第5話
不機嫌になって少しテンションが下がったソルティとは対照的に、鼓膜がバカになりそうなほど観客たちは盛り上がっている。
つられて興奮した声を上げるチーザ。
「あぁ! あれ絶対痛いです!」
アカトが先程のお返しと言わんばかりに、相手のチェイサーを数度殴りつけた。その光景は大型車がクラッシュ事故を起こしたようにも見え、あれでは搭乗者の負担は相当に思う。チェイサーはやや不時着気味に得点サークル外に落ちた。
「どうしてキャリブレしなかったのでしょう?」
「ハーベストさん。キーパーの守りを開ける訳にはいかないからですよ」
眼鏡を直しながら得意げに語るクロワの言う通り、複数を投入して敵の落下位置を補正する落下矯正の連携攻撃は諸刃の剣。高得点を狙えるが数を賭けた分、脇が甘くなる。それを分かっている発言だった。
「だな。誘われてんのにわざわざやる奴はいねーよ!」
以前対戦で引っ掛かったことを未だ根に持っているのか、顎を掌に乗せソルティがぼやく。
「ですよね! ウチでも誘いだって分かりました」
「ぐぎっ……」
チーザが同意したことで、逆にソルティは言葉に詰まっている。多少いい気味だと思いつつ、キャリブレに参加することの少ないハーベストへ補足を行う。
「殴られているときにフォローする余裕が無かったのも事実だが、その理由を言え、ハーベスト」
質問内容を口の中で小さく反復した後、ハーベストが答える。
「余裕が無いのはキーパーを包囲するのに数をかけているからで、派手にやられることで敢えてルアーとし、お互いに気付いているからこそキャリブレを仕掛けなかった……でしょうか?」
確信を持ち、戦況へと目を輝かせているハーベストに返事は不要だろう。相手を誘う行為の総称をルアーと呼ぶが、今回のは特に手本だった。
その証拠にフォーメーションが崩れておらず、双方のチーム統制は健在だ。互いに警戒して距離を取り、ブースターから紡がれる飛行機雲は、時間の経ったソフトクリームのように風に溶ける。
そこでソルティが意外そうな顔をした。
「お? アカトのヤツ、ラインを仕掛けたな」
「縦ですね……」
「ウチ、あれを仕掛けられるの苦手です」
ハーベストとチーザは、苦手な戦術だと返す。
会場の視線が釘付けになる縦ライン。3機以上の編成で縦並びで行動することをそう呼び、敵へ左右どちらに展開するのかを強要する。
「私は今がベストだと思いますね」
「同感だ」
劣勢だからこそ、相手に受動的な判断を迫るのは有効な手段。受けに回るバックスならではの視点で分析したクロワの意見は正しい。
「あぁ! ウチ、どっちを観ればいいんですか?」
どっちも、と答えたいところだが、サッカー場を幾らか大きくした広さの競技フィールドで、左右に分断された両方を視界に納めるのは難しい。
モービルギアには手狭でも、これ以上広いと目で追えないし、あくまで観客ありきなセブンスカイズ。密度や体感としてはサッカーの約7倍の迫力があり、「ハイライト映像が目の前で繰り広げられるみたい」と好評だった。
「プロミネンスのキーパーを観ろ」
「了解です! 先輩!」
注目点のアドバイスに元気な返事をするチーザ。
実際、分断された側よりも分断させた側のキーパーがどのように狙われるかを観ておく方が、チェイサーには学びが大きい。
後輩たちは、自身のポジションでどう動くかを盗もうとして観始めたのか、急に静かになった。脳内では高速シミュレーションが行われているのかも知れない。
《ゴーーーール!》
実況の絶叫アナウンスが響き、激しさを増した観客の声で会場が文字通り揺れる。
蜂の戦いのように空中で数度火花を散らした後、僅かに均衡が崩れたかと思ったら、そのまま鮮やかなキャリブレーションを展開して青サークルへ叩き込んでいた。
ゴールシーンに短く嘆息したクロワ。
「フッ。これでプロミネンス側は苦しくなりましたね」
「あんな電光石火のキャリブレ決められたら仕方ねーよ! 切り替えが大事だぜ!」
熱くなっているのか、やたらとアカト寄りな擁護をするソルティ。
白熱した試合の熱気に包まれて、手元のビールが汗をかいているし、それを握る手にも力が入る展開だ。
さらにイカロス側へ状況は傾く。
制御を失い、ブースターの光を瞬かせるモービルギア。無数の射撃で電飾ピンボールの如く弾かれ、得点サークルへと堕ちた。同時に金属質な異音が腹の奥底まで轟く。
チーザが心配そうにその様子へと体を震わせた。
「あれって大丈夫でしょうか?」
「レギュレーションは守られているんだ。問題ない。ただ、数日はグロッキーだろうな」
そう伝えるも、この場で一人だけ共感できていないハーベストの、「どのくらいの衝撃でしょうか?」という質問に、上手い例えが思いつかずソルティへ目配せをした。
「ハーベスト、こん前キャリブレ決められた時、お前気絶してただろ?」
「はい……始まりだしてすぐに」
