#3
「はぁ……世界、滅びねぇかなぁ……」
心からの溜息……。
物騒極まりない発言だが、それはまあそう思いたくもなるだろう?
世間は三連休、そのど真ん中の日曜日の昼下がり。
せっかく、家族も留守で「さあ、のんびり羽を伸ばすか~」って思ってたのに……。
そんなタイミングでスマホに着信が入れば、誰だって憂鬱にもなるだろ? 「今すぐ事務所に来い」との電話がアルバイト先の上司から入れば。
しかも、よりにもよって昼飯を終えて間もなく、自宅の居間でいい感じに眠気を誘う討論番組を見てた時にだ。
一番腰が重くなるタイミングで、一番頭が重くなる相手からの電話なんだもん。そりゃ電話線も引き千切りたくなるってもんだよな。……いやまあ、スマホに電話線はないけど。
「はぁ……もしくは事務所、ガス爆発でもしねぇかなぁ……」
心の底から本当にそう願う。
誰に聞かせるでもない切なる祈りに、しかし、思いも寄らないツッコみが俺の後頭部を襲った。
「物騒なこと言わないでください、銀河‼ 仕方ないでしょう、これも仕事なんですから」
「い、痛ぇな、佳賀里てめぇこの野郎‼ いきなり何しやがる‼︎」
よりにもよって刀の鞘で殴打するか、普通? 本当に狂暴極まりない女だ。
「君が馬鹿げたこと言ってるからです‼」
炎を思わせる真っ赤なミディアムヘアと、気の強そうに引き結ばれた唇、凶悪なまでに吊り上がった瞳が特徴的な……うん、まあ完璧なまでの美少女だ。名前は焔城寺佳賀里と言う。
最近では胸部の二つの膨らみが更に目立ち始め、益々男共の視線を集めていやがる。彼氏としては喜ばしいような不安なような……複雑なところだ。
ちなみに今さらだが俺の名前は金剛院銀河。自分で言うのもあれだが、周りからは何故だか不良扱いされることが多い真面目少年だ。
まあ、金髪にピアス、不機嫌そうな瞳、気怠げな猫背……この辺りが関係してるのかもしれないが言っておくぞ?
金髪と不機嫌そうな瞳は生まれつきだし、猫背なのはただ姿勢が悪いだけだ。ピアスは……ま、まあ、多少のお洒落心だ、大目に見てくれ。
「はんっ‼︎ 学年一の馬鹿に馬鹿呼ばわりされたくねぇな‼」
「は、はあ⁉︎ だ、誰が学年一の馬鹿ですか‼︎ この間のテストはたまたま結果が悪かっただけで、ボクだって本気を出せば……」
俺の何気ない一言を必死に否定する佳賀里。
見た目は誰もが認める完璧な美少女である反面、頭の方は誰もが目を背けたくなる程に残念極まりない女……それが焔城寺佳賀里と言う女なのだ。
彼氏兼幼馴染み……おまけに家通しが決めた許嫁としては、こいつの将来が心配でならない。
「その台詞はもう聞き飽きてんだよ、こっちは‼︎」
「~~~っっ⁉ う、うるさい‼ 学校の勉強なんて社会に出たら何の役にも立たないんですよ‼ 算数ができれば問題ありません‼」
おっと、そう来るか。……佳賀里よ、お前は一体どこの勉強嫌いの小学生だ?
「お前算数も余すところなく苦手じゃねぇか‼ そう言う言葉は猿並みに算数ができるようになってから言いやがれ‼」
「なっ⁉ さ、猿並みの知能しかないって言いたいんですか、ボクが⁉」
「おっと、日本語も理解できねぇみてぇだな? 「猿並み」じゃねぇよ、「猿以下」だって言ってんだよ‼」
「き、き~~~っ⁉ い、言わせておけば~~~⁉ 分かりましたよ、じゃあ何か問題出してみなさい‼ このボクがズバッと答えてあげますよ‼」
「ああっ、そうですかそうですか‼ それじゃ十七個の林檎を長男が二分の一、次男が六分の一、三男が八分の一ずつに分けました。さて、三男の取り分は何個になるでしょうか? 天才ならこのくらい分かるよな?」
ふふんっ、まあこいつに分かるわけがないがな? だって、この問題は……、
「なんで長男が二個しかもらえないんですか、可哀そうでしょうが‼ 三人で均等に分ければいいでしょう、そんなの‼」
「ちょ、ちょっと待て⁉ まさかの分数理解してねぇパターンか、お前⁉ 二分の一って二個って意味じゃねぇからな⁉ 十七個の物を二つのグループに分けて、その片方を……ってなんでこんな説明しなけりゃならねぇんだ、小学生か‼」
「ふふんっ、馬鹿は君の方です‼ 二つのグループに分けたら三男の取り分がなくなっちゃうでしょうが‼」
「そう言う意味じゃねぇんだよ⁉ この問題の大事なところそこじゃねぇんだよ⁉ 十七個の林檎をまず半分にできねぇことに気付こうぜ?」
