第22話
各自、暫しの仮眠を取った後に控室入りを果たし、夜明けの時と打って変わり、緊張感の漂う戦士の表情をしている。
普段の緩い雰囲気はどこにもなく、集中が高まっている様子が見て取れた。
口数少ない控室には秒針の音だけが響き、スタッフの大声がその静寂を破る。
「時間です!」
無言で立ち上がり、控室を出てハンガーへ進むと、続く仲間たちの足音も吹き抜け内に反響し始めた。
気負っているのかも知れない。足音は普段よりも少し固く聞こえる。
ハンガーで先ず目に飛び込んだのは緑を基調としたSKのハーベスト機。
隣には薄めの水色、BDのクロワ機が並ぶ。
茶色と黄色の暖色系で纏まったMCのウェハー機、チーザ機と続く。
最後にFA。
キャメル機の淡い桃色は、彼女の髪にささるカチューシャを思わせる。
口やかましい暴言王、ソルティ機は夜の静けさを模した濃い紺色。
足を止め、振り返ると頷く仲間たち。モービルギアへ乗り込んでいく姿にかつての仲間を想起した。
救えなかった笑顔や声が鮮明に蘇り、暫しの間、動けなくなってしまう。
「どうしたナック?」
「何でもない」
様々な思いを振り払い、銀の輝きを放つ愛機の脚部を軽く二度叩き、コクピットへ乗り込んだ。
計器類が動き始め、各部の駆動音が徐々に高くなっていき、振動がシートを揺らす。
全体へ血を巡らせるかの如く、ネオンラインが光を放ち、重い体躯を起こしていく。
「今日もよろしく。相棒」
腹の底に響く重低音たちを引き連れて、フィールドから差し込む光を目指し暗い通路を進む。
外が近づくほどに強く思う。
墓標を刻むのなら空がいい。かつての仲間たちが散ったように。どこかの処分場ではなく、空に。
そうした思いを胸に、決勝の舞台に着いた。
「まだ青いな……空も俺も」
『あ? 何か言ったかナック? ギャラリーどもがうるさすぎて小声じゃ聞こえねーぞ?』
競技フィールドでは、モービルギアが奏でる音も仲間たちの音声も届かないほどに、歓声が沸き起こっている。
《ルシファーは、(2-1-3-1)の編成です!》
実況のアナウンスや機体紹介も、今日は聞こえにくい。
フィールドのさらに上空では花火が打ちあがり、カラースモークを炊いた演習生たちのモービルギアが色とりどりの雲で絵を描いていて、地上では興奮した観客たちが悲鳴に近い声を張り上げている。
それに負けないよう必死に叫ぶ実況。
《さぁ! 途切れない連覇、もはや生ける伝説、黒雷の入場です!!》
漆黒の機体が悠然と現れた。
これまでの相手とは次元の異なるプレッシャー。
《対するエクリプスのリーダーの死神も戦場では勇名を馳せ、当時は最強と呼ばれていたそうです!》
観客を盛り上げるために色々と調べたのだろう。
実況が、古い記録を引っ張り出しては語っている。
ソルティはその内容に大爆笑していた。
『おい、ナック! お前とっくに終わった人扱いになってんぞ? 今日も負けた風なこと言われてるけど未来にいきすぎじゃね? カカカッ!』
「うるさいぞ暴言王。集中が途切れる、黙れ」
恥ずかしい話題も多く、さっさと打ち切りたくて言葉を急いだ。
『ナックさん、私は貴方と共に戦えることを誇りに思います』
『あたいは、選手になってからの逸話が好き』
しかし、仲間たちは知らないエピソードも多かったようで、褒め言葉が相次ぐ。
嬉しさを噛みしめつつ、咳ばらいをして緊張を取り戻す。
ようやく実況の長い語りも終焉を迎えた。
《黒雷と死神のどちらが勝ち星を掴むのか? 大注目の一戦です!》
実況をBGMに、アイビスへプライベート通信を入れてみるも無視されている。言葉ではなく拳で語れということなのだろう。
「あぁ、存分に語ろうか」
『は? 突然何言ってんだ、ナック? もう勝利者インタビューの内容でも考えてたのか? 気が速すぎだろ!』
センチな気分が過ぎたのか、心で思ったことが独り言で零れた。
