正解の喪失 ――「評価」という地図を失った足跡
掲示板の前で、レオンは足を止めていた。 そこには、かつてなら迷わず選んでいたはずの依頼が並んでいる。
《依頼A》内容:街道警備(安全・高評価補正) 《依頼B》内容:洞窟調査(危険・評価不安定)
以前のオレなら、効率と評価のために「A」を選んでいただろう。 だが、今のオレにはその「物差し」がない。第19話で評価を捨てたあの日から、視界に浮かぶシステムログはノイズまみれだ。
「……どっち行く?」 同行者が、怪訝そうにオレの顔を覗き込む。
「……Aだ」 オレは短く答えた。
「理由は?」 「……今のオレには、Bで起きる不測の事態を『評価の力』でねじ伏せる保証がないからだ」
それは、臆病ゆえの選択ではなかった。 評価システムという「世界の加護」から外れたことで、オレの剣は重くなり、傷の治りは遅くなった。一人の死、一つの失敗が、システムの補正なしに「そのままの重さ」でオレの肩にのしかかってくる。
街道警備は、拍子抜けするほど穏やかだった。 行き交う人々、穏やかな風。 だが、すれ違う冒険者たちの視線が痛い。
(……あいつ、あんな簡単な依頼に時間をかけてるのか?) (落ちぶれたもんだ。元・英雄候補が……)
彼らの声は、評価値という形で直接脳内に響くことはない。 けれど、無言の圧力が「正解から外れた者」への冷たさとなって肌を刺す。
帰り道、洞窟調査から戻ったボロボロのパーティとすれ違った。 一人が重傷を負い、仲間が必死に支えている。
「……助けに行かなくて、正解だったな」 同行者が安堵の溜息をつく。
だが、オレの胸の奥は、泥を飲み込んだように重かった。 「安全」を選んだのは、命を守るためか? それとも、評価を失い「弱くなった自分」を突きつけられるのが怖かったのか?
(……オレは、自由を選んだはずだ)
なのに、評価という地図を失った途端、自分の足跡がどこへ向かっているのか分からなくなっている。 「正しいかどうか」を自分で決めると言った。だが、その基準を支える「自分自身の強さ」が、まだ追いついていない。
宿に戻り、一人で剣を磨く。 《収納》の奥で、第21話で手に入れた「始源の鍵」が冷たく脈動していた。
(評価に従えば、迷いはない。だが、その先には他人が書いた結末しかない) (評価を捨てれば、道はない。だが、その一歩だけが『オレ』のものだ)
オレは、震える手で剣を握り直した。 今日選んだ「安全」は、敗北に似ていた。 次は――たとえ評価がゼロだろうと、魂が「行け」と叫ぶ方へ足を出す。
この小さな後悔が、オレを本当の意味で「システムの外側」へと押し出すための、最後の痛みだった。




