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評価の呪縛 ――あの日、オレが欲しかったもの

薄れゆく意識の淵で、レオンは古い、ひどく懐かしい光景を見ていた。


それは、王都のギルドの片隅。 まだ使い古された鉄剣も持たず、ただ《収納》という名の、当時は十徳ナイフ程度の価値しかないと思われていたスキルを握りしめていた頃のことだ。


「……次の方、どうぞ」


呼ばれて、肩が跳ねた。 受付嬢の前に立つレオンの指先は、期待と恐怖で小刻みに震えていた。


「初回依頼、完了ですね。確認します」


ギルドの魔法端末が淡い青光を放ち、レオンの活動履歴を読み取っていく。 やったことは、街の裏通りの清掃と、荷馬車の積み下ろし。冒険者とは名ばかりの、ただの雑用。 けれど、レオンにとってはそれが「世界と繋がる唯一の接点」だった。


《評価:付与完了》


「おめでとうございます、レオンさん。無事、最初の評価がつきました。あなたは今日から、正式なFランク冒険者です」


受付嬢が浮かべた、マニュアル通りの、けれど柔らかな微笑。 「頑張りましたね」 その一言をかけられた瞬間、レオンは視界が滲むのを感じた。


「……あ、ありがとうございます」


それまで、誰にも見向きもされず、価値がないと言われ続けてきた人生。 そんな自分に、世界が「Fランク」という居場所をくれた。ゼロじゃない、何者かになれた。 あの時、レオンは評価を「世界からの肯定」だと、魂を救う唯一の光だと信じ切った。


だが――。


「……それが、呪いだったんだな」


虚無の地で膝をつく現在のレオンが、乾いた声で呟いた。


《収納》が、意識の奥底でかつての記憶ログを強制的に解析し、非情な真実を突きつける。


《解析結果――  当時付与された“評価”は、対象をシステム内に留めるための『精神的拘束具アンカー』です。  管理者は『肯定』という名の報酬を与えることで、対象が“世界の澱み”を無意識に吸収し続けるよう誘導していました》


「評価して、喜ばせて……。もっと褒められたい、もっと認められたいと思わせて、オレに世界のゴミを吸わせ続けていたのか」


あの日、宿屋で「仲間だな」と笑いかけてきた同室の男も、温かく感じたスープの味も。 すべては、レオンが「便利な器」として壊れないように、世界が用意した微かな維持費に過ぎなかった。


もし、王都でそのまま「役立たず」として終わっていたら、レオンは今も「評価」という麻薬を求めて、かつての仲間の背中を追い続けていただろう。


(……でも、今のオレは違う)


レオンは、震える手で地面を掴んだ。 世界から魔力の供給が絶たれ、身体が鉛のように重い。 けれど、評価を失うたびに、胸の奥で何かが透明になっていくのを感じる。


誰かに決められたランクも。 都合よく与えられた「最強」の称号も。 顔も知らない誰かの期待も、侮蔑も。


「……そんなものは、もう要らない」


レオンは、精神の奥底にある「評価の保管場所」に手をかけた。 そこには、これまで得てきた莫大な「Aランク」としての輝きや、賞賛の声が詰まっている。 それを、《収納》の最深部、二度と取り出せないゴミ箱へと一気に叩き込んだ。


「オレを動かすのは……世界(お前ら)じゃない。オレだ」


《警告:  全評価データを破棄。  外部システムからの脱退を確認。  ――個体名『レオン』、自己定義セルフ・ブートを開始します》


ドクン、と心臓が一度、大きく跳ねた。 空っぽになった胸の奥に、世界から借りたのではない、彼自身の魂が生成した熱い魔力が逆流し始める。


レオンはゆっくりと立ち上がった。 かつて「肯定」を求めて震えていた少年は、もういない。 彼は、自分を使い捨てようとした世界を、逆に冷徹に見下ろす「観測者」へと羽化したのだ。


「悪いな、管理者さん。……これからは、オレが世界を評価ジャッジする番だ」


漆黒の空が、彼の覚悟に応えるように、初めて一筋の真実の光で裂けた。

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