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第21話

 和気藹々とした賑やかな食事の後、宿舎へ戻り、シャワーを終えての珈琲タイム。

 キャメルから貰ったシャンプーで洗った髪は、ラベンダーの仄かな香りが漂う。水分を拭き落しつつ手櫛で感触を確かめ、春の頃に比べて伸びた銀の前髪を軽く摘まんだ。


「終わったら切りにいかないとな」


 そう呟き、火傷しそうな珈琲を啜る。すると、秘匿通信を示すルームホンのランプに、色が灯るのが目に入った。


「誰だ?」

『やぁ、死神ナック。私と取引をしないか?』


 連絡先が割れている相手で、且つ、秘匿通信を使いそうな心当たりを探る。


「用件を聞こう」

『明日の試合。もし、私に負けたなら、楽園作りをもう一度私と目指さないか?』


 懐かしい語り草に目を細めた。


「……いつまでも夢見がちだな、アイビスは」

『鎌をどこかに落とした死神は視力が悪いのか?』


 現実が見えていないとの皮肉には、忸怩たる思いを抱く。


「かも知れん」

『今一度、返答を聞かせてくれ』


 これまでの道のりに血の数滴が落ちた所で、結果は変わらないとも思う。しかし、再び手を染める気にはならなかった。


「馬鹿げている。何度聞かれても同じだ」


 アイビスは、以前から強化兵士が害されることの無い生存圏を作ろうと藻掻いていた。いずれ政府が理解してくれるなど『お花畑の論理』と、こちらを痛烈に批判してきたこともある。それでもアイビスが出した結論には賛同できない。


『同胞を救いたくないのか?』

「救いたいさ。だが、そのために虐殺をするのは救いがないと思うが?」


 強化兵士製造に関わった政府関係者を皆殺しにするプランは、何度でも没だ。

 暫しの静寂が流れた後、通信の向こう側で物が散乱する音が聞こえ出す。


『だからセブンスカイズに生かされ続けるというのか? あんなもの、巨大鳥かごに捉えられた見世物(ショウ)だ! レギュレーションという鳥かごに嵌められて飛べなくなった死神が! 今更遅いんだよ!』


