名もない者たちの、最初の取り決め
「……止まれ」
レオンは、
低く言った。
影の人――
かつて“名前”を持っていた存在が、
足を止める。
「……気配が、
三つ」
空間が、
歪む。
“鳴き声”ではない。
干渉音。
「……来るな」
影の人が、
掠れた声で呟く。
「……ここは、
境目だ」
「境目?」
「外側にも……
“内と外”が、ある」
説明している暇は、
ない。
出現。
形を保てない存在が、
三体。
(……数が増えた)
剣を構える。
だが――
今のレオンは知っている。
正面から倒す場所じゃない。
「……引く」
「崩さず、
流す」
影の人は、
一瞬だけ驚いたように止まり――
すぐに頷く。
逃げる。
いや――
“滑る”。
空間の歪みを利用し、
干渉をずらす。
一体が、
裂ける。
だが――
倒れない。
「……倒せないのか?」
「違う」
レオンは、
息を整えながら言う。
「倒す意味が、
まだない」
逃走の果て。
空間が、
急に“安定”する。
「……ここは」
「……溜まり場だ」
影の人が、
小さく言った。
そこには――
人が、いた。
五人。
いや――
五つの“未完了な存在”。
「……また、新顔か」
一人が、
乾いた声で言う。
「評価、
持ってるか?」
「……もう、ない」
レオンは、
正直に答えた。
空気が、
一瞬、張り詰める。
「……なら、
話は早い」
「ここでは――」
「誰も、
信用しない」
宣言だった。
即席の焚き火。
火ではない。
存在密度を
寄せ集めた“目印”。
「ルールは、
三つだけだ」
最初に声をかけてきた男が言う。
「一、
助けるかどうかは
その場で決める」
「二、
命の価値は
平等じゃない」
「三、
評価を持ち込んだら、
即追放」
レオンは、
静かに聞いていた。
「……理由は?」
「評価は――」
男は、
一瞬だけ目を伏せる。
「ここを壊す」
「……壊す?」
「序列を作る」
「期待を生む」
「失敗を、
許さなくなる」
「それは……
内側と同じだ」
レオンは、
小さく息を吐いた。
「……同意する」
一人が、
怪訝そうに見る。
「……お前、
誰だ」
「……レオンだ」
沈黙。
「……聞いたことが、
ある」
別の女が、
低く言う。
「……世界から
追い出された奴だろ」
「……そうだ」
再び、
沈黙。
そして――
誰かが、笑った。
「……最悪だな」
「だから――」
「信用できる」
レオンは、
目を見開く。
「……?」
「世界に捨てられたってことは」
「世界の嘘を、
一度は
本気で信じたってことだ」
焚き火の前で、
全員が座る。
不完全な輪。
「……役割を決める」
男が、
言った。
「ここでは、
強さより――」
「生き延びる癖が、
価値になる」
レオンは、
口を開く。
「……俺は」
一瞬、
言葉を探す。
「……判断役を、
やる」
誰も、
反対しなかった。
《収納》が、
微かに反応する。
《取得》
《非公式集団形成》
《役割:
意思決定補助》
《評価:不要》
レオンは、
ゆっくりと息を吐いた。
(……世界がなくても)
(評価がなくても)
(人は……
集まるんだな)
遠く。
歪みの向こうで、
“何か”が観測する。
《未定義秩序:発生》
《観測外領域:拡張》
「……増え始めたか」
誰かが、
呟く。
焚き火のようなものが、
揺れる。
名もない者たちは、
ここで初めて
「留まる理由」を得た。
それは、
希望ではない。
ただの――
生存戦略だ。
だが。
物語は、
そこから必ず
増殖する。




