不整合の代償 ――「本当の未来」からこぼれ落ちる者たち
管理者の領域を破壊し、現実の世界へと戻ったレオン。 だが、山道を進む彼の目に映る光景は、以前とは決定的に異なっていた。
空気が、じわりと重い。魔獣の気配はないが、空間そのものが軋むような低い共鳴音が、絶えず耳の奥にまとわりつく。 レオンが「評価システム」という世界の背骨を折り、自分だけの律を創り出したことで、世界は激しい「拒絶反応」を起こしていた。
「……世界の揺らぎが、止まらない」
木々が不自然に光を帯び、葉の影が数秒遅れて揺れる。時間そのものが滑り、因果の糸が解けている証拠だった。 その瞬間、前方の空間がガラスのように割れ、光が弾けた。
「っ……!」
光の中から、一人の男が倒れ込むように現れた。 若い冒険者。だが、その身体は背景が透けて見えるほどに“薄い”。影が地面に落ちず、陽光に溶け込むように揺らいでいる。
レオンは駆け寄り、その肩を掴んだ。 「おい、しっかりしろ!」
男は朦朧とした目でレオンを見上げた。 「……ここは……今は……いつだ……?」
声は音ではなく、掠れたノイズのようだった。世界に存在していながら、世界に定義されていない――そんな危うさ。
「お前、どこから来た?」
男は涙の代わりに光の粒子をこぼしながら答えた。 「……分からない。気づいたら、全部が壊れていた。城も、仲間も、空も……。俺だけが、そこから『弾き出される』ように、ここに落ちて……」
レオンは息を呑んだ。 これは、レオンが「評価システム」を書き換えたことで生じた、不整合の犠牲者だ。 本来なら、システムによって「正しい英雄の物語」として救われるはずだった並行世界の住人が、レオンの起こしたバグによって行き場を失い、この現実へと漂着したのだ。
男は胸を押さえ、苦しそうに、しかしどこか晴れやかに笑った。 「ここが……“本当”なのか? 俺がいた方が“偽物”だったのか……。もう、何も分からない。でも……」
その存在が、急速に霧散していく。 彼らは選ばれなかった未来の住人。レオンが「物語の脚本」を拒絶したために、切り落とされてしまった命の断片。
レオンは《創世収納》の深層を開いた。 これまでの彼なら、ただ「救えない」と絶望しただろう。だが、今の彼には新しい律がある。 「……穏やかな“終わり”を、オレが収納する」
レオンの手が男に触れる。 「お前のいた未来は、もう閉じられた。だが、お前がここまで逃げてきた意志は――オレが預かる」
男の身体が柔らかな黄金の光に包まれていく。 「ありがとう……ここは……きっと……誰かが……無理やり選んだ……本当の……」
声は風に吸い込まれ、男は完全に消滅した。 後に残ったのは、レオンの手に微かに残る「温もり」という名のデータだけだった。
レオンは拳を強く握りしめた。 「……これが、オレが選んだ道の重さか」
システムに従えば、この男は「偽物」として消えることさえなかった。だが、レオンが「自由」を選んだ代償として、世界からは「予定された救済」が失われ、無数の不整合が生まれ続けている。
(それでも、オレは止まらない。彼らが『偽物』として消えるしかない世界の方を、オレは認めない)
レオンは山道を見上げた。 空の端で、また新たな揺らぎが走る。それは次なる「救済の不在」の予兆。 彼は歩き出した。 選んだ未来の、そのさらに先へ。他人の評価ではなく、自分の意志で「誰かを救う」という因果を、一つずつこの手で繋ぎ止めるために。




