#7
初戦を勝ち上がった俺は、その後も然程労することなく着実に勝利を積み重ねてみせた。
幸いだったのは、二回戦、三回戦と順調に駒を進める程に、徐々に俺の中のアルコールも抜けていったことだ。準決勝辺りでは、すでに完全に体調は回復していた。
そして、今まさに俺は決勝の舞台へと立っているところだった。
『ついに来ちまったぜ、この時がァアアアア‼ 今年の大闘技会もついには大詰め‼ 決勝戦を残すばかりだァアアアア‼ だが、安心しやがれ、野郎共‼ この対戦カードは今日一でコロシアムを盛り上げてくれること間違いなし‼ なんたってこれまで数々の予想を裏切り続けてきた二人の男の対決なんだからなァ‼』
「「「「「きゃあきゃあァアアアア‼」」」」」
『そんじゃ選手の紹介だ、耳かっぽじってよ~く聞きやがれ‼ 青コーナー……未だ底の知れねぇ実力に恐れ戦け、野郎共‼ 大会初参加にして数々の難敵を退けてきた野獣戦士、ミスタ~~~タァアアアアイガァアアアア‼』
「「「「「うおォオオオオ‼」」」」」
『そして、赤コーナー……轟く功名は伊達ではなかった‼ 俺の前に立つんじゃねぇとばかりに並み居る強敵を跳ね飛ばす狂える暴走野郎、クビナァアアアア・デュラハァアアアアド‼』
「「「「「イエェエエエイ‼」」」」」
そう、そしてやはりと言うべきか。決勝戦の相手として俺の前に立ち塞がるのは、他でもないクビナ・デュラハードその人だった。
魔導二輪車形態……魔導機馬バイクーダβに跨る彼は、葉巻に火を点けながらふっと口元を吊り上げてみせる。
「どうやら悪戯好きな困った神さんに愛されちまったらしいな、俺達ァ? 一度は避けたつもりのあんたとの衝突、まさかこんな形で実現することになろうとはね?」
「だからって容赦するこたねぇぜぇい、クビナ。俺様も端から本気で行くからさ。お宅も本気で来な? せっかくだ、盛り上げていこうじゃねぇのよ?」
『おおっと、コロシアムの両選手も気合十分な様子‼ それじゃあ熱い戦いを待ち切れねぇ野郎共にこの言葉をプレゼントするぜ? 大闘技会決勝戦‼ 試合~~~開始だァアアアア‼』
「「「「「わあァアアアア‼」」」」」
シャベリーのコールに続いて、ゴングの音がコロシアムを支配する。
その音を心待ちにしていたように、クビナの駆る魔導二輪車が唸りを上げた。
「先手必勝ってな? 精々、俺を楽しませてくれよ、王子さん?」
策も何もなし。アクセル全開でただただ正面から突撃するのみの荒々しい攻撃。前後両輪から生える鋭利な刃が、敵対者を引き裂かんと大地を荒らし回る。
大半の敵なら凶悪なタイヤに跳ね飛ばされて試合終了だろう。どんな些細な反撃も暴走する魔導二輪車の前では無力に等しいのかもしれない。
しかし、俺だって決勝まで残った実力がある。
他ならぬ《白亜の騎士団》の王である俺が、ただの一賞金稼ぎに後れを取っていたんじゃ、騎士達に顔向けができない。
「うおぉおおおおりゃァアアアア⁉」
「っっ⁉ ほ、ほう……面白ぇじゃねぇか」
一瞬で上半身を獣化させた俺は、気合一発、突撃してくる魔導二輪車のタイヤのホイールを掴み止め、渾身の力で持ち上げる。宙に浮いてもなお俺を切り裂かんと、猛る刃が鼻先まで迫るものの、それ以上の進撃は許さない。
そのまま体ごと二度三度と回転し勢いを付けたところで、魔導二輪車を遠くへと投げ飛ばしてやった。
「だが、ちょっとばかし詰めが甘ぇんじゃねぇのか?」
空中で魔導二輪車ごと体を捻り体勢を立て直したクビナは、着地と同時に次なる一手に打って出る。魔導二輪車のボディーから左右に顔を出した機関銃が、俺を目標に捉え間髪と置くことのない弾丸の雨を射出してきたのだ。
「はんっ、その言葉、そっくりそのままお返ししておこうじゃん? 付加魔法——氷‼」
返すが早いか、軽く持ち上げた右足で、大地を踏み締める俺。途上、虚空に描かれた魔法陣を通過した足は、大地との接触に合わせて幾つもの氷柱を天へと突き立てる。
分厚い氷の盾が、クビナの放った弾丸をいとも容易く受け止め、俺自身の身を守った。
「ふ~ぅ……流石流石。やるねぇ、クビナ? ……ってか、こんなところで「王子さん」って呼ばねぇでくれる? 正体隠してる意味ねぇじゃん?」
「はんっ、そいつァ悪かったな? どうやら、あんたは肩慣らしにもなりゃしねぇ他の連中とは違うらしい。攻め方を変える必要がありそうだ」
言ったクビナは、魔導二輪車から大きく後方へと飛び降りた。
攻め方を変える、か……。元々、クビナの持つ魔道具は銃だ。もしかしたら、銃撃戦の方が彼には向いているのかもしれない。
あるいは変成魔法使いらしく、別の武器に作り変えるつもりなのか……いずれにしても彼を前にして気を抜くことは許されない。
「変成——魔導機砲バイクーダπ‼」
魔導二輪車を中心に描かれた魔法陣が、クビナお得意の術を行使する。機械的な動作で次々と分解されていくそれは、瞬く間にそれまでの二輪車としての姿を手放した。
逆再生を辿るかの如く再び一つに寄り集まり、そこに組み上げられていくのは、全長二メートルはあろうかと言う無骨で巨大な大砲だったらしい。
「へ、へ~っ……お次は大砲かよ。これまた物騒なことで」
……うん? ちょ、ちょっと待てよ?
