第4話
観客たちが大歓声をあげ、まるで地鳴りのようになっている。
「先輩! 凄い人気カードですね」
「僕、イカロスの試合みるの初めてです」
《イカロス》と《プロミネンス》のビッグマッチ。
上位の中でも特に人気チーム同士で、そのチケットは目玉が飛び出てしまう金額だ。
「おぅ、お前ら! チケットが手に入ったことに感謝しろよ!」
「お前が言うな、ソルティ」
チーム《プロミネンス》のリーダーであるアカトから人数分のチケットを貰ったので、下見がてら観戦にきている。
「えーっと、両チームのフォーメーションは……」
勉強熱心なハーベストが端末を操作して情報を閲覧し始めた。
「アカトさんのとこは模擬戦の時と同じで、イカロスは……アタッカー4機?」
・プロミネンス
(3-0-3-1)
・イカロス
(4-1-1-1)
相変わらずアカトのチームは、チェイサーなしの強気な編成。連携で部分的な数的不利に陥っても、蹴散らせる自信がなければ取れないだろう。
対するイカロスのいささかアグレッシブな編成を、ハーベストが戸惑い気味の声で問う。
「これってやられる前にやるって編成でしょうか?」
「あ? セブンスカイズはそんなに甘くねーぞ?」
何故かソルティが答えたが、意見には頷く。初見の後輩たちには学びの方が多いはずだ。
「ハーベストとクロワは良く観ておけ。トップチームのキーパーとバックスの動きは参考になるぞ」
アタッカーの数が多いということは、逆を返せば守りのテクニックにそれだけの自信があるという現れ。実際、あのキーパーはナンバーワンの呼び声も高い。
「今からとても楽しみです」
「私が観る価値のある動きをして欲しいものですね」
期待に声が弾むハーベストと、その隣で澄まして呟くクロワ。
眼鏡が印象的なクロワは、射撃が特に優秀なため、BD、通称バックスを務めている。腕前の自信からか天狗になっているところもあるので、イカロスのバックスの動きは参考になるだろう。
観客のボルテージも最高潮に達し、実況がカウントダウンを始めた。
《3、2、1……Break the sky!!》
一斉に14機のモービルギアが空を駆け巡る。ブースターの光が帯を引き、空を焼いた音と共に雲の筋が伸びていく。
チーム《プロミネンス》のリーダーでエースであるアカトの機体のカラーリングは赤。派手で豪快な動きを魅せるアカトはとにかく目立つ。
「フッ。模擬戦でも思いましたが、アカトさんはもう少し射撃の練習をした方が良いでしょう。あれでは当たりませんよ?」
クロワは的外れな見解を述べた。どう諭すべきかを考えていたら、代わりにハーベストが指摘を始める。
「クロワさん、違いますよ。こっちには行くなよって脅しで撃っているんですよ」
「あ、ウチもそう思った!」
目を輝かせたチーザも追従し、クロワは押し黙ってしまう。
ここはフォローしておくか。
「常に有効な訳ではないが、開始直後は効果的だ。クロワ、あの一見無駄に見える牽制射撃はどういう意図か答えろ」
顎に拳を当ててしばし思案するクロワ。
考えが纏まったのか、眼鏡を直しながら口を開く。
「様子見段階の相手に対し、位置取りを射撃ポイント以外に散らせるため……でしょうね」
「正解だ」
開始直後であれば、まだお互いの出方を伺っていることが多く、射撃ポイントへわざわざ移動する奴もいない。
「敵の心理を利用した戦術で、チェイサーがいないアカトのチームでは初動の流れが重要だ」
「あ、じゃあ射撃ポイントに向かって突っ込めば?」
突飛な発想をするチーザの頭を軽く小突く。
「馬鹿。くだらないことを考えるより、どういった動きを取られるのが嫌で、ああしたポイントに撃っているかをチェイサーのお前は観ろ」
「す、すみません」
そのやり取りの間にも目まぐるしく戦局は変わる。双方のアタッカーがキーパーへと肉薄する状況になり、接近を防ぐべくミサイルポッドも多用され始めた。爆発が織りなす音や光に観客たちは酔いしれ、酒を片手に様々な声が飛び交う。
そんな中、チーザが「わかった!」と大きな声をあげた。
「敵の速攻を防ぐためなんだ! そうでしょう? 先輩!」
急に立ち上がったチーザに、座るよう諭しつつも叱る。
「正解だが、辿り着くのが遅すぎる。攻めが苛烈化してから気付くのでは話にならん」
「あぅ……」
よほど自信があったのか、それをへし折られてみるみると萎んでしまった。
視線を下げたチーザにやるべきことを促しておく。
「しょげる暇があったらしっかりと観ろ」
対照的にハーベストは注意深く観ている。
アカト率いるアタッカーが3つの流星となって敵のキーパーへと殺到するも、危なげなく捌いているイカロスのキーパーの立ち回りは、まるで絵を描くような動き。同じポジションであるハーベストは特に衝撃が強いだろう。
