評価を捨てれば、全部失うと分かっていても
辺境の街・リュスト。
レオンは、
ギルドの個室に呼ばれていた。
相手は、
王都から派遣された調査官。
若いが、
目が笑っていない。
「本題に入ります」
机の上に、
一枚の契約書が置かれる。
《特別契約》
内容:
レオンの活動を
“王都主導案件”として編入する
特典:
・評価補正の恒常上昇
・高難度依頼の優先配布
・失敗時の評価減免
(……完全に囲い込みだな)
レオンは、
一瞬で理解した。
「条件は?」
調査官は、
淡々と答える。
「簡単です」
「今後、
あなたの行動は
“物語的成功”を
優先していただく」
「……物語?」
「はい」
調査官は、
一切ためらわずに言った。
「英雄は、
英雄らしく振る舞うべきです」
「勝つべき場面で勝ち、
派手に活躍し、
象徴になる」
《収納》が、
微かに反応する。
《評価上昇予測:極大》
《取得効率:最適化可能》
(……甘いな)
「拒否したら?」
レオンが、
静かに問う。
調査官は、
少しだけ目を細めた。
「評価は――
通常処理に戻ります」
「つまり?」
「あなたは、
“使いづらい存在”になる」
沈黙。
レオンは、
契約書から目を離さない。
(これを受ければ、
俺は楽になる)
(評価は安定し、
力も増え、
失敗も許される)
(でも――)
ふと、
思い出す。
山間集落。
救えなかった遺体。
“正しい判断”をしたのに、
評価が微増で終わった夜。
(……あれを、
なかったことにする契約だ)
「一つ、確認させてください」
レオンは、顔を上げた。
「もし――
俺が“物語的に正しくない選択”をしたら?」
調査官は、
即答した。
「評価は下がります」
「それが原因で、
力も落ちるでしょう」
「誰かが死んでも?」
一瞬だけ、
空気が止まる。
だが調査官は、
視線を逸らさない。
「……必要な犠牲、
という扱いになります」
《収納》が、
沈黙した。
完全に。
(ああ……)
(これが、
この世界の正体か)
レオンは、
契約書を閉じた。
「……俺は」
言葉を、選ぶ。
「評価を基準に、
人の生死を決めたくない」
調査官の眉が、
わずかに動く。
「それは――
感情論です」
「そうかもしれません」
レオンは、
否定しない。
「でも――
俺は、それで生きる」
「後悔しますよ」
調査官は、
冷たく言った。
「あなたの力は、
評価ありきだ」
「評価を失えば、
あなたは――」
「弱くなる」
レオンが、
先に言った。
「分かってます」
立ち上がる。
契約書は、
机に残したまま。
《警告》
《外部評価:
将来的低下予測》
《取得効率:
不安定化》
(……それでも)
その夜。
街外れで、
小さな事件が起きる。
魔獣が一体、
子供を追っていた。
以前なら。
一瞬で倒し、
評価も上がった。
だが今は――
《収納》の反応が、
鈍い。
身体が、
わずかに重い。
「……間に合え」
レオンは、
全力で走る。
間一髪。
剣を振るい、
魔獣を倒す。
子供は、
震えながら無事だった。
《評価更新》
戦闘評価:並
社会的影響:低
総合評価:変動なし
(……下がらなかっただけ、
マシか)
レオンは、
苦く笑う。
だが――
胸の奥は、妙に静かだった。
《収納》が、
新しい表示を出す。
《取得:
選択の重み
評価非依存行動(微)》
「……?」
初めて見る項目。
遠く。
管理者側。
白髪の男が、
静かに目を閉じる。
「……ついに来たか」
「彼は――
評価を“手段”に戻した」
「失うぞ?」
誰かが言う。
「ええ」
男は、
それでも笑った。
「だからこそ――
物語になる」
追放された最弱は、
この日。
初めて“損をする選択”をした。
評価は下がるかもしれない。
力も、失うかもしれない。
それでも。
「正しいかどうか」を、
自分で決めることを選んだ。
ここから先。
彼はもう、
評価のために戦わない。
評価を使いながら、
評価に縛られない存在になる。
そしてそれは――
世界にとって、
最も扱いづらい“異物”だった。




