英雄の不在:歪み始めた「完璧な物語」と、管理者の焦燥
王都。 そこは、選ばれた勇者と、祝福された聖女が輝くための舞台。 「最弱」という汚れ役のレオンを追放したことで、物語はさらに輝きを増すはずだった。
だが――観測室のモニターを見つめる白髪の男(管理者)の顔は、苦渋に満ちていた。
「……まただ。勇者パーティの『継戦能力』が、予測値を30%下回っている」
画面には、森で魔獣と対峙する勇者たちの姿。 一見、華麗に剣を振るっているように見える。だが、その動きはぎこちない。
「おい、ポーションはどうした! 予備の矢も尽きたぞ!」 勇者が叫ぶ。 「分かってるわよ! でも、いつもなら荷物袋のそこにあるはずのものが……見当たらないの!」 聖女が顔を真っ赤にして叫び返す。
かつて、レオンがいた頃。 勇者たちは「消耗品」の残数など気にしたこともなかった。 レオンが《収納》から、最適なタイミングで、最適な道具を、彼らの手に触れる直前の位置へ差し出していたからだ。 彼らはそれを「自分の実力」だと錯覚していた。
「……レオンという『バッファー』が消えたことで、彼らの注意力が散漫になっているな」
管理者が低く呟く。 さらに深刻なのは、戦果の「評価」だった。
魔獣を倒したという「結果」は出ている。 だが、その過程で街道が破壊され、守るべき村人が負傷している。
『評価:B(期待値:S)』 『物語安定度:低下』
「……このままでは、勇者が『英雄』として民衆に受け入れられない。 おい、記述を書き換えろ。村人の負傷を『名誉ある献身』に、破壊された街道を『魔獣の猛攻の跡』として上書きするんだ」
部下が震える声で答える。 「……できません! レオンの《収納》に、本来この世界に存在するはずのない『過剰な負傷データ』や『破壊の因果』を放り込んで処理させていました。彼がいない今、それらのマイナス感情はすべて、この世界の『地脈』に直接蓄積されています!」
管理者が拳を机に叩きつける。 レオンはただの荷物持ちではなかった。 彼は、勇者たちが生み出す「物語のゴミ(負傷、疲労、汚れ、罪悪感)」をすべてその身に引き受ける、世界の『排熱処理機』だったのだ。
「……バグが、溢れ出しているな」
画面の中。 勇者が魔獣を仕留めた瞬間、魔獣の死体から「真っ黒な泥」のようなものが噴き出した。 それは本来、レオンが収納して消し去るはずだった「世界の澱み」。
「うわあああ! なんだこれは! 汚い、近づけるな!」 英雄にあるまじき悲鳴を上げ、逃げ惑う勇者。
管理者は冷酷な瞳でその無様な姿を見つめた。
「レオン……。 お前を捨てたことで、この世界は『自浄作用』を失った。 物語を元に戻すには、お前を連れ戻すか、あるいは――完全に消去するしかない」
王都の空に、一瞬だけノイズのような亀裂が走った。 それは、英雄の輝きの裏側で、確実に崩壊が始まっている合図だった。
一方その頃。 外側の荒野で、レオンは焚き火を見つめていた。 自分の身体が、かつてないほど「軽い」ことに驚きながら。