仲間たちは、即座に反応したソルティがそう考えていたことを察し、囃し立ててご機嫌を取っている。
「そうか。ソルティ菌に感染したのかも知れん。お前も今日のインタビューはほどほどにしておけよ。それよりそろそろ気合いを入れろ」
後は開始の合図を待つだけ。
「チームエクリプス、日食の時間だ」
『了解!!』
《全てが決まる一戦! 3、2、1……Break the sky!!》
モービルギアが一斉に動き出し、ブースターが風を薙ぐ音が木霊していく。
開幕は無難に行くかと思いきや、何故かソルティが地表スレスレを飛んで中央から急襲。
あまりの定石外れの行動に、観客も選手も思考が一時停止をしていた。
『何やってる! ついてこい! セオリーを守るな! 今日は総攻めにしろ! 穴があったらいつでも突っ込めよ!』
ソルティの大声で冷静な思考を取り戻し、やや暴走気味のソルティを追って飛翔する。
地表付近ではブースターからの衝撃で芝生が一瞬で波打つのが見え、体感としても普段より速く感じる。
敵機を追う上昇に合わせて、シート側へ強烈に引っ張られる感覚を堪える。
加重の負担に顔を歪めながら黒雷機を見やれば、困惑したのか逃げの一手を打っていた。
加速して前に出るキャメル。
『あたいに任せて!』
キャメル、チーザ、ハーベスト機は前のめり気味だが、それも功を奏して格闘で敵を捉えるところまで追い込んだ。
戦闘の流れを見て得心がいった。
地表に落ちれば失点になる競技において、なるべく高度を維持するのがセオリー。それを無視し、敢えて双方の逃げる余白にギャップを作ることによって、思考を追う者と追われる者に限定させた。
呆れ半分で目を細める。
「思いついても普通やらないだろ……」
『あ? 何か言ったか?』
騒ぐソルティを他所に、キャメルが敵バックス機と高速チェイスの螺旋を紡ぎ、無数の激突と衝撃波を撒き散らしていく。
敵が逃げる方向はチーザの進路妨害や、クロワの援護射撃で阻止を続け、最後にキャメルのすれ違い様の飛び膝蹴りが炸裂、敵バックス機を完全に仕留めた。
しかし、そう仕向けられた感もある。
落下矯正の連携攻撃まではさせて貰えず、点は取れたがオーバーヒート懸念を背負う。
前方を飛ぶソルティ機からも火花が出ている。
「一先ずブースターを休ませ……」
『まだだ! 守んなっつってんだろーが!』
窘めるどころか率先してソルティが切り込み、全速力で追走をヒートアップさせていく。
理解が出来ない。
例えるならば、マラソン大会で開幕スプリントをして、先頭に立った状態からさらに続けていく行為。最後まで持つ訳が無い。
『いいんだよ! リスクも採算も度外視で! その方が考える奴には利くんだよ!』
理由を聞き、ソルティとの模擬戦では意味不明な思考を押し付けられることを思い出す。
恐らく黒雷も混乱し、考える程に思考のループから抜け出せなくなるだろう。
『ナック! 合わせろ!』
「了解」
フィールドを反時計回りに逃げる敵バックス機をソルティと二人で追い込んでいく。
チーザとウェハーが敵キーパー機を追い回しているのも利き、こちらまではフォローできない状況を維持していた。
この間に堕とすしかない。
前方に捉える蒼色の敵機は、上下に激しくスラロームを続け、追う方にもアップダウンによる負荷を強いる。
堕ちる感覚、シートに引っ張られる圧迫感、頂点の浮遊感、それらが内臓と気分を蝕みながら断続的に襲う。
蒼い敵機をフィールドバリア側に追い込み、逃亡スペースを潰す。敵はフィールド中央側へ逃げを図るも、既にクロワが銃を構えていた。
『フッ、中央に逃げるとは』
クロワが射撃で敵の足を一瞬鈍らせたのを見計らい、ソルティと共にフルブーストで肉薄していく。
「充分だ」
『オラオラァ! 一時停車禁止だぜ!』
敵機へ迫るほどにカメラに大きく映り、そのデティールまでハッキリと見えた。
