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物語が終わった、その翌日:あるいは、新しい狂気の夜明け

 朝。外側にも、朝は来る。正確には――来たような“気がする”だけだ。


 空は、相変わらず歪んでいる。だがその歪みは、もはやファンタジーの魔法によるものではなかった。幾重にも重なる「電線」の影、そして遠くに見える「巨大な鉄の塔」のシルエットが、陽炎のように空を裂いている。


 レオンは、焚き火の灰を片付けながら、自分の掌を見つめた。そこにはもう、《収納》のシステムログも、管理者からの評価も表示されない。右腕を刻んでいた「観測者の紋章」も、剥がれ落ちた古いかさぶたのように消え失せ、代わりに**「青い刺青」の残滓**のような模様が浮かんでいた。


「……生きてるな」


 誰に言うでもなく、呟く。声が以前より少し低く、硬質に響いた。


 少し離れた場所で、影の人が歪んだ空間の断層を指差した。

「レオン。あっちの断層が揺れてる。このまま居座ると、存在の記述(輪郭)が完全に『向こう側』へ上書きされるぞ。……移動だ」


 レオンは頷き、荷物袋を背負った。中には剣もポーションもない。あるのは、使い古された**「ジッポーのライター」と、正体不明の「真鍮の弾丸」**が一つ。


 歩き出す。この世界には、かつてのような目的地がない。

「世界を救う」「英雄になる」「元に戻る」――そんな輝かしい道標は、レオンが自ら手放した。

 あるのは、「今日を、どう生きるか」という切実な一歩だけだ。


(……忘れない)


 道すがら、歪みの隙間に、かつて自分を追放した勇者の折れた剣の残骸を見つけた。

 だが、レオンはそれを踏み越えた。

 その瞬間、剣の残骸はノイズと共に消え、代わりに雨に濡れた**「10円硬貨」**がアスファルトに転がった。


「……なぁ、レオン」

 影の人が、並んで歩きながら問いかける。

「お前が選ばなかった方の世界じゃ、今頃あの勇者たちが盛大な祝宴を挙げてるはずだ。魔法と祝福に満ちた、完璧なハッピーエンドの世界だ。……本当に、これで良かったのか?」


 レオンは少しだけ歩みを止め、歪んだ空の向こう――「東京」という名の巨大なシステムが胎動する境界線を見つめた。

 そこには、自分を愛して消えていった息子の温もりと、蒼い光を放っていた少女の面影が、**「若宮」**という新しい響きを伴って眠っている。


「……ああ。あっちの世界は、誰かが決めた『最高の物語』なんだろうな」


 レオン――いや、もはやその名で呼ばれる必要のない男は、不敵に笑った。


「でも、俺はこっちがいい。

 銃声が響き、バズーカが空を裂き、鬼が笑うような狂った世界かもしれないけれど……

 誰の台本でもない、俺たちが『蒼龍』として、あるいは『扶桑』として足掻き続ける、この場所が」


 その瞬間、世界から色が抜け、モノクロームの静寂が訪れた。


《最終ログ:ファンタジー・リソースを完全破棄》

《定義:蒼龍(SORYU) ログイン成功》

《警告:タワーが牙を剥きました》


 男は、脳裏に一瞬だけ浮かんだその文字列を、思考の海へと《収納》した。もう、古い言葉に頼る必要はない。


 夜。外側の夜は不気味で、冷たい。

 だが、交代で見張りに立つ仲間の背中があり、カウンターで出される一杯の「モカ」の温もりがある。


 男は、目を閉じた。

 明日も、選ぶ。明日も、引き金に指をかけるだろう。

 だが、そのすべてが、誰にも奪われない「俺の人生」だ。


 歪んだ空の下。タワーの影が伸びる街で。

 かつて「最弱」と呼ばれた男は、新しい名――蒼龍として、この狂った現実を《収納》し、生きていく。


 ――ファンタジーという名の美しい檻は、今、完全に砕け散った。


《システム最終更新完了》

《全記述:ハイファンタジー層から、現実構造層(1990's JP)へ移行》

《メイン・クエスト:『ゼロからこの世界をやり直す』を受注しました》


 男が目を開けた時、そこには辺境の森の焚き火ではなく、雨に濡れた代々木公園の街灯が滲んでいた。

 遠くで、自動小銃の乾いた音が拍手のように鳴り響く。


 物語は、終わらない。

 ただ、その「牙」の剥き方を変えるだけだ。


【次章:シャルンホルストとグナイゼナウ】

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