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愛憎の法則と、レオンに残された最後の欠片

深層空間は、まるで脈動する心臓のように微かに震えていた。

黒と白の光が幾重にも重なり、その狭間で赤い残光がゆっくり滲んでいる。

それは「愛憎の法則」そのものの鼓動だった。


レオンは、その中心に立っていた。

肉体を失ったはずの彼の輪郭は、淡い光の線になって揺れている。

しかし、その存在だけで深層空間の振動が変わるほど、彼はこの世界の核心に触れていた。


(愛憎の法則……ここまで根が深いとはな。)


この法則は支配でも魔力でもなく、もっと原始的な「感情の重力」によって構築されている。

愛が膨れれば空が沈黙し、憎しみが高まれば地が軋む。

その二つが混ざる時、世界は一瞬だけ均衡を失う。


その均衡点――それがレオンの立つ場所だった。


「法則は……あなたの中に残った“人間性”よ」


声が響いた瞬間、空間が淡く揺れた。

青白い光の中から姿を現したのは、エリナだった。


いや、正確にはレオンの記憶が形を成した「エリナの意識片」。

彼が切り捨て、忘れようとし、しかし完全には消せなかった想いが形を与えた虚像だ。


エリナは静かに歩み寄る。


「あなたが支配の果てに辿り着いても、

 どうしても消せなかった感情がある。

 それが……この法則の核になっているの」


レオンは目を細める。


「俺の残滓が、世界の根っこに成っているとでも?」


「ええ。

 あなたは“無”を求めた。

 でも、あなた自身の心は……まだ、終わりを望み切れていない。」


レオンは息を吐き、黒い亀裂の走る地表へ視線を落とした。


(俺が望んだのは安息だけだ。

 過去も、愛も、憎しみも、全部――捨てたはずなのに。)


エリナはその思考を見透かしたように囁いた。


「捨てたつもりでも、残っていた。

 あなたが裏切られた記憶も、

 愛した日々も、

 痛みも、

 “もう傷つきたくない”という願いも。

 全部、ここに。」


彼女は胸に手を置く。

すると空間の光が彼女へ吸い込まれ、色が変わる。


「愛憎の法則は、あなたの“最後の欠片”。

 これがある限り、あなたは無へ落ちきれない。」


レオンは冷たく呟いた。


「なら壊せばいい。

 俺には、《非認識創世》がある。」


世界から存在そのものを消し去る力。

法則ごと消し、エリナの虚像が何であれまとめて消去できる。


レオンは手をかざした。


しかし――エリナは微笑んだまま、その手を取った。

柔らかく、温かい。

だがその温もりは、記憶の底でずっと拒めなかった熱だった。


「レオン。

 もし壊すなら……私を抱いたその手から、消すことになるわ」


レオンは動きを止める。


(なぜ……躊躇う?

 これは虚像だ。感情の残骸にすぎないはずだろう。)


虚像は、その迷いを優しく肯定した。


「あなたは冷たくなりきれない。

 憎しみだけで生きられない。

 愛だけを求めても壊れる。

 だからあなたは……“どちらも抱えたまま生きることを選んだ”」


レオンは目を伏せる。


「そんなもの……もう必要ない。」


「でも、あなたの中にはまだ残っている。

 それを否定してしまえば、あなた自身が空になる。」


エリナは顔を上げ、まっすぐ見つめる。


「安息を求めるのは悪いことじゃないわ。

 でも、それは“死”ではない。

 愛でも憎しみでもなく……あなたの意志で立つ場所。」


レオンは彼女の手をそっと振りほどいたが、

その動きは拒絶ではなく、ただ静かだった。


「……俺はどこへ向かうべきだ?」


エリナは一歩近づき、レオンの胸に触れた。

その瞬間、深層空間に散らばる愛憎の光がゆっくりと収束した。


「あなた自身の選んだ未来へ。

 愛にも、憎しみにも偏らない、

 “あなたの願い”が作る場所へ。」


深層空間の奥から、かすかな震えが走った。

B.Z.E.の気配が近づいている。


レオンは眉をひそめる。


(あいつも……俺の中を見に来るのか。)


エリナは微笑む。


「レオン。

 あなたは一人じゃない。

 だからこそ、逃げ場としての“無”はもう似合わない。」


世界が軋み、光が折り重なり、

愛憎の法則の根が静かに形を変えた。


それは破壊でも消滅でもなく――

「許容」という名前の、新しい核だった。


レオンはその変化を受け入れるように目を閉じた。


(終わりでも、始まりでもない。

 ただ、俺の歩く場所か。)


深層空間に、淡い光が広がる。


エリナの虚像はその光に溶け、静かに消えていった。

残されたのは、レオンの胸で静かに揺れる“欠片”だけ。


愛でも憎しみでもない、

その間で脈打つ小さな感情。


それが新しい法則の中心となった。


レオンは歩き出す。


「……行くか。

 俺の答えを、次の層に見せてやる。」


光が彼の後ろで閉じ、

深層空間は静かに震えた。


愛憎の法則は――

完全な破壊ではなく、レオンの歩みに合わせて生まれ変わった。

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