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英雄の葬列 ―― 数値化された命と、沈黙する収納

王都に凱旋したレオンを待っていたのは、吐き気を催すほどの熱烈な称賛と、徹底的に「脱臭・加工」された美しい戦果報告書だった。


王城の会議室は、まばゆいシャンデリアの光と、高級な香油の香りに満ちていた。だが、レオンにとってその場所は、魂を削り取るための冷たい解体現場にしか見えなかった。 大理石の円卓を囲む貴族や役人たちは、手元の資料に並ぶ「数字」にのみ陶酔し、その数字の裏に流れた血の匂いには、これっぽっちも興味を示さない。


「被害は最小限。死者は僅か一名。辺境の魔獣災害としては、歴史的な勝利ですな。実に素晴らしい、誤差の範囲内だ」


年配の貴族が、柔和な笑みを浮かべて紅茶を啜る。レオンはその「誤差」という響きに、脳髄が沸騰するような怒りを覚えた。 あの少女が最後に絞り出した「ありがとう」という震える声も、レオンの指先を濡らした生暖かい血の感触も、この華やかな空間では、ただの「0.1%の損失統計」として冷徹に、そして効率的に処理されていく。


「英雄レオン殿、一人の脱落にいつまでも拘泥するのは、英雄としての『器』が足りない証拠ですよ。我々は、救われた数千人の民の喜びをこそ語るべきだ。それが統治というものです」


「左様。一人の犠牲を悔やんで立ち止まるのは、救われた者たちへの冒涜であり、貴公にかけられた期待を裏切る行為だ」


次々と浴びせられる、善意と正論の形をした暴力。 レオンは、眼前の人間たちが自分をどう見ているかを、寒気がするほど明確に理解した。彼らが欲しているのは、血の通った「人間」としてのレオンではない。世界が正常であり、自分たちの幸福が担保されていると証明するための、磨き上げられた「英雄という名のアイコン(偶像)」なのだ。


(オレは……英雄じゃない。オレは、システムが吐き出した『矛盾』を隠蔽し、世界の帳尻を合わせるための掃除屋に過ぎない)


レオンは《収納》の奥深くに、自身の意識を沈めた。 そこには、これまで彼が救い落とし、システムによって「いなかったこと」にされた者たちの、名もなき怨嗟と痛みが、黒いおりとなって無限に降り積もっている。 「最強」に辿り着けば、いつかすべての人を救い、誰も泣かない世界を作れると信じていた。だが、現実はその残酷な裏返しだった。


レオンが「最強」として干渉すればするほど、世界の因果は悲鳴を上げ、その反動として「世界の意思」は、別の場所で誰かの平穏を確実に、そして無慈悲に奪い去る。 彼が歩む、花びらに彩られた栄光の道の裏側には、彼が「最強」であるがゆえに踏み潰さざるを得なかった、無数の無辜むこなる民の死体が、見上げるほどの高さに積み上がっていたのだ。


「……英雄候補の認定も、多額の報奨も。すべて、今のオレには分不相応だ。考えさせてください」


称賛の拍手と、積み上げられた金貨の山を背に、レオンは独り、冬の寒風が吹き抜ける城を去った。 空を見上げる。王都の青空はどこまでも高く、無慈悲なほどに澄み渡っていた。だが、その透明な大気の層の向こう側で、**第44話の『因果の守護者』**が、もはや世界の整合性を乱す「致命的な毒」となったレオンを排除するためのカウントダウンを、音もなく開始しているのを、彼はまだ知る由もなかった。

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