 豹変して荒ぶっていくアイビス。

 声を聞いていると居たたまれない気持ちになった。

 苦悩が、多くの時を重ねて培われたことが、同じ強化兵士として手に取るように解ってしまうから。


「俺は……お前も救いたい」

『ハッ! そんなジョーク、笑えないね。ナックには殺すことでしか救済なんか出来ない。いいか? 明日の試合、私が勝って私の正しさを証明してやる!』


 本心が届かないほど遠くへ行ってしまったアイビス。

 やはり、モービルギアと空でしか語り合えないのか。


「いいだろう。受けて立つ……黒雷」


 異名を口にしたのを最後に、通信は切られた。

 消えた通話中ランプを眺めながら、温くなった珈琲を口に含む。いつも以上に苦さだけが口の中に残り、渋い顔をしたまま眉間に拳を当てる。


「もう少しマシな言い方は無かったか?」


 シャワー後でほんのり温かいはずの肌も、心の底も、凍てつくように寒い。

 アイビスの思考速度は常人のおよそ百倍。

 千年の時の海がアイビスを溺れさせて、惑わせて、狂わせてしまったのか。孤独な航海を続けたアイビスに、寄り添うことは叶わないのだろうか。


「俺たちは……とっくに壊れていたからな」


 殺すときの知覚速度まで引き伸ばされて、心が壊れてしまった兵器たちのことなんて、政府には理解できないのだろう。

 速すぎるアイビスに誰も追い付けないのだ。


「眠れそうにないな」


 アイビスの嘆きというカフェインを摂取した今は、ベッドで横になる気分でもない。

 諦めて作業服へと袖を通し、壁へ掛けかけてあったゴーグルを手に取った。

 道すがら思考を巡らせていく。


「結局、ソルティ理論に行きつくのか」


 分からず屋には、殴って分からせる。

 その理論と言う名の暴力に、何度頬を差し出す羽目になったことか。けれど、一見何も考えていないそれこそが、旅の果てに辿り着く境地かも知れない。

 そう思い始めた頃、共同ガレージに着いた。


「こんな時間に明かりが?」


 青錆の匂いがするシャッターをくぐると、夜の帳を照らす星たちが明るい声で迎えてくれた。

 整備の手を止めてこちらへ手を振るチーザと、両手を腰に当てて胸を張るハーベスト。


「あ! 先輩もやっぱりきた!」

「フッフッフ。賭けは僕らの勝ちですね!」


 項垂れる丸眼鏡のクロワの背を、キャメルが軽く叩いて励ましている。


「真面目なナックさんが夜更かしをするなんて……」

「あたいも……自己管理にうるさい人だからてっきり……」


 賭けに参加していなかったと思われるソルティは、作業もせず、コクピット内で踏ん反り返っている。

 決勝を前にして眠れなかった皆は、一人、また一人とガレージに集まっていた。


「ウェハーまで来たのか」

「そんなとこでコッソリ覗いていないでこっちに来てください!」


 遅れてきたウェハーを、チーザがグイグイとガレージ内へ引き込んでいる。


「全く、お前らは……」


 色々と言いたいことはあるが、勝とうとする熱に水を差す真似はしたくない。

 皆から頼まれて、各自の調整を確認し、決戦に向けて必要なアドバイスをしていく。

 それぞれが本格的に作業に入ったので、愛機(ランツ)の元へと向かった。

 ひんやりとする銀色の脚部を二度叩き、いつもの挨拶をする。

 作業用クリーパーのキャスター部にグリスを差していたら、チーザやハーベストがすぐ近くにきてしゃがみ込んだ。


「先輩。ここで見学しててもいいですか?」

「僕も見たいです」


 希望者が多い。こちらを気にして遠目にチラチラ見ているクロワも、許可の前なのに背面部を観察し始めたキャメルもいる。


「好きにしろ」


 そう言葉を残し、クリーパーをスライドさせて脚部の下へと潜り込む。眼前には重い銀の鉄蹄が広がっていて、その足一つ取っても巨大なことを再認識し、トルクレンチを手にとった。