機体制御、射撃技術、位置取り、連携の崩し方。それら全てを高次元で備えているし、最強スペックのモービルギアで演武の如く軽やかに舞う操縦を魅せ、性能を余すところなく発揮していた。
スラスターを使いこなす光景に、ハーベストの溜め息が漏れる。
「凄いな……ああいう使い方があったなんて」
レッグホルスター型のパワースラスターを駆使して、さながら縦の高速スラロームを空に描く。それにより、直線的な速度で上回っているアカトたちアタッカーが、3機がかりでも捕まえきれずにいた。
「アカトのヤツ、焦ってねーか?」
ソルティが言うように、アカトが攻めきれず、味方のキーパーを気にしているのか僅かに反応が遅れ、相手バックスのグレネードランチャーを被弾する回数が増えてきた。被弾し過ぎたせいか、ブースターの光が不規則に明滅し、スラスターの噴射もどこかぎこちない。
「先輩、どうしてアカトさんは決めきれないんですか?」
「ちゃんと全体を観ろ、チーザ」
14機が高さを広く使い、空を駆け回る競技フィールドは、こうして観戦する形で無いと中々俯瞰して捉えることは難しく、各機体を目で追うのも困難。
「点ではなく、線や面で捉えろと何度も教えただろう」
アドバイスを与えただけで、後輩たちも気が付いたらしく、目付きが変わる。
不規則な軌道を描くブースターの光。それを星座みたいに線で繋ぐと、景色は一変する。
「あのバックスの人……凄い」
「クッ! 銃の腕は私の方が上ですが、全体への貢献はマシなようですし、ここは評価を改めましょう」
ハーベストは素直な感嘆を口にし、クロワは頬をヒクつかせて強がりと思える分析を述べていた。
無数に変化し続ける動きから紡がれる線と面。歪んだ形になることが多いプロミネンスと、理想的なイカロス。1機の攻撃を起点とした連携が、美しさを保っている。
「分かりました! バックスが射撃でサポートしてるんですよね?」
「んなもん誰だってわかんだろ? そんで、どうサポートしてんのか分かったか? チーザにクロワ」
チーザの問いかけを、被せ気味に叱るソルティ。センスの良いハーベストは気付いているようだし、敢えて名を呼ばなかったのだろう。
「分かりません! 教えて下さいソルティ先輩!」
元気よく挙手をして答えるチーザと、何やら考え込んで小声をブツブツと繰り返すクロワ。ソルティは二人を無視し、観戦に夢中なハーベストへ声をかける。
「ハーベスト、お前が教えてやれ!」
勘の良いハーベストは、これが並列思考のテストも兼ねていると気付き、観ている試合からは目を離さずに答えた。
「見え方をコントロール……いえ、支配しています。それを理解した上でのチームの連動が秀逸です」
「……ハッ! そうか! そうなのですね」
やや遅れてクロワも気付いたみたいだが、約1名、キョトンとしている後輩のために解説を行う。
「射撃や爆発を敢えて相手の視界にいれることで、意識的な死角を作る動きだ。分かるか?」
「え、えーっと……」
少し苦い顔でチーザへ向き直り、丁寧に言葉を重ねる。
「お前が眼球を左側に寄せた時、右側はどう見える?」
「ぼんやりします!」
「そういうことだ」
チーザの頭の上にポンっと軽く手を乗せ、視線を試合へ戻させた。
「崩れない、凄いな」
「模擬戦でも感じましたが、プロミネンスはタイマンに長けていて崩しにくいですね」
ハーベストの呟き。
顔の前で指を組み、眉間に皺を寄せながら返していたクロワへ追加情報を伝える。
「それだけでなく、数的不利でも跳ね返せなければチェイサーなしのチーム編成は採れない」
「でも限界だろ? そろそろ動くぜ」
ここまでは個人の技量で持ちこたえていたが、ソルティの言う通り、点が動く頃合いだ。
「あぁ! 撃墜されちゃいましたよ!」
痛いものでも見るかのように体を強張らせたチーザ。
「いえ、違います。あれはブロックダウンです」
「そうだ。良く気付いたな」
クロワが訂正した最少失点の貢献の言葉通りに、得点サークルは避けたので1失点で済んだし、このエキシビジョンマッチは機体が無事なら、休めば戦線復帰もできる。
「どうしてすぐに復帰しないのですか?」
ハーベストの質問に皆が固まる。キーパーが特殊なこともあって、撃墜経験が少ない若手ゆえの視点。
……天然とも言えるが。
「モービルギアは持つが、生身の体はそうもいかん。特に落下は、胃や脳がシェイクされる」
「そうですよハーちゃん! ウチもよく撃墜されるけど地獄ですよ! あんなにグレネードまみれにされたら中はサウナです!」
「ありゃ、中はこんがりハンバーグだな。耐熱スーツを着てても3キロは痩せる。メットの汗臭さを我慢すれば、ダイエットに最適だぜ!」
チーザとソルティが共感する様子に「まずは墜落を減らして欲しい」と考えていたら、思わず喉の奥がククッと鳴った。
「何笑ってるんですか、先輩?」
「あ? 言いたいことがあるなら言えよ?」