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第20話

『二人とも遅いですね! 僕がキーパーを狩っちゃいましたよ! 天才キーパーですからね! ハッハッハ!』


 正直、驚いている。

 周りのサポートが一切無い状況下でハーベストは、敵キーパーを格闘で下し、さらには自分一人で射撃を行って追加ゴールまで決めた。


『ハーちゃん、凄すぎ! 天才だよ!』

『ナックさんのお株を奪う潜伏だった。誇っていい』

『射撃もお見事でした。まぁ、私なら赤を取れていましたが……』


 仲間から飛び交う賞賛の嵐。

 全ての話題を掻っ攫われてしまった身としては立つ瀬がなく、すぐには声が出て来ない。


『おやおやぁ? お二人からは褒め言葉も遅いですよ。僕は褒められて伸びるタイプですから、是非、褒めて下さい!』


 案外、殴るキーパーは新しい風になるのかも知れない。

 そんな未来の到来を予感し、ソルティと二人でハーベストを褒めた。


『確かにクッソ目立ってたぜ! お昇りサン!』

「全くだ。お昇りサンには敵わないな」


 ハーベストから悲鳴にも似た絶叫が発せられる。


『ちょっとちょっと! お二人とも! ライジングサンです! 間違えないで下さいよ!』


 ハーベストの苦情をチームの笑い声が迎え、合間に聞こえる実況は、新しいスーパースターの誕生と騒いでいる。

 今日は強敵プロミネンスを相手に、完全撃破パーフェクトを決めた記念すべき試合になった。


─────────────────────


「傷は癒えたか?」


 そう言葉を切ってモニタールームの中を見回す。

 全員が静かに頷いていた。


「では、対ルシファー戦のブリーフィングを始める」


 トーナメント中は打撲や捻挫といった怪我が相次いでいたが、決勝は万全の状態で挑めるようにとの主催者側の配慮があり、数週間の休養を経て回復。

 季節は既に秋に入り、異音の声をあげて奮闘していた古参エアコンも、今年の役目を終えていた。


「この映像、僕何度も観ましたよ」

「あ! ウチもウチも!」


 大型モニターに映しているのは、昨年のトーナメント決勝で記憶に新しい。


「ご存知の通り、ルシファーは連覇が途絶えたことの無い常勝チームだ。その中核を成すのが……」


 モニターに漆黒の機体がアップで映された際、一時停止をした。セブンスカイズの選手でその異名を知らない者はいない。


「空の覇者と評されることも多い、黒雷(こくらい)だ」


 黒雷の解説を始めたはいいが、弱点が無さ過ぎて嫌になる。

 一段落したところで皆の方へ向き直り、微かに冷たいテーブルに両手をつき、体重を僅かばかり預けた。

 ふと視界に入ったクロワが、眼鏡の奥で目を細めている。


「こうして映像を改めて確認すると、至る所に黒雷は顔を出しています」

「チェイサーだからな」


 まだ何か主張したいことがあるようなので相槌で先を促した。


「常に動き続けているセブンスカイズとは言え、これほど1つの機体が攻守の全てに関わるなど可能なのでしょうか?」

「あー! わかるー! レギュレーション違反じゃないかってことだよね? ウチ、何度も疑ったもん」


 すかさずチーザが続く。

 MC(ミドルチェイサー)の機動力は全ポジションの中で最も高く、遮蔽物が存在せず、動き続けなければならないこの競技において有利になる。

 しかし、レギュレーションにより格闘性能、武器積載量、装甲などは制限も多い。だから、違反を疑いたくなるのも理解はできる。

 会話の流れに苛立ちを覗かせたソルティが足を組み直した。


「んな訳ねーだろーが! 本戦トーナメントのチェックだぞ?」

「ソルティの言う通りだ。違反は無い。その辺りも説明しよう」


 機動力と引き換えに熱負荷を多く抱えるチェイサーは、フルブーストを使うタイミング、そのための位置取りこそが重要となる。

 黒雷は高次元のレベルでそれを完成させ、格闘においてもスラスターの使い方が上手い。

 モニターを見上げながら眼鏡を直すクロワ。


「パイロットの安全マージンのため全ての武器の威力に制限を設けた結果、装甲の耐久値を活かした格闘こそが最大威力を有するのは皮肉ですね」