 激戦続きだったので、細かい所は歪んでいる。

 傷だらけのランツの体を労わり、丁寧な調整をしていく。

 刻まれた傷は勲章。歪んだ形は戦い抜いた証。

 トーナメントで廃棄が回避できる出来ないに関わらず、ランツには長く飛んで欲しい。そうした願いを込めて、優しく調整を繰り返す。

 微調整を済ませ、軽く肘で汗を拭うとべったりと工業用油が頭や髪についた。

 混ざった匂いに顔を顰め、工具キットを回収しつつクリーパーをスライドさせて戻る。


「何か顔についているか?」

「ランツ、先輩に愛されてますね!」


 クリーパーから体を起こし、チーザからタオルを受け取る。

 チーザが振り向いて手招きをすると、笑顔のキャメルとハーベストが歩み寄ってきた。


「あたいは、ナックさんがメンテしているだけで嬉しいし、あぁ、いつものガレージだなって思う」

「あ、それ僕もです。ナックさんが調整をしている間はソルティさんが大人しいから助かっていますね!」


 軽くディスられたソルティは先程からスパナで装甲を叩き、抗議のドラムを奏でている。ハーベストは慌ててキャメルの背後に隠れていた。

 タオルを首にかけ、短く嘆息する。


「いつものも何も……共同施設だぞ?」


 トップリーグに上がれば、専用ガレージが与えられる。いつまでも共同ガレージに馴染んでいる場合ではない。

 穏やかな表情のチーザが、隣からこちらの肩へ頭を預けてきた。


「ここに先輩がいないとしっくりこないんです」


 キャメルたちも「わかる」と声を弾ませている。

 いつの間にか近くにきていたクロワが眼鏡を直し、愛機(ランツ)が吊るされたハーネスを見上げた。


「私も思っています。この3Aハーネスがナックさんの特等席だと。……是非、来年も居て下さい」


 しんみりした空気を元気なハーベストが吹き飛ばす。


「ソルティさんがうるさいので、来年と言わずずっといてくださいね!」

「おいコラ、待てや! ハーベスト! 今、降りるからそこにいろ!」


 明日、嫌というほどチェイスを興じるのに、ソルティとハーベストは鬼ごっこを始めた。

 二人の馬鹿なやりとりにククッと喉奥を鳴らす。

 去年までは「たとえ居なくなってでも」と考えていた。だが、ここに必要だと訴える仲間がいてくれて、一人じゃないと実感する。


「お前ら外に集合しろやぁ!」


 感傷に浸る暇もなく、忙しないソルティからの号令がかかり、外へと足を向けた。

 空が白み始め、フィールドから流れてくる風が秋を運んでくる。

 ふと、ソルティの方を見やると、僅かに顔を覗かせている太陽を背に、皆も横一列に並んでいた。

 一瞬怪訝に思うと、ソルティが拳を天高く掲げ、皆もそれに倣い、影たちが朝日を包む。


「宣誓! 俺たちチームエクリプスは、今日の勝利をナックに捧げると誓うぜ!」

「絶対勝ちましょうね! 先輩!」

「再び明日を見て下さい。私たちが支えますよ」

「あたいも守る」

「今、まさにライジングな僕にお任せください!」

「あいよ!」


 太陽を拳で隠す、チームお決まりのポーズだ。

 輝く姿には、眩しすぎて涙が出てくる。


「あぁ、必ず共に帰ってこよう」


 そうして約束を交わし、試合の準備に向けて歩みを進める。

 欠伸を噛み殺して周囲を見渡せば、朝食の話題で弾むような声が溢れている。

 微笑ましく感じていたら、ソルティが肩を組んで小声で話しかけてきた。


「……もし負けたら俺も一緒に逃げてやる」


 逃亡、幇助も処分対象だ。


「ずっと狙われるぞ?」


 瞳だけで横を向くと、翡翠色の瞳には本気の色が浮かんでいた。


「あぁ、いいぜ。地獄まで引っ付いていってもいい」


 続く言葉は知っている。散々コンビだと言われて来たのだから。

 皆の背との距離が少しできるまで沈黙が続いた。


「相変わらずだな。知ってるか? 強い熱を加えると磁力は失われるぞ?」


 ソルティは威嚇でもする笑顔を向けてくる。


「あ? 俺とナックの磁力はそんな弱っちくねーよ! 太陽にくべても変わらないし、ブラックホールでも引き剥がせねーし!」


 空を見上げながら言い切られてしまう。


「ビッグマウスが過ぎないか?」

「関係ねーよ! 実行して結果を伴わせるだけだ。今までだってそうして来ただろ?」

「……まぁな」


 感謝を伝えたいと思ったが、恥ずかしくて言葉には出来なかった。



───機体紹介(ハーベスト)

・機体名:タート/カラーリング:ライムグリーン

・ポジション:SK(セーフキーパー)(セーフキーパー)

・異名:ライジングサン

・機体名の由来:チーム入団当時、圧の強いソルティのことを苦手としていて、「そんなに苦手なら俺のイニシャルを消すぞ?」と勝手に修正された経緯。本来は始まりの意で、スタートにしたかったと本人は言っている。

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ラベンダーの香りのシャンプー、口ぶりでは「事実としてキャメルから貰った」だけのようでいて、わざわざそれを思考するあたり色々想像しちゃいますw こういうの、ハードボイルドの醍醐味だなぁ……。 黒雷とも…
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