞬間、玉座の支配者が、そして虚像のエリナが、ガラスが砕けるような音を立てて崩壊し始めた。 彼らは、レオンの内側に残っていた「支配への未練」と「傷つくことへの恐怖」が実体化した影に過ぎなかったのだ。レオンが自らの「弱さ」と「不確実な未来」を明確に肯定したことで、支配者としてのことわりは存在理由を失った。


白銀の世界が消え、レオンの意識は再び地下の冷たい床へと戻る。 身体は重く、魔力は枯渇したままだ。しかし、その胸には、第81話で封印した時とは異なる、硬く静かな決意が根付いていた。


「……エリナ、見ていてくれ。オレは最強の英雄としては死んだ。だが、ただの男として、あいつの絶望を食い破りに行く」


レオンは、震える手で壁を伝え、立ち上がった。 この先に待つのは、息子が積み上げた「黄金の偽史」であり、観測者たちの嗜虐的な視線だ。 だが、支配という名の盾を捨てた今のレオンには、かつての自分には決して見えなかった「因果の綻び」が、暗闇の中に鮮明に浮き上がって見えていた。


最強という名の呪縛を振り払い、レオンは一歩、泥の中へと踏み出した。

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