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最良の絶望 ―― 英雄が犯した、救済という名の罪

深層を抜け、一時的に「世界の理」を直接掴む力を手に入れたオレは、かつて追放されたあの日を嘲笑うかのような、あまりに長閑な村にいた。 手にしたのは、あらゆる事象を最適化し、因果をねじ伏せる「神の指先」。 だが、その力こそが、オレという存在を「世界という器を壊しかねない巨大な重力」へと変貌させていた。


そんなオレの前に、あまりに些細な、だが平穏な日常を壊す「毒」が現れる。 村を襲う盗賊。かつてのオレなら、無造作に剣を一閃し、塵一つ残さず殲滅して終わらせていただろう。 だが、今のオレが全力を出せば、その魔力の余波だけで村全体の因果律が弾け飛び、村人が「最初から存在しなかったこと」になりかねない。


オレは慎重に、まるで薄氷を撫でるような手つきで、極限まで出力を抑えた「手加減」を行った。 盗賊たちの武器だけを正確に破壊し、精神に恐怖を刻み込んで追い払う。死者はゼロ。誰も損なわない。それが「最強の英雄」として、最も正しい配慮だと信じていた。


(……これでいい。村は守られた。理は守られた。オレは、誰も殺さずに済んだ)


だが、その「善意の調整」こそが、世界の構造そのものを嘲笑う致命的なバグを誘発した。


オレが賊に与えた「死への恐怖」という情報干渉。最強のオレが放ったそれは、弱者である盗賊の精神にとっては、処理不可能な容量の「狂気」として定着してしまったのだ。 パニックに陥り、脳が焼き切れた盗賊の一人が、逃走経路の先――村外れの井戸で水を汲んでいた少年に、痙攣する手で短剣を振り下ろした。


「……あ、」


少年の、羽虫が潰れたような小さな声。 オレが駆けつけた時、地面は少年の小さな身体から溢れた鮮血で黒く濡れていた。 「待て! すぐに治す、動くな!」


オレは即座に右腕をかざし、最高位の治癒記述を走らせる。傷自体は浅い。本来のレオンなら、数秒で跡形もなく消し去り、少年の笑顔を取り戻せるはずだった。


だが、治らない。 傷口から溢れる血が、オレの魔力を拒絶するように激しく泡立つ。 オレが盗賊に与えた恐怖という「因果の重圧」が、盗賊を媒介し、少年の肉体に『消えない呪い』として転写されてしまったのだ。最強のオレが加えた干渉は、あまりに密度が濃すぎて、弱者の現実リアリティを内側から食い破っていた。


命は助かった。だが、少年の足は二度と動かなくなった。 母親は涙を流してオレの手を握り、「生きていてくれるだけで、本当に……」と繰り返す。その感謝の言葉が、どんな呪詛よりも深くオレの魂を汚していく。


(生きてる“だけ”? 畑を走り回るはずだったこの子の輝かしい未来を、オレが……オレの『中途半端な慈悲』が、永遠に奪ったんだぞ!)


もし、オレが最初から冷酷な「管理者」として、賊を即座に消滅させていれば。 あるいは、オレが最初から、誰にも期待されない「無能」のままであれば。 オレが「正しい人間」であろうとした独善的な配慮が、一人の少年の人生を、取り返しのつかない形で歪めてしまった。


「……クソったれが」


夕闇の中、オレは震える自分の右腕を見つめた。 救えば救うほど、世界にはオレという「正解」のシワ寄せが、弱者の絶望となって蓄積していく。 最強であることは、すべてを救えることと同義ではない。むしろ、その一振りが生む「揺り返し」に、ただの男として耐え続けなければならない地獄だ。


村を去るオレの背中に、少年の無垢な、そして何も理解していない視線が刺さる。 「英雄」と呼ばれながらも、レオンの心は、追放されたあの日よりも深く、暗い淵へと沈んでいった。


この絶望が、第81話の決断――「オレを、最弱にしてくれ」という、悲痛な願いへと繋がっていくことになる。

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