因果封印 ―― 最強の王が「無能」へと堕ち、愛する者に蔑まれるための儀式
王都郊外の森は、死んだように静まり返っていた。 かつては鳥の囀りが聞こえたはずの場所だが、今のレオンには、己の中途半端な慈悲が奪った「誰かの未来」……その血の匂いと泥の冷たさしか感じられない。
第80話で世界外縁という「余白」へ追いやられたことで、オレは理解した。オレという存在が持つ魔力、そして《収納》という権能が大きくなりすぎたせいで、世界そのものがオレという重力に耐えきれず、ひび割れ始めているのだと。
(……救えば救うほど、世界は歪んでいく。オレが『正解』である限り、因果はオレの都合に合わせて書き換えられ、そのシワ寄せが未来の息子へと向かっていく)
レオンは己の右腕を見つめる。第69話で、物語の分岐点となる理を強引に《収納》し、神に近い力を手に入れた腕。だが、その強すぎる光こそが、息子を「父の安息だけを至高とする怪物」に変える元凶となっていた。
古びた庵の前に立ち、レオンはかつて「役立たず」と追放された最弱の弟子だった頃の自分をなぞるように、泥に塗れた膝を地面に突いた。戸を叩く前から、庵の中からは因果の糸が軋むような、不快な高音が響いている。
「入れ、レオン。……いや、物語の整合性を食い荒らす『特異点』よ」
師の声は、かつての温情を完全に失っていた。庵の中は、過去・現在・未来の記述が幾重にも重なり合い、物理的な質量を伴って渦巻く異空間と化している。レオンは一歩踏み出すたび、自らの魔力が周囲の記述を勝手に書き換えようとする暴走を感じ、奥歯を噛み締めた。
「……師匠。オレを、最弱にしてくれ。もう二度と、一人では魔法一つ使えない『無能』に戻してくれ」
レオンは額を床に擦りつけた。かつて世界を支配した王の面影など、微塵もない。 「オレが最強である限り、息子はオレという『正解』の檻から逃げられない。オレの正しさが、あいつの憎しみの種になるんだ。……救済なんて名前の暴力は、もうこれっきりでいい」
師は沈黙の後、静かに印を結んだ。 「理解しているな、レオン。力を封じれば、お前はただの獲物だ。お前を英雄として崇めた民からも、再び『無能』として石を投げられることになる。第84話で命を賭して未来を託したエリナの犠牲も、すべては『無力なお前の判断ミス』として歴史に刻まれるだろう」
「……ああ。それが、オレが救おうとして壊してきたものたちへの、せめてもの贖罪だ」
絶叫に近い魔力の流出がレオンを襲う。心臓を抉るように、力の核が引き剥がされていく。視界から万物の理を見透かす「神の眼」が消え、世界は再び混沌とした、ただの冷たい風景へと戻っていった。
(……ああ、身体が重い。魔法が届かない。……なんて、素晴らしい無力感だ)
庵を出たレオンは、震える足で一歩を踏み出す。もはや世界を救う英雄の輝きはない。ただ、誰にも知られぬ罪を背負い、泥の中を這ってでも「自分ではない誰かの未来」を信じようとする、一人の無力な父親の姿がそこにあった。