逃げ遅れた敵機のバックパック部に殴打を叩き込み、グリップから伝わる反動の衝撃を力でねじ伏せる。
間髪入れずソルティもタックルの追撃を行い、敵の体勢は完全に崩れた。
「全機、キャリブレ」
『あいよ!』
眼前にビームが殺到し、さながら空の高速ビリヤードが展開される。稲妻のようなビーム音を引き連れて墜落の轟音が鳴り響いた。
実況のゴールコールが耳にうるさい中、不満げな声も届く。
『んだよ。青かよ! もちょい急いでキツキツに振ればイケたんじゃね?』
「過ぎたことを言うなソルティ。切り替えろ」
実際、あと少しで赤だっただけに悔やまれる。
得点よりもオーバーヒートのリスクを大きく上げたことが懸念材料だ。
仲間たちからも自己申告が相次ぎ、若干のペースダウンは避けられなくなった。
そして、息切れを待っていたと言わんばかりに、逆転を狙う黒雷と敵アタッカー陣からハーベストは強襲を受ける。
高高度で逃げ回るも、3機同時は如何にハーベストでも厳しい。マイクロミサイル群は割り切って被弾しているようだが、被弾時の軽いノックバック含め、あわや格闘戦という局面が増えた。
『クロワさん!』
『分かっています!』
ハーベストがクロワの方へ飛び、機体を交差させて追走する敵一機の前に立ちはだかる。
典型的な最少失点の貢献の形。
しかし、二人は全く諦めていなかった。
クロワは、殴りに来た敵にビーム射撃をお見舞いし、スラスターで半身ずらしつつショルダータックルの形で衝突。離れ際に追加ショットを叩き込んで、相手だけを錐揉み回転させる荒業をやってのける。
ブロックダウンどころか、クロワの機転と技で切り抜け、蹴りも追加するハーベスト。
赤サークルへ堕とそうとしたところに黒雷が割って入り、青サークル止まりだったが成果は大きい。
「よく凌いだ。各機、冷ませたな?」
『おう! 土産にドライアイスまで付けれるぜ!』
───全チーム紹介
隊長:ナック(死神)
編成:(3-2-1-1)
色彩:銀紺桃-茶黄-水-緑
紹介:異名持ちが4人もいる稀なチーム。ファンも徐々についてきているが、「6人しか名前を思い出せない」と言われており、誰か一人が忘れられている模様。磁石コンビの攻め、全てを撃ち落すバックス、新時代の殴るキーパーと見どころが多いチーム。
・イカロス
隊長:モンド(死蝶)
編成:(4-1-1-1)
色彩:紅白青黒-緑-紫-金
紹介:アタッカー4枚で人気があり、キーパーにはNo.1と呼び名の高い死蝶がいる。競技選手の間では、ルーラーと呼ばれるバックスが最も厄介という認識で一致している。だが、マニアックすぎて一般ファンには受けが悪い。
・ウォッチャー
隊長:フジタ(エースキラー)
編成:(2-2-2-1)
色彩:梅橙-緑黄-土碧-杏
紹介:驚異的な落下矯正の連携攻撃の練度を誇り、相手のウィークポイントを徹底的についてくるチーム。点を取ったら、即座に守りに入るので客からは不人気。
・ヴァルキリー
隊長:メリー(夢幻)
編成:(1-4-1-1)
色彩:緋-茜翠藤桜-藍-銀
紹介:3回戦でエクリプスと対戦したが、本編ではカットされてしまった悲しいチーム。メンバー全員が女性ということで有名。男性ファンからの人気が高いので、アタッカーが少なくても叩かれてはいない。
・プロミネンス
隊長:アカト(彗星)
編成:(3-0-3-1)
色彩:赤緑栗-0-灰褐桃-葵
紹介:チェイサー不在の稀な編成で、個人戦を得意としている。特に隊長のアカトは、3機同時に相手をしても互角に立ち回れる強さがある。圧勝するかボロ負けするかがハッキリしていて、ファンからの人気は高い。
・ルシファー
隊長:アイビス(黒雷)
編成:(3-1-2-1)
色彩:茶朱-黒-紫蒼青-白
紹介:最強と評される黒雷が主軸のチーム。全てを読み切る黒雷の緻密な動きは、「未来予知」とも言われ、その芸術的な戦闘に魅せられるファンは多い。