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第3話

「あ、先輩、おはようございます!」

「日も登らないうちから熱心だな」


 ソルティとは半ば喧嘩別れになった後、上手く眠れないこともあって早めにガレージへとやってきたら、そこには既にチーザの姿があった。


「いつまでもへこんでられないですよ。ウチも成長しないと! 調整見て貰ってもいいですか?」

「あぁ」


 年齢が若いからか切り替えも早いようだ。ゴーグルを外しながらボサボサの黒髪を手櫛しつつ、こちらへと駆け寄ってきた。

 それを手で制して、イエローのカラーリングが印象的なMC(ミドルチェイサー)機の元へと足を運ぶ。漂う油の香りから、夜通し作業をしていたことが伺えた。


「気持ちは分かるが、根を詰めすぎるのも良くない。忘れろとは言わん。大いに気にした上で休め」

「それ……先輩にだけは言われたくないです」


 チーザは両手でスパナをギュッと握りしめ、バックパック部に登っているこちらへと抗議の目を向ける。


「どういう意味だ?」

「ずっとソルティ先輩と一騎打ちをしてましたよね? ウチ、ここで調整を続けていたから知ってます」

「……そうか」


 昨夜、ソルティから追及された後、「性根を叩きなおしてやる」と、日付が変わる頃まで一騎打ちの相手をさせられた。このガレージからでも演習フィールドはギリギリ見えるし、ひょっとしたら音も届いていたのかも知れない。


「先輩……処分って噂は本当なんですか?」


 どこかで耳にしたのだろう。どうやらチーザは、廃棄の件を聞いたらしい。


「それは完全に忘れろ」


 そう声を発した瞬間、表情を急変させたチーザが叫ぶ。


「い、嫌です!」


 夜明け前の静かなガレージの吹き抜けに、モービルギアからの振動音も裂くようなチーザの悲鳴が響く。驚いてそちらを見やれば、そのコバルトブルーの瞳からは大粒の涙が幾つも零れていた。


「ウチ、ウチ……先輩がいなくなるのは嫌です!」


 ゲノム編集をされ、人造的に生み出された一世代前の強化兵士たち。戦争の残滓とも言える兵士たちの中で勇名を馳せ、最強と評されたこともある。

 しかし、非人道的だと非難された強化兵士たちは、政府から戦争の汚物と忌み嫌われる存在だ。民衆が声を上げるほどに、それを隠そうとする政治家たちが躍起になるのだから、世界は「皮肉と欺瞞に満ちている」のだと思う。


「仕方のないことだ」

「何か方法は無いんですか!」


 そう問われ、昨夜のソルティとのやり取りを思い出す。

 ソルティも、不条理に抗うべく様々な案を語っていた。


「……と、あまり現実的では無いし、そこまでして救う価値など俺には無い」

「大ありですよ! ならやったりますよ! トーナメントで優勝を!」


 ソルティの案に拳を突き上げて賛同するチーザ。

 確かに、トーナメントで優勝すれば知名度があがるので、如何に政府といえど簡単には処分できなくなるだろう。廃棄が待っているだけの状況からは、脱却できるかも知れない。


「無駄だ。それよりも自分のことを考えろ」


 口から出たのはそんな言葉だった。

 延命したからといって何が残るというのだ?

 諦観めいた思いだけが強くなる。早いか遅いかの違いでしかない。

 その程度のことはジュニアスクールでも分かりそうなのに、チーザはこれみよがしに食い下がってきた。


「先輩に憧れてウチ、モービルギアに乗ったんです。両親を助けてくれた時のことが忘れられなくて」

「……たまたま作戦行動の先に居ただけだ」

「それでもです! ウチ、本当に感謝してるんです……」


 古い話を持ち出してきたチーザの眼差しが痛く感じたので、視線をチーザが乗るMC(ミドルチェイサー)の機体へと戻す。点検を続けていると問題点にはすぐ気付いた。


「フレームカバーが熱で歪んでいるぞ。これではスラスターとの連動に支障をきたす。もう一度ちゃんと確認をしておけ」


 それを聞くとチーザは小柄な体で軽やかにモービルギアを登り、バックパック部を一緒に覗き込んできた。頬が触れるほどの至近、リップグロスの塗られた口元が勝手に視界へ入り、その艶のある唇が動く。


「こんなちょっとのことを気にするのって先輩くらいですよ?」

「そんなことはない。戦場では……チッ」


 今では戦争も終わり、平和な世の中になって随分経つというのに、どうしても感覚が抜けない。自分自身への苛立ちから舌打ちが漏れる。

 頭を振って様々な感情を振り落とし、改めて口を開いた。


「これではロールスラスターを使ったときに反応がコンマ5秒遅れる。その影響を述べてみろ」


 当時の感覚が忘れられないからだろうか。それともソルティが言う通り、逃げているからだろうか。つい教官風に説教をしてしまう。

 ふと隣を見ると、真剣な顔で患部を覗き込んでいたチーザもこちらを見てきた。そして、心なしかいつもより凛々しい表情をして声を出す。


「コンマ5秒あればビームを叩き込まれる可能性があり、着弾時のノックバックが次の被弾に繋がる。チェイサーの強みは機動力だ。最初の被弾を如何に避けるかを考えろ。……ですよね先輩!」

