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境界震動 ――世界が、一度だけ大きく軋んだ日

異変は、同時に起きた。


一つの国でも、

一つの街でもない。


世界の、あちこちで。


井戸の水位が、理由もなく上下する。

魔獣が、歩みの途中で静止する。

鳥の群れが、空中で進路を失い、輪を描く。


誰もが最初は、そう思った。


「気のせいだ」

「偶然だ」

「よくあることだ」


――最初は。


レオンが異変を察知したのは、街道の途中だった。


視界が、微かに二重に見える。

地面を踏む感触が、

一拍遅れて、足裏に伝わる。


(……来たか)


これは未来影じゃない。

局所的な歪みでもない。


もっと根の深い――

“揺れ”そのものだ。


《収納》の奥が、ざわついた。


今まで蓄積されてきたログが、

一斉に反応を始める。


保留された旅人。

遅延する世界応答。

創造理への暫定干渉。

世界側の記憶。


それらが、

一つの流れとして束ねられていく。


(……世界が、自分を保てなくなってきている)


遠くで、低い音が鳴った。


雷ではない。

地鳴りでもない。


構造が軋む音だった。


レオンは、無意識に足を止める。


周囲の景色は、正常だ。

道も、木々も、人影もある。


だが――

噛み合っていない。


歩く人と、その影の位置が、

わずかにずれている。


会話の返答が、

一瞬遅れて返ってくる。


世界が、

自分自身の整合性を確認している。


(……俺が、境界になってる)


理解した瞬間、

背中に冷たい汗が流れた。


世界は、

異変を“外”に求めていない。


原因は、

すでに――内側にある。


レオンは、進路を変えた。


向かう先は、

かつて訪れた村。


11話で魔獣が現れ、

12話で余波が残り、

13話で未来影を見た場所。


あの時は、

まだ“兆候”だった。


(……震源に近い)


村は、表向きは無事だった。


人々は歩き、

子供は走り、

商人は声を張り上げている。


だが――

違和感が、はっきりとある。


誰もが、

少しずつ違う世界を見ている。


同じ井戸を見ているのに、

水位の認識が一致しない。


同じ鐘の音を聞いているのに、

鳴った瞬間が揃わない。


世界が、

一つの答えを出せずにいる。


(……限界だな)


その瞬間。


空が、軋んだ。


見えない線が走り、

世界の“境目”が、一度だけ露わになる。


誰かが悲鳴を上げた。

だが、それが誰の声だったのか、

もう分からない。


レオンの視界が、反転する。


一瞬だけ――

世界が“配置を変えた”。


建物は同じ。

人も同じ。


だが――

レオンの立っている座標だけが、存在しない。


(……切り離し、かけてる)


世界が、

俺を“処理対象”として扱い始めている。


完全な排除ではない。

だが、

中心に置くことをやめ始めている。


境界が、

俺を境界として使おうとしている。


レオンは、剣を握り締めた。


戦える相手はいない。

斬れる因果もない。


それでも――

ここで折れるわけにはいかなかった。


「……まだだ」


声は、低く、確かだった。


「まだ、俺は――

 選んでない」


世界が、もう一度軋む。


だが今度は、

完全な崩壊には至らなかった。


揺れは、収束する。


人々は、何事もなかったように動き出す。


誰も、

今の出来事を正確には覚えていない。


覚えているのは、

レオンだけだった。


(……一度だけ、か)


理解する。


これは警告だ。

世界からの、最後通告に近い。


次に同じことが起きれば――

もっと深く、

もっと直接的に来る。


レオンは、深く息を吸った。


「……やっぱり、黙ってはくれないか」


それでも。


歩みは、止めなかった。


英雄でも、

破壊者でもない。


――世界の境界に立ってしまった人間として。


レオンは、

揺れの残滓が消えた道を、前へ進んだ。


世界は、

確かに一度だけ――大きく軋んだ。

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