裏側の記録者:追放された日の、冷徹なる計算と観衆の眼差し
王都の北に広がる古い断崖の上で、レオンはひとり風を受けていた。
魔王との最終戦からずいぶん時間が経った。それでも胸の奥には解けない疑問が残っている。
――なぜ、あの日、自分は追放されたのか。
理由は表向きのものなら分かっている。
「無能」「役立たず」「戦力にならない」。
いつだって、ただの言葉の羅列だった。
しかし最近になって、その裏に“もう一枚の層”があったことを示す痕跡が見え隠れするようになった。
嫌な予感がした。
だからこそ、レオンはこの崖に来た。
かつて王都と辺境をつなぐ“古道の源流”と呼ばれ、真実が眠る場所だと伝えられている。
風の音がわずかに変わる。
振り返ると、ローブ姿の男が立っていた。
師匠――かつて、レオンが騎士団にいた頃、唯一まともに剣の握り方を教えてくれた人物だ。
「来ると思っていた。」
「……俺の追放について、知っていることを話す気になったのか?」
師匠はしばらく口を閉ざしていた。
風が吹き抜け、ローブが揺れる。
やがて重い声が落ちた。
「レオン、お前は“嫉妬”で追放されたんじゃない。
だが、正しい理由も……誰一人として知らなかった。」
「どういう意味だ?」
「理由は“隠された”。
意図的に、追放の場にいた者たちの“記憶”ごと。」
レオンは息を呑んだ。
だが師匠は続けた。
「犯人は人ではない。
王国の誰かでも、魔王軍でもない。」
(じゃあ誰だ?)
「……“王都に宿る守護の理”だ。」
レオンは言葉を失った。
師匠は視線を崖の下へ向けたまま語り始めた。
「この国には、古い契約がある。
王都を守るために、都市の中心に“理の核”を置いた。
それは災厄を避けるため、未来の危険因子を無意識に排除しようとする。」
胸がざわめく。
「まさか……俺が“危険因子”と判断された、ってことか?」
「そうだ。
お前の《収納》は、あまりにも世界の理と相性が良すぎた。
創世の力に近づきすぎていた。
王都は本能的に恐れた。
だから、“排除”が発動した。」
レオンの拳が震えた。
「じゃあ……俺を追放した人間たちは……」
「彼らは理由を知らない。
だが排除の理に触れた者は、心に“都合の良い言葉”を勝手に埋め込まれる。
『役立たず』『無能』『邪魔』……そんな言葉だ。
それが彼らの本心ではなかったとしても、だ。」
胸が痛んだ。
かつて自分を罵った者たちの顔が脳裏を過る。
あの時、レオンはただの“的”だった。
しかし、その感情の一部は――他者の意思ではなく、国そのものの“理”だった。
「……記憶も改ざんされた、ということか?」
「完全ではない。
だが曖昧にされ、後付けの言葉で塗りつぶされた。
誰も本当の理由を知らなかったのは、そのせいだ。」
レオンはしばらく黙った。
それは、怒りとも哀しみともつかない感情だった。
追放の原因が、誰の意図でもなく“世界の防衛反応”だったとしたら――彼を憎んだ人々は何を責めればよかったのか。
ひとつだけ確かなのは、自分が背負ってきた孤独と屈辱は、本来の姿を歪められたものだったということ。
師匠はレオンの肩に手を置いた。
「世界の理が恐れたほど、お前は“大きな力を持つ可能性”だった。
だから排除された。
だが、今はもう違う。
理は崩れ始め、世界はお前に頼ろうとしている。」
レオンはゆっくりと空を見上げた。
雲が切れ、光が差す。
「……追放された理由が何であれ、
俺の生き方は俺が決める。
あの日の痛みも、全部含めて。」
師匠はわずかに笑った。
「それでいい。
追放された者こそ、未来を創る魂を持つ。」
レオンは深く息を吸った。
過去は変わらない。
だが、その解釈は更新できる。
歪められた真相を手放した瞬間、胸の重石がひとつ外れた。
崖の下から、微かな光が舞い上がった。
新しい風が吹く。
レオンは歩き出した。
追放された日を思い返しながら、それでも前に進もうとする確かな足取りで。




