婚約破棄した令嬢が気づいた時、もう遅かった
王都・冒険者ギルド。
昼下がりのホールは、いつもより騒がしかった。
「聞いた?
辺境の森で、正体不明の強者が出たって」
「ソロでグレイウルフを一撃だぞ?
ありえねぇ……」
「名前は?
どこのパーティ?」
「それが……名乗らないらしい」
噂話が、雪だるま式に膨らんでいく。
その輪の外で、
ミリアは、手にした書類を取り落としそうになった。
「……辺境?」
胸が、嫌な音を立てる。
(まさか……)
そんなはずはない。
彼は――
最弱スキル《収納》持ち。
荷物持ちで、才能もなく、将来性もない男。
自分が、そう“判断した”相手だ。
(偶然よ……
同じ場所なだけ)
そう言い聞かせるが、
胸のざわつきは止まらない。
その日の夕方。
ミリアは、
知り合いの冒険者を捕まえて問いただした。
「その……辺境の冒険者って、
特徴は?」
男は、少し考えて答える。
「若い男だ。
剣は古いが、動きは異常に洗練されてる」
「スキルは?」
「不明。
ただ――」
男は、声を潜めた。
「戦ってる最中、
世界が一瞬、静かになるらしい」
その言葉を聞いた瞬間。
ミリアの脳裏に、
一人の少年の姿が浮かんだ。
追放の夜。
何も言い返さず、
ただ静かに背を向けた――
「……レオン」
声が、震える。
数日後。
ミリアは、
護衛付きで辺境の街を訪れていた。
「噂の冒険者に会いたい」
半ば、確信していた。
そして――
宿の食堂で、
彼を見つけた。
「……レオン?」
声をかけた瞬間、
彼が振り返る。
見慣れた顔。
だが――
明らかに、違った。
雰囲気が、落ち着きすぎている。
視線が、揺れない。
王都で見下していた頃の彼とは、
まるで別人だった。
「……久しぶりだな」
レオンは、淡々とそう言った。
怒りも、恨みもない。
それが、
何よりもミリアを追い詰めた。
「どうして……?」
思わず、口をついて出る。
「どうして、あなたが……
そんな……」
言葉が、続かない。
(強い)
(明らかに、私たちより……)
「どうして、って?」
レオンは首をかしげた。
「追放されたから、
一人で生きるしかなかった」
それだけだ。
言い訳もしない。
誇りもしない。
事実を、
ただ述べているだけ。
「……あの時は」
ミリアは、唇を噛みしめた。
「あなたのためを思って……
将来性を考えて……」
「将来性」
レオンは、その言葉を繰り返した。
そして――
小さく笑った。
「確かに、俺にはなかったな。
王都で評価される将来性は」
その一言が、
胸に深く突き刺さる。
「……戻ってきて」
ミリアは、気づけばそう言っていた。
「あなたなら……
もう一度、やり直せる。
私も……謝るわ」
震える声。
周囲の冒険者たちが、
息を呑んで見ている。
だが――
レオンは、首を横に振った。
「無理だ」
即答だった。
「どうして……!」
ミリアの声が、裏返る。
「私が間違ってたって言ってるのよ!?
あなたは、弱くなかった!」
「違う」
レオンは、静かに言った。
「俺は、あの時も弱かった」
「え……?」
「ただ――」
彼は、まっすぐにミリアを見た。
「弱い人間を切り捨てる世界に、
戻る気がないだけだ」
その言葉で、
すべてが終わった。
《収納》が、微かに反応する。
《外部評価:確定
関係性:不可逆》
ミリアには見えない文字。
だが、
何かが完全に閉じたことだけは、
はっきりと分かった。
レオンは、席を立つ。
「幸せになれ」
それは、
皮肉でも復讐でもない。
本心だった。
だからこそ――
ミリアは、崩れ落ちた。
彼女が失ったのは、
強くなった元婚約者ではない。
“弱くても、隣にいてくれた存在”だった。
気づいた時には、
もう二度と、手は届かない。
レオンは、振り返らなかった。
ざまぁは、
怒鳴ることでも、叩き潰すことでもない。
「必要としない」ことこそが、
最大の報復だ。




