辺境の人々は、英雄を静かに遠ざけた
辺境の村は、朝が早い。
鶏の鳴き声。
井戸を引く音。
畑へ向かう足音。
だがその日、村の空気はどこか硬かった。
「……あの人、もう起きてる?」
小声で囁く声が、家の影から漏れる。
「さあ……でも、夜も外にいたみたいだよ」
視線の先。
村外れの小屋の前で、レオンは剣を手入れしていた。
◆
サンダーベア討伐から、三日。
村は確かに救われた。
被害は出ていない。
魔獣も、寄りつかなくなった。
――それなのに。
「近づきにくいよな……」
青年が、ぽつりと言う。
「悪い人じゃないんだ。
むしろ、命の恩人だ」
「でもさ……」
言葉が、続かない。
レオンは気づいていなかった。
いや、正確には――気づかないふりをしていた。
◆
畑仕事を手伝おうと声をかけても、
「だ、大丈夫です! 自分たちで……!」
子どもに剣を教えようとしても、
「い、いえ! 怪我したら大変なので……!」
断られる。
笑顔だ。
礼儀正しい。
だが、一歩引いている。
(……なんだ?)
胸の奥に、小さな違和感が積もる。
◆
昼過ぎ。
村長が、意を決したようにレオンの元を訪れた。
「レオン殿……少し、よろしいですかな」
「はい」
二人は、小屋の外で向かい合う。
村長は、言葉を選びながら続けた。
「あなたが来てから、
この村は助かりました」
それは事実だ。
「ですが……」
一拍。
「皆、少し……遠慮しておるのです」
レオンは、眉をひそめる。
「遠慮?」
「はい。
あなたは……あまりに、強すぎる」
◆
村長は、正直に言った。
「助けていただいているのに、
我々は、あなたの前で失敗できない」
「怠けることも、
間違うことも、
弱音を吐くことも……」
「できなくなってしまった」
その言葉は、責めではなかった。
むしろ、申し訳なさそうだった。
◆
レオンは、何も言えなかった。
(……俺は、守ってるつもりだった)
(なのに……)
「あなたがいると、
村は“正しくあろう”としてしまう」
「それが……少し、苦しいのです」
◆
沈黙。
風が、畑の麦を揺らす。
レオンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……すみません」
それしか、言えなかった。
村長は慌てて首を振る。
「いえ!
責めているわけでは……」
だが、もう遅かった。
◆
その夜。
レオンは、小屋の外で一人座っていた。
焚き火はない。
剣も、置いたまま。
(……俺がいると)
(みんな、楽になれないのか)
助けている。
守っている。
間違ってはいない。
――それでも。
(……居場所を、奪ってる)
◆
《収納》は、静かだった。
表示も、取得も、ない。
ただ、重たい沈黙だけがあった。
レオンは、夜空を見上げる。
星は変わらず、綺麗だ。
だが、その光が――
ほんの少し、遠く感じられた。
この日を境に、レオンは理解し始める。
「強さは、必ずしも救いではない」
そしてそれは、
後に彼が“距離を取る生き方”を選ぶ、
最初の理由になった。