「それは誰のモノマネだ?」


 視線を反らしたチーザは「さぁ? 誰でしょう?」と素知らぬ顔で誤魔化している。ソルティの要らぬ影響がこんなところにも出ているみたいだ。

 一先ずアドバイスはしたので、後は本人に任せるべきだろう。

 調子に乗っているチーザの頭を軽く小突き、ガレージを後にする。元気の良いチーザのお礼の声が外まで響き渡り、照れくささもあって背中越しに手を振るだけにしておいた。


─────────────────────


 ガレージを離れて共同洗浄区画へと向かい、眠気覚ましに熱めのシャワーを浴びる。湯気で視界が覆われる中、ソルティからの提案を改めて思い返す。


「俺に価値なんて無いだろう」


 漏れた独り言はシャワーの音がかき消してくれた。

 兵器として生み出された存在に、平和の時代を生きる価値があるのだろうか。

 そうした思いを抱えたまま、ずっと生にしがみついてきた。

 だが、娯楽と成り果てたモービルギアに乗っても熱が戻ってこない。だからチームサポートに徹し、若手の育成にも力を入れてきた。なのに、戦場での姿を知る連中からは、逃げているとの言葉だけが続く。

 多くの命を奪ってきた過去。当然、奪われる覚悟も出来ている。政府が決めた廃棄にも従うつもりであったのに、まるでそれが間違っているかのような言い草だ。

 纏わりつく湯気を押しのける溜め息。


「俺にどうしろって言うんだよ」


 激情のままに壁を殴り、シャワールーム内には強い振動と鈍い音が響いていく。ジンジンとした痛みを右拳に感じるが気の済むまで繰り返す。

 部屋の中は全開にした熱湯の栓。肌を流れる温水は、冷え切った心が邪魔をして何も感じられない。湯気たちが見られたくない顔を隠し、感情を流してくれない豪雨は、濁流となって消えていく。途切れることの無い雨音と壁を打つ音だけが続いた。


─────────────────────


 シャワーを終えた後は、軽めの朝食を済ませ、共用のリフレッシュルームへと足を運んでいた。シャワーでもあまり眠気が取れず、珈琲を飲みながら今も欠伸を噛み殺している。


「ナックさん、寝不足ですか?」


 背後からそう問われて首だけで見やると、食堂用トレーを抱えたハーベストが仕草と目配せだけで隣に座りたい意思を伝えてきた。それを一瞥した後、隣に侵食させていたタオルやゴーグルなどを手元に引き寄せてOKを示す。

 ハーベストは載せている物が少ないトレーを置きながら隣に座り、こちらの珈琲を見ては眉を顰めていた。


「カフェインの摂りすぎは体に毒ですよ。あ、このあと整備の相談に乗って貰っていいですか?」

「それは構わんが、たったそれ一個で足りるのか?」


 ハーベストは「大丈夫です」と返事をして、小さなスコーン一つにたっぷりの蜂蜜とクロテッドクリームをかけて食べ始める。甘いものが苦手な身としては、味を想像しただけでも胸やけがしそうだ。

 食べているところをあまり視界に入れないようにしつつ、ハーベストから転送された機体データや調整プランを確認していくも、目を通すほどに頭痛がこみ上げてくる。


「……口を出したのはソルティだな?」


 ハーベストはオレンジ色の瞳を輝かせ、柏手を打って驚きを示す。それから顔を綻ばせて意見を求めてきた。


「ナックさん、凄いですね。正解です。磁石コンビと言われるだけはありますよ。今回、格闘性能に特化してみたんですけどどうですか?」


 頭の悪い調整方針に目眩がする。

 競技セブンスカイズで最重要のSK(セーフキーパー)が殴りにいってどうするのか。ソルティは後で数回殴っておくべきだろう。

 明らかに褒め言葉を期待し、そわそわしている様子のハーベストに構わず、整備の指示を出す。


「レッグホルスター以外はセオリー通りに戻せ」

「え? ソルティさんには勝ち越したんですけど、ダメなんですか?」


 少し目を丸くするハーベスト。

 レギュレーション上で最高のスペックが許されているキーパーは、格闘も確かに強く、ハーベストにはそれを乗り熟せるだけの技量もある。だが、堕とされたら3倍の得点を与えてしまうキーパーが前線に出て殴りに向かうなど、リスク度外視すぎて付き合っていられない。

 目が合ったことで不機嫌さが伝わったのか、ハーベストは体を縮こまらせて不安を吐露する。


「僕、足についてるパワースラスターを使うの苦手で……」

「ハーベストなら数日練習すれば問題ないだろう。好き嫌いは良くないぞ」


 席を離れ、ドリンクコーナーから持って来たリットルサイズのプロテインをハーベストの目の前に落とす。受け取られなくて素通りを果たし、降り立ったテーブルには強めの衝撃が走る。


「ちょっと! やめてくださいよナックさん。僕、プロテイン嫌いなんですけど!」

「ダメだ。ハーベストに最も不足しているのはG負担に耐えられる体づくりだ。いいから飲め」


 ハーベストからの苦情には取り合わず、それだけを言い残して立ち去った。

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