「クロワの言うように耐久値がそのまま格闘での攻撃力に直結している訳だ」

「では、何故この威力に?」


 ハーベストの疑問は最もだ。

 訳知り顔で指を鳴らすソルティ。


「あれだ! 残弾シュリンクだろ?」

「それも一つ」


 黒雷は装備をかなりシェイプアップし、独特なチューニングを施している。

 極端に弾数を節約したセットアップになっており、必要最低限で済ませているのは明白。外部パーツは全てパワースラスターとなっており、明らかに遠距離は捨てていた。


「でも、こんなに遠距離でも貢献してるのに……」


 ハーベストが映像のビームの刺し合いに言及。けたたましく鳴り響くビーム音、その応酬、それが遠距離でも主張を続けていた。


「黒雷の強さの秘密は、驚異的な思考の速さだ」


 質問が相次いだので、ゆっくり説明するべく映像の音声をオフにする。


「まず、チーザ。こうやって試合映像を分析、研究する場合、お前ならどうする?」

「えっと……な、何度も繰り返しスロー(・・・)で観て」

「だからそれだ」


 第二世代の数少ない成功例でもある黒雷。

 政府は、思考速度を向上させるべく強化兵士の脳をいじったが、ほとんどが壊れてしまい使い物にならなくなった。

 クロワの呟きを耳が拾う。


「凄い能力ですね。羨ましいかと」

「そうか?」


 羨望の念には共感できない。不快に感じてしまい思わず顔を背けた。

 部屋の隅に視線を落とし、握る拳に思わず力が入る。

 歪む心を救うのは聞き慣れた親友の声。


「ナックはその能力の失敗例だもんな! でも安心しろよ。俺が一人にはしねぇから!」


 ソルティの助け舟に安堵し、表情を戻す。

 他の皆には気付かれなかっただろうか。

 黒雷のそれに比べたら遥かに劣る性能であっても、この能力は孤独との戦いだ。物事の体感スピードが異なることで、戦争が終わったあとの無為の時間を長く味わっている。

 完成品である黒雷の体感であれば、千年を超えるかも知れない。


「他者を羨むよりも、超えることに頭を使え。これより黒雷対策を伝える」


 そうして、考えられうる対策の全てを語った。実戦でどの程度使えるかは未知数ではある。


「えーっと、これだとソルティさん頼りの戦法に見えますけど……先輩! 正気ですか?」

「おう! 頼れ頼れ! って、チーザ! それはどういう意味だ? あ?」


 チーザの意見を皮切りに、様々な戦術が飛び交い、その全てにソルティが噛みつき始めた。

 そこへキャメルが小さく挙手をする。


「ナックさんが立てた作戦だから意味があると思う。あたいにはさっぱり理解できないけど」

「そうだな。俺にもさっぱり理解できないからな」

「ど、どどど、どういうことですか? 先輩!」


 全員の視線が集中する。納得のいく説明を求めているようだ。


「説明しよう」


 具体的なところを語るほど、皆の理解は深まっていき、逆にソルティは不機嫌になっていく。語り終える頃には、ブスッとした表情で不満感を隠すことすらしなくなったソルティ。


「先輩! この作戦いけますよ!」

「そうか?」

「論理性が無いのに、ここまで説得力があるとは……脱帽です、ナックさん」

「僕もこの『ソルティさんが意味不明』作戦を支持します!」


 強烈な音がモニタールームへ響き渡る。

 ソルティが足を机の上に投げ出した音だ。


「俺はナックにそんなふうに思われていたのか? すげーショックなんだけど?」

「褒めているんだが?」


 皆からも、褒めているとの賛同が相次ぐ。でも、ソルティは、そのことに本気で少し凹んでいる。

 作戦としては、基本的に自分自身を攻略するならばの観点で詰めた。思考速度タイプの強化兵士として共通する部分が多いのならば、そこに糸口があると思う。

 そうして出した結論がソルティをぶつけること。

 黒雷は思考が早い。尋常ではなく。逆を返せば何も考えないことが難しいことも指している。

 戦争でソルティとつるみ始めた頃から常々思っていたことだが、ソルティは、論理性がなく、勘という不確かなものだけを信じていて、言動が理解不能だ。磁石コンビと呼ばれて長いが、ソルティの戦闘中の組み立てを理解できたことは少ない。