「体鍛えろ。ったく……で、3トントラックがビルの屋上から落下した衝撃くらいだ。わかんだろ?」
ソルティの説明に「特殊すぎですよ」とハーベストは眉を顰めながら返しているが、妥当な例えだと思う。
サイズや重量、高さに関しても的を得ているし、衝撃も等しい。モービルギアの強固な装甲が守ってくれて、優秀な対衝撃スーツがあるとはいえ、生身には耐え難い。
緊張が緩んだのか、軽いおふざけをしていたチーザとクロワをまとめて叱る。
「お前ら、コントやってないで次の展開を観ろ」
残り時間も少なく、離脱する機体が出てきたことにより試合は加速を始めた。
数の均衡が崩れ、イカロスのアタッカー4機による猛攻が始まり、ビーム射撃の雨がアカト率いるプロミネンスのキーパーへと降り注ぐ。選手や観客含め、キーパーへと視線が集まる中、地に触れるほどの低空を駆ける赤い機影。吹き抜ける暴風、芝生たちのヘッドバンキングが巻き起こる。そうしてアカト機は敵アタッカーの背後へ躍り出て、強襲を仕掛けた。
「あれってこの間の先輩の動きですよね!」
ダイナミックな展開に会場が沸く。割れんばかりの歓声に負けないよう、チーザは大声をあげていた。
「ナックとの違いは決めきれねーことだな。へっ、だせぇ~!」
「え? でも、決めちゃいそうですよ?」
「あれは変則の最少失点の貢献です」
ソルティは悪態をついてそっぽを向き、ハーベストの問いにクロワが分析を返す。この会場の盛り上がりでは声が消されてしまうため、語りたそうなクロワにそのまま任せてみることにした。
「エースアタッカーであるアカトさんに、相手のアタッカーを止めなければならない状況を作った時点でほぼ決まっています。死角の使い方に優れたイカロスが気付かない訳が無い」
一呼吸おき、眼鏡を直して続けるクロワ。
「ド派手なアカトさんの戦いに目を奪われがちですが、ただでさえ数が減っているのに、アタッカーとアタッカーで潰し合っているんです。エースの時間を奪っているというのがより正確でしょうか」
クロワの解説を聴いて、大笑いをするソルティ。何も言わないのはケチの付け所がないからで、楽しそうなのはクロワの成長が喜ばしいからだろう。
奇襲を用いても仕留めるのに時間がかかっていたアカト。どうにか敵アタッカーを沈めたときには、プロミネンス側もアタッカーを堕とされ、イカロス優勢で試合の残り時間まで少なくなってきた。
「イカロスのキーパーは格闘戦も強いんですね。さっきので撃墜ランキングもアカトさんに並びましたよ」
「ハーベスト、あのキーパーの技量は真似するには特殊だ」
「ナックの言う通りだぜ? キーパーが積極的に殴りにいくなんて、ネジぶっ飛んでるからな! ボルト締めとけっての!」
だったら何でハーベストに格闘方面の調整をさせたのか。という不満を、既に温くなっているビールと一緒に飲み込む。
「それはそうだが、キーパーだけではあれだけ格闘で簡単に優位を作れんぞ。イカロスは何が違うと思う?」
押し黙って考え込むハーベストとクロワ。その脇から、元気良く挙手するチーザ。
「はい! あのバックスのグレネードの使い方です!」
意外な正解者に、思わずソルティと目を見合わせてしまった。
「正解だ。正直、驚いたぞ」
「……クッ!」
気付けなかった悔しさからか、クロワが震える手で何度も眼鏡を直している。
観客席からそれに気付くのは実際大したものだ。
前半では魅せ方を支配していたが、それに対応し始めた時には音のコントロールを始めた。今もグレネードによる大輪の花が咲き乱れ、ドス黒い黒煙がフィールドの上空に漂う。
ようやく気付いたクロワが、爪を嚙みつつ高速で独り言を繰り返していく。
「背後で爆発音が聞こえれば冷静でいられない。その上、フィールドの反響具合も利用して距離感を狂わせる位置とタイミングで使っている。なんて芸術作品なんだ……信じられない」
当てもせず、視界にもいれない。クロワは怖れを感じたのか、肩を震わせている。
《ゴルゴルゴーーール!!》
実況の声と共に一気に3機が堕ちた。いよいよ最終局面へと移る。
傾いた天秤の針は振り切れて、プロミネンスは完全に防戦一方。集団ダウンの際に1つは返したとはいえ、局面は厳しい。逃げるキーパーを守るのは、アカトの真っ赤な機体のみ。
高速チェイスから伸びる雲がグレネードの起こす風でふわりと散っていく。逃げ惑うキーパーから広がる柔らかい雲は、まるで姫君のスカートのよう。赤い騎士が障壁として立ちはだかるも、野獣どもが欲望をむき出しにして追い続ける。
「意地みせろや! アカトォォ!」
観客たちも固唾を飲んで決着を見守る中、ソルティの声援がその静寂を切り裂く。しかし、それも虚しくタイムアップとなり、イカロスの勝利が確定。決着を会場が割れんばかりの歓声で包んだ。
周囲とは対照的に、暗い表情で項垂れたクロワ。
「今のままでは……勝てません」