裏側の記録者:監査の眼差しと、富を喰らうバグの正体
王都の地下に伸びる静かな回廊は、灯りもないのに淡く光っていた。
積み重なった古い物語の記述が、まるで呼吸するように脈動している。
そこに立つのは、監査役のミシェル。
彼女は浮かぶ数値の帯をじっと見つめていた。
世界中の富の流れを記述した精密なモデル。
その一部に、一定周期で“欠損”が発生している。
(……自然な減少じゃない。
誰かが意図的に富を抜き取っている……物語の推進力に変換するために。)
欠損が生じた瞬間、遠い大陸で原因不明の経済崩壊が起きていた。
苦しむ人々の裏側で、世界の根に潜む乱れは確実に広がっている。
同僚たちは、過去に“その男”が経済の記述を支配した影響だと片付けたが、
ミシェルの目には、その乱れはまったく別の軌跡を描いていた。
(あの男の癖じゃない……。
これは別の記録者の手技。
しかも、富を物語の燃料に変換するような――危険なタイプ。)
富を奪い、物語を動かす燃料にしてしまう記録者。
世界全体に混乱をまき散らす禁忌に近い記述操作。
そんな手段を平然と使える者は限られている。
ミシェルは異常が生まれた根源を探るため、過去の記述へ指を伸ばす。
すると、数値の端で黒い“欠片”が跳ねた。
瞬間、遠くの記述監視所でアランの一行が動き始めていた。
物語の秩序を取り戻すため、“その男”の価値観を否定し、
世界の安定だけを求める新たな集団――極端な秩序派。
彼らは新たな座標へ向かいながら、こう信じていた。
(私たちは真の英雄だ。
“その男”の価値観こそが間違いだ。)
一方、見えない高みから“影の記録者”がその光景を眺め、興味深げに記述を刻む。
(物語を終わらせようとした者が、
物語を継続させる者たちに追われる……
これは、究極の熱狂だ。)
影の声は乾いていたが、どこか嬉しそうでもあった。
ミシェルは眉をひそめ、数値の欠片を慎重に拾い上げた。
欠損が広がれば、世界の富の基盤そのものが崩れる。
それは記述の整合性を保つ彼女にとって、決して見過ごせない異常だ。
(……これは、ただの乱れじゃない。
明確な“意図”がある。
この裏にいる記録者を突き止めなきゃ――世界が破綻する。)
王都地下の光がひときわ強く脈打つ。
富の欠損と記述の歪みは、確かにどこかへ繋がっている。
ミシェルは足元に現れた微かな光の道を見つめた。
その先にいるのは――
富を喰い、物語を食らう“もう一人の記録者”。
彼女は迷わず歩き出した。
闇と光の境界をたどりながら、
世界の裏側で蠢く“バグの正体”を暴くために。




