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臨界 ――世界が、個人を手放そうとした日

静かすぎた。


風は吹いている。

雲も流れている。

草も、確かに揺れている。


それなのに――

世界が音を立てていない。


レオンは、丘の上で立ち止まった。


(……来たな)


理由は、分からない。

だが、確信だけはあった。


これは境界震動ではない。

未来影でもない。

観測者の直接介入でもない。


“切り離し”だ。


《収納》に、触れようとする。


――反応が、遅い。


これまで、

世界のどんな層にいても

最低限の応答は返ってきた力が、

今は――迷っている。


(……俺が、処理対象になり始めてる)


空が、わずかに歪んだ。


裂け目ではない。

歪みですらない。


焦点が合わなくなっている。


遠くに見える村が、

一瞬だけ――

“別の配置”を取った。


同じ家。

同じ道。


だが、

レオンの立ち位置だけが存在しない。


(……世界から、

 俺の座標が消えかけてる)


息を吸うと、

肺に入る空気が、

半拍遅れて温度を持った。


身体は、まだここにある。

だが、

世界側の認識が追いついていない。


その時、

背後に“気配”が生まれた。


振り向く必要はなかった。

分かっていた。


観測者。


姿は、相変わらず見えない。

だが今回は、

距離が異様に近い。


「臨界点を確認」


声は、いつも通り簡潔だった。


「個体:レオン

 世界整合率、低下」


(……ついに、数値化されたか)


「排除、か?」


問いは、

挑発ではない。


観測者は、即答しなかった。


「排除ではない」


「分離だ」


言葉の意味が、

ゆっくりと沈み込んでくる。


(分離……

 世界から、俺を切り出す)


「理由は?」


「累積干渉量が、

 個体としての許容量を超過した」


淡々とした宣告。


怒りも、敵意もない。

ただ、

処理として正しいというだけ。


《収納》が、

微かに震えた。


(……お前も、

 俺側か、世界側か

 分からなくなってるな)


その瞬間、

視界が反転した。


――レオンが、存在しない世界。


村は、ある。

街も、ある。

人々も、生きている。


だが、

境界震動は止まっていない。


むしろ――

少しずつ、悪化している。


(……俺が消えても、

 世界は安定しない)


理解した。


俺は原因ではあるが、

代替可能な部品ではない。


「……分離しても、

 問題は解決しない」


観測者は、

その映像を否定しなかった。


「確認済み」


「だが、

 個体を残すことで

 悪化する可能性も存在する」


天秤。


世界は、

まだ決めていない。


その時、

《収納》が――

今までにない反応を示した。


収納しようとしない。

保持もしない。


“返そう”としている。


(……まさか)


理解が、背筋を冷やす。


《収納》は、

世界由来の力だ。


もし、それが――

世界へ戻されれば。


(俺は、

 本当に“ただの人間”になる)


「選択を要求する」


観測者が告げた。


「分離を受け入れるか」


「それとも――

 世界外縁へ移行するか」


世界外縁。


それは、

帰還が保証されない領域。


だが、

完全な分離でもない。


(……逃げ道じゃない)


レオンは、

深く息を吸った。


ここまで来て、

英雄ぶる気はない。


世界を救う、

などという言葉も

もう使えない。


だが――


「分離は、受け入れない」


静かな声で、

そう告げる。


観測者は、

一瞬だけ沈黙した。


「理由」


「分離したら、

 俺は“責任”から解放される」


「それだけは、

 選べない」


世界が、

わずかに軋んだ。


空気が、

音を取り戻す。


風が、

確かに吹いた。


観測者の気配が、

一歩だけ引く。


「……記録」


「個体は、

 世界外縁移行を選択」


宣告。


だが、

それは処刑ではない。


猶予だった。


《収納》が、

ゆっくりと安定する。


完全ではない。

だが、

まだ――レオンの中にある。


(……時間は、

 もう残ってないな)


丘の向こうで、

夕日が沈み始めていた。


世界は、

まだ壊れていない。


だが、

世界が“人間を中心に回る段階”は

 終わりかけている。


レオンは、

歩き出す。


この先にあるのは、

勝利でも、敗北でもない。


――選ばされた答えに、

 どう向き合うかという問題だけだ。

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