第1話
《Break the sky!!》
日の出を少し過ぎた、薄暗さの残る朝に試合開始の宣言が鳴り響く。
競技セブンスカイズは開始の合図に「Break the sky」という言葉を使う。協賛企業のブースターの見本市でもあるこの競技では、地上に落ちることがペナルティとなり、相手の得点に繋がる。そうして制空権を奪い合う訳だが「相手の空を叩き割って大地へぶち落とせ」という意味合いでもその宣言が用いられていた。
競技フィールド。
半径69mの何もない空が舞台で、地表には得点サークルと呼ばれるゾーンが存在する。得点サークルの色は、赤、黄、青となっていて、最も高い4点の赤サークルへ敵を撃墜するのが戦略の軸となる。
『先輩! 絶対に勝ちましょうね!』
「勝負に絶対は無い。それよりもポジションにつけ」
遮る物が存在しない、空というスケートリンク。
競技が始まると動き続けなければならず、立ち止まることは集中砲火されることと同義だ。
経験の浅い後輩が、無邪気に近寄ってきたのを離れるよう指示しつつ、相手の編成を観察する。
「相変わらず強気だな」
敵の編成(3-0-3-1)を見て思わず独り言が漏れた。
こちらは一般的な編成(3-2-1-1)を採用している。
ポジションの表記はFA、MC、BD、SKの順に並ぶ。
7機しかいない中で半数近くがアタッカーを務めるのは、これがスポンサーありきのエンターテイメントの競技だからだ。
観客は玄人好みの展開よりも、派手でアグレッシブな試合を求めており、アタッカーを増やすのが通例となっている。
『ナック! 合わせろよ!』
「……ったく。尻拭いはしなくても良いんじゃなかったのか?」
『あ? 何か言ったか?』
ソルティの文句に「なんでもない」と返し、後方を飛行してフォローに入った。
飛び交う無数のビーム音と、ブースターの駆動音に鼓膜が持っていかれそうになりながら、フィールドを縦横無尽に翔けまわる。7vs7の合計14機が織りなす飛行機雲は、空に描かれるアートと言えた。
風圧の振動でコクピットは小刻みに揺れ、ブレるカメラにアカト機を捉え続ける。
そして、アカトとのチェイスは激しさを増していった。
『二人がかりで、なんとまぁ。前に後ろに、俺も愛されているな! にしてもお前ら相変わらずの磁石かよ!』
敵のアカトからは皮肉交じりの音声が飛んでくる。
今日は模擬戦なこともあって、敵味方でも通信回線を開いていて色々と敵にも筒抜けだった。
距離が詰まったことにより、牽制射撃と急速旋回が増える。機影と放たれるビームが視界へ頻繁に出入りし、戦闘音は振動となってグリップ越しに伝わってきた。
動き続けるセブンスカイズにおいて、外周付近を旋回運動する渦巻の動きがセオリー。中央付近は全ての敵から狙われる危険地帯のため、外寄りで対応できる距離感を保つのが常識である。
「よせ、深追いするなソルティ。このままでは隊列が伸びすぎてフォーメーションが崩れる」
『そん前にアカトを堕とせばいいんだよ!』
誘うようにひらひらと牽制射撃を躱し、アカトは旋回飛行の輪を広げていく。逆にソルティは直線的に猛追、誘いに乗った上で粉砕するつもりのようだ。
後衛との距離が離れ、おのずと彼等の戦闘音も遠のいていく。
敵が折り返して前衛後衛をひっくり返すこともままあるので、隊列が離れすぎると反回転に対処できない。
『先輩! キーパーが狙われています!』
「……だろうな。いま援護に回る」
ソルティなら一人でも何とかする。そう決めつけ、敵にも情報が漏れるのを避けるべく、ソルティには何も伝えず立ち去る。
『指示を下さい! どうすればいいですか?』
後輩からの要請に舌打ちが出そうになるのをグッと堪える。今の通信で敵にこちらの練度がバレただろうし、これを逆手に取ることを考えるべきだ。
「キーパーを牽制射撃で狙ってくるのは当然だ。それに乗じた接近を許すな。リードショットを厚くしつつ、敵の射線を切れ」
『了解!!』
敢えて教科書のお手本のような指示を出した。その餌に食いつくのをじっと待つ。
瞬刻の後に敵の動きに変化が現れ、心の声を上げながらグリップを強く掴んだ。
死角に潜みつつ、芝生が肉眼で見える程の地面スレスレを飛び、敵の足元を通過して背後を取る。
そこから急上昇のG負担に歯を食いしばり、敵に迫っていく。
『何だと!』
『いつの間に!』