「何言ってるんですか‼ 十七個の林檎を半分にすることくらいできますよ、ナイフさえあれば‼ 疲れるけど‼」
「いや、お前に分数理解させるのが一番疲れるわ‼」
ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……だ、駄目だ。頭痛くなってきた。
ちなみに答えは「二個」だ。頭のいいみんなはもう気が付いてると思うが、十七個の林檎を二分の一にすることはできない。そこで林檎を一個借りてくるんだよ、お隣さんから。
そうするとどうなると思う? 全部で十八個の林檎を二分の一で九個、三分の一で六個、八分の一で二個……計十七個となり、余った林檎は借りた相手に返せばいいわけだ。だから、三男の取り分、すなわち答えは「二個」っと……いや、もう今更どうでもよく思えてきた。
「だいたい、お前はなぁ‼」
「そう言う君だって‼」
「……ま、まあまあ、二人ともちょっと落ち着こうよ? こ、こんなところで喧嘩なんて……」
俺と佳賀里がいつものように額を突き合わせて言い争いを繰り広げる中、隣から聞こえてきたのは、おどおどとしたか細い声。
「「うるさい‼ 部外者は黙ってろ‼」」
「ひ、ひィイ⁉ ごご、ごめんねごめんね本当にごめんね~~~⁉」
おっと、いかんいかん。勢い余って話し掛けてきた人物を、俺と佳賀里、二人同時に威嚇してしまった。
そこに立つのはハーフアップにしたピンク色の髪と穏やかそうな垂れ目、首に付けた真っ赤な首輪が特徴的な少女。零れ落ちそうな双丘とフリル多めのメイド服が、更なる可憐さを引き立てる美少女……に見えることだろう。
だがしかし、その正体は……、
「邪魔よ、馬鹿犬‼ 犬の分際でご主人様の前に立つんじゃないわよ‼」
「はうわっ♡ お、男の子の……男の子の気持ちいい部分、ありがとうございましゅ~~~♡」
そう、男だ。正真正銘の男の子だ。……いいや、男の娘だ。
少なくとも回し蹴りがクリーンヒットした股を押さえ、悶絶する程度には男の部分を残しているらしい。……もっとも、「あそこ」以外は魔法で女体化しているが。
彼、マギ・ウィザルパさん曰く「だって、男の子の一番気持ちいい部分なくしちゃうなんてもったいないもん♡」だそうだ。その言動からも分かる通り超ド級のマゾヒストであった。
そんな彼の後ろから現れた突然の襲撃者は、
「ふんっ、あんた達も邪魔なのよ、銀河、佳賀里‼ 歴史と栄光あるフルルート王家の末裔たるこのあたしの道を妨げるなんて、ちょっと生意気なんじゃないの?」
「きゃひぃん♡」
不機嫌そうに地面に倒れるマギさんの尻を踏み付け、高慢にも鼻を鳴らしてみせる。
言っていいか? 一番生意気なのはお前だよ。俺ら仮にも先輩だぞ?
カールした紫色の髪を右側頭部で一つに纏めた常に自信満々な表情をした奴だ。
中学二年生と言う年齢に見合った幼さを残す体型と顔立ちは、そのお高くとまった態度も合わさって、何気にファンの間では物凄い人気だったりする。……こんな奴のどこがいいんだか。
ちなみにマギさんが女体化しているのは、ご主人様であるこの少女、ライム・フルルートの命令だかららしい。
「まあでも、気持ちは分からないでもないわよ、あんた達? だって、あたしは世界一のアイドル《ツインディーバ》のライム・フルルート様だもの? それはまあ、美しいあたしの姿を最前列で拝みたくもなるわよね、お~っほっほっほ~っ‼」
「……い、いやその~……だ、誰も最前列を取り合って喧嘩してたわけじゃないと……」
「何か言ったかしら、馬鹿犬‼」
「あ、あぁん、いい♡ そ、そこもっと~♡」
至極ごもっともなツッコミを入れるマギさんの尻に、蹴りを入れて返すライム。
「ふふんっ、仕方ないわね。光栄に思いなさい、マゾ犬? このライム様に飼ってもらえるんだもの、世界一の幸せ者よ、あんたは? お~~~っほっほっほっほっほっほっほ~~~っ‼」
「きゃ、きゃあァアアアア♡ し、至福~~~♡ 至福の一時、ありがとうございましゅ~~~♡」
更にはぐりぐりと足裏で捻じ込むように踏み付ける。
……昼間っから何をやってんだ、こいつらは。そう言うことは人のいないところでやれ。
「どうでもいいけど、うるっせぇよ、お前ら‼︎ ちょっと黙れよ、マジで近所迷惑だから‼︎」
とにもかくにも、強烈に疲れる主従も合流。これで所長たるおっさんを除いた便利屋《エスペランサ》のメンバーは揃ったわけだ。
事務所の扉を開いた俺は、重たい足取りで中へと踏み入っていく。背後に濃過ぎる仲間を引き連れて。