 しかし、何故かソルティはこちらに合わせてくる。

 これが意味するところは、黒雷から見ても意味不明な行動でありながら、黒雷の動きを先回りできるのでは無いかという理論。


「お前ら……酷くねぇーか?」


 見るからに肩を落としたソルティが呟いた。


「え! どこか酷かったですか?」

「大丈夫ですよ。ソルティさん、平常運転です」

「フッ……」


 当然だ。賛同者など居る訳がない。

 本気で、「酷いのはお前の普段の言動だ」と言いたいのを堪えた。

 様子を伺っていたキャメルが不安を吐露する。


「作戦は理解できたけど、あたいらがソルティさんに合わせることが難しいね」

「キャメル、何を言っている? この宇宙でソルティに合わせられるのは、エクリプスのメンバー以外存在しないぞ?」


 そう確信している。このチームだから立てた作戦だ。


「今の皆がいるから立てられた訳で、他のメンバーだったらとっくにボツにしている。リスキーすぎるからな」


 きちんと言葉にして伝えたら、何故か全員が赤面して、言葉を失っている。

 暫く待っても反応が変わらず、所在が無くて後頭部をかいていた。

 ようやく時を動かすセリフが、ソルティから発せられる。


「ハンッ! そこの鈍感野郎は、無自覚発言を本当に理解できてねーみたいだぜ? お前ら、気合いは入ったか?」


 全員の返事が揃っていたので、気合いが入ったのは確かだ。

 キザなことを言ったつもりもなく、素直な気持ちだったが、以後、注意しようと心に決めた。


「よっし、終わりだな! お前らメシ食いに行くぞ! 奢ってやる!」

「一先ず、焦げている肉以外でお願いします」

「僕、お寿司がいいです」


 切り替えの早い皆は部屋を出ていく。


「お? じゃあローリングスターにいくか!」

「えー、ウチ、回転しないお寿司がいい」


 チームの笑顔が灯ったところで、部屋の明かりを消した。



───基本戦術解説

 基本的には中央を避けて、外周を周回する動きがセオリーとなっている。足は速いが小回りは悪いFA(フロントアタッカー)は外周をトップスピードで回るのに不向きなため、加速時は少し内側に切り込む動きとなりやすく、それが起点となって乱戦や格闘戦が発生しやすい。そのため、観客もスポンサーもFA(フロントアタッカー)多めの編成を望んでいる。

 グレネードやマイクロミサイルで敵のオーバーヒートを誘発する流れを作り、逃げる際の加速を絞った相手を狙っていく流れが多い。

 ビームの足止め効果は非常に高く、ヒットしたときは1発で1~2mは動かされる。単純にグレネードだけでは当たらないが、ビームのノックバックと絡めて攻めていくのが一般的。

 マイクロミサイルポッドからは十数発のマイクロミサイルが飛び出るため、全弾回避するのは至難となっており、攻守の両方で嫌がらせとして最適。

 グレネードは熱上昇が最も高いため、直撃を受けるとすぐにトップスピードを連発するのが危険な温度になる。また、空中で爆発させられるので、そこを爆発中は通れない領域として疑似的に設定する際にも利用される。ノックバックも最も大きく、3~4mとなっている。


 落下矯正の連携攻撃(キャリブレーション)について。

 撃墜した際の落下中の敵機に追撃を行い、得点サークルへ落下位置を補正する連携攻撃。

 着弾が速いビームを使うのが一般的で、得意とするチームは6発以上叩き込むこともある。6発が約10mの補正距離となるので巧さの基準や指標に使われることが多い。また、最長補正距離は過去にウォッチャーが叩き出した19mとなっている。

 なお、射手の位置取りが重要となる。

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