クビナの魔道具、バイクーダとやらには基本形態の銃から先、ギリシア文字で番号が振られているみたいだが、
「……って、一体どんだけ形態チェンジできんの、お宅の魔道具⁉ πって結構後半っしょ、ギリシア文字の⁉」
「ふっ、俺の相棒はαからωまで、全二十四形態を持っていやがる。そして、ここから先はこいつ、魔導機砲バイクーダπ……か、χで相手させてもらうぜ?」
「何それ、どんだけバリエーション豊富なの⁉ そして、何気に今言い直したろ⁉ πからχに言い直したろ、俺が気付かねぇとでも思った⁉」
「……き、気のせいだ」
いや、絶対気のせいじゃないよな?
と言うか、どうでもいいが、πからχって結構飛んだなァ……。ρ、Σ、τ……うん、六つも飛んでるんだが? 自分の魔道具の名前を間違えるか、普通?
「気ぃ付けな、泰然? 俺の相棒の中でも魔導機砲バイクーダχはとびっきりの大飯喰らいでな? 俺のすべてのマナを喰い尽くし、一撃の下に何もかもを灰塵へと変えちまう。一撃必殺の狂戦士よ?」
「なっ⁉ す、すべてのマナァア⁉」
その言葉に俺は戦慄を覚えずにはいられなかった。
だって、クビナのマナの総量は、エドラ曰く「軽く王宮を消し飛ばせるレベル」だそうなんだもん。それはまあ、恐怖を感じても仕方ないだろう?
「ちょちょ、ちょっと待て⁉ お宅程のマナの持ち主がそんな物ここでぶっ放したら、俺だけじゃねぇ⁉ コロシアム崩壊し兼ねねぇんだが⁉ もも、もちろん手加減は……」
「ふっ、手加減には二通りある。敵を侮るが故に手を抜く愚か者の行為と、圧倒的な力を有するが故、全力を尽くすことを躊躇われるそれだ。……だが、俺の辞書に手加減なんて文字はねぇ‼」
「ねぇのかよ、やたら具体的な説明しといて⁉ そして、できれば後者で頼んます、今は⁉」
だ、駄目だ。クビナの奴、まったく止まる気なさそうだよ。
マナを蓄えているのか、砲口がどこまでも煌々と真っ赤な光を放ち始める程だもん。そして、それは見る見る内に色濃く、そして大砲その物よりも余程巨大になっていく程だもん。
「ちょ、ちょっと何よ、あれ⁉」
「やや、ヤベェ……ヤベェだろ、こりゃ⁉」
「お、おいっ、止まるな、さっさと逃げろ⁉」
俺の中の焦燥と同じ物を、勘のいい観客達も抱き始めたらしい。射程上の観客の中には、慌てふためき一早く自分の席を離れていく者達の姿が。また、そんな彼ら彼女らに触発されて、その他の観客までもがパニックになり始めていた。
……しかし、結果としてクビナの操る大砲による被害はゼロに終わることに。
「ヴァアォオオオオ‼」
「っっ⁉ お、おいおいっ、何よ、この雄叫び⁉」
「ほ、ほう……こいつァまた」
何故なら、そう……それ以上に荒々しく容赦のない脅威が大地を大きく震撼させ、ゆっくりと歩み寄って来たからだ。