世界外縁 ――踏み出したのではない、離されただけだ
最初に失われたのは、
距離感だった。
一歩、踏み出したつもりが、
足元が――なかった。
落ちる感覚もない。
浮く感覚もない。
基準そのものが、消えている。
レオンは、
無意識に《収納》へ意識を向ける。
――応答はある。
だが、
位置を示さない。
(……世界が、
俺の居場所を持っていない)
視界が、
ゆっくりと反転する。
上下の概念が曖昧になり、
色が意味を失い始める。
(ここが……
世界外縁)
79話で選ばされた選択。
拒否権は、
なかった。
世界に残るか、
完全に切り離されるか。
その中間として、
**“外縁”**が用意された。
だが、
安全地帯ではない。
むしろ――
未処理領域だ。
足元に、
断片が浮かぶ。
見覚えのある村。
崩れた井戸。
空に走る亀裂。
過去の出来事ではない。
世界側に残された、未整理のログ。
(……俺が関わった場所だ)
触れようとすると、
指先がすり抜ける。
存在はするが、
アクセス権がない。
その時、
背後から“圧”がかかった。
観測者。
ここでは、
距離がない。
声が、
直接、思考に響く。
「移行処理を開始」
「安定まで、
個体の自由行動は推奨されない」
(……つまり、
何もするな、か)
皮肉が浮かぶ。
だが、
反論する気は起きなかった。
(今の俺が動けば、
全部がズレる)
《収納》が、
微かに警告を発している。
ここで無理に使えば、
世界外縁そのものを破壊しかねない。
(……なるほどな)
世界外縁とは、
“上位世界”ではない。
世界が、
自分自身を保つために
一時的に切り出した余白だ。
時間が、
妙な進み方をする。
長いのか、
短いのか、
判断できない。
その間に、
断片が増えていく。
見覚えのある人々。
救った者。
救えなかった可能性。
それらが、
世界から半分だけ切り取られた状態で
漂っている。
(……俺は、
まだ世界に影響してる)
完全分離ではない。
だが、
直接関与もできない。
一番、厄介な状態。
「観測を継続」
観測者の声が、
遠くなる。
「次の判断は、
個体側に委ねられる」
(……丸投げか)
苦笑が漏れそうになる。
だが、
笑えなかった。
次の判断。
それは、
戻るか、
さらに外へ行くか。
どちらも、
安全ではない。
(……選ばされ続ける、ってわけか)
レオンは、
断片の中に手を伸ばす。
今回は、
触れなかった。
ただ、
見た。
世界は、
まだ回っている。
歪みを抱えながらも、
壊れてはいない。
それだけで、
少しだけ息ができた。
《収納》の奥で、
新しい項目が静かに表示される。
《状態:
世界外縁移行中
帰還:未確定》
(……未確定、か)
遠くで、
何かが書き換わる気配がした。
世界の“内側”だ。
(俺がいないまま、
世界は選択を続けてる)
その事実が、
重くのしかかる。
レオンは、
何もない空間に立ったまま、
深く息を吸った。
「……さて」
呟きは、
どこにも届かない。
だが、
決意だけは残った。
(ここで、
世界を見失うわけにはいかない)
踏み出す先は、
足場のない場所。
だが、
止まることもできない。
――世界外縁での、
孤独な選択が始まった。