肉薄してバックパック部を殴りつけ、姿勢制御を乱した機体に蹴りも叩き込んでおいた。
そこへアカトからの強めの叱責が飛ぶ。
『お前ら、狼狽えるんじゃねぇ! まんまとナックの野郎に嵌められやがって!』
アカトは、「教科書戦術、射撃戦誘導、視界活用の動き」と、自慢げにご高説を垂れてくれた。
『たったあれだけの指示で、そこまで……』
『凄いです先輩! 一生ついていきます!』
敵味方の通信が入り乱れ、会話は混迷を深めていくがアカトの指摘は概ね正しい。
こちらは経験不足の若手が多く、敵は猛者揃いゆえに上手くハマった。オープン回線で情報が駄々洩れの中で指示を仰ぐ程だ。指示を出せば、盲目的に守ろうとする。教科書に載るような戦術は対策も研究されていて、現状の位置取りとしては敢えて射線を切らせ、SKではなく、それを守る機体から撃墜を狙う。地表に堕とされるとペナルティがあるこの競技では、被弾しても立て直せる高度を保つのが基本であるため、敵味方の射線の関係で視線は自ずと上空へと集まる。地を這うように迫れば、一度きりの奇襲の完成。
アカトの見解へ一つ補足をするならば、断続的に続く射撃音で愛機のブースターの音を隠す狙いもあった。
『あ? “元”最強のナック様をなめんじゃねーよアカト! 加えて音のカモフラージュもあるぜ!』
『おっと、読み落としたな。サンキュー、ソルティ!』
仲間にも手の内を晒す馬鹿が居たのを思い出し、苦い顔のついでに喉奥をククっと鳴らす。
『お前らも有難く聴けよ? で、“元”最強のナックさんなら次はどう動くんだ? 恥ずかしがって隠してないで晒せよ! どうせ模擬戦なんだから若い奴らを成長させるためにも、な!』
「まったく、様だの、さんだの、せわしないな。確かに本戦では無いし、回線同様に手札もオープンでいくか」
ソルティの言にも一理あることを認め、経験を積ませる意味でもレクチャー気味に音声を飛ばす。
「知っての通り、キーパーを狙うのは定石だ。よって敵味方のキーパーを常に視界に入れる動きになる。だが、逆を返せば敵もそう動くし、局所集中すると視野が狭まる……」
定められたレギュレーションでは、最強の機体性能を誇るポジション、SK。
強さの代わりに得点が3倍となるそのポジションは、最も狙われるし、戦略の要にもなる。キーパー相手に最高得点を叩き込んだなら一挙12点、それだけで試合終了。
だから互いの逃げるキーパーを追い、二つのチームがフィールド上に大渦を描いていく。
通常はある程度の縦幅をもった竜巻状に展開されるが、高めに布陣するキーパーへ射線を切る動きをすれば、敵味方ともに高めに位置取ることになる。
「すると、視線が上がり気味になるのは分かるな?」
『はい! 先輩!』
『うっす!』
打てば響く素直さは長所。
何故か敵からも返事が来たが、気にせず続ける。
「射線を切る動きをする場合は、相手にどう見られているかを常に意識しろ。見え方は敵から実地で学べ」
そう言葉を切って、お手本はこうだと言わんばかりに率先してスタンダードな動きを見せていった。
モービルギアの旋回飛行をベースに、軌道を予測させないよう、不規則な上昇下降を加えてリード射撃対策を行う。
『ナックたちだけにいい顔させんな! 圧を高めろ!』
両チームのビームランチャーからカラフルなビームが飛び交う。エンターテイメント性が重視される競技の都合もあり、レーザーライティングショーさながらの多種多様な色が目にうるさい。
空気を焼くようなビーム音があちらこちらから響くことで僅かに方向感覚を狂わせる。
『先輩! 被弾しました!』
後輩はスラスターを細かく噴射させ、制御を取り戻して戦線へ復帰しようとするも集中砲火に晒されていた。
『わぁぁ! まわるー! 堕ちるー!』
パニックを起こす後輩。
実際の戦場と異なり、遮蔽物が一切無いセブンスカイズは、射撃戦の考え方の根本から変えなければならない。
「落ち着いて立て直せ」
最低限のアドバイスを伝え、敵のクロスファイアポイントをずらすべく、牽制射撃をしかけていく。しかし、他の味方が連動してくれず、中々思うように立て直せない。
苦しい展開に汗が吹き出し、ヘルメット内は汗の匂いで蒸せ、熱くなった頭とは逆に背中は冷えていった。
さらに味方の技術不足を突かれ始め、完全にフォーメーションが崩れ出したことで、ソルティが孤立している。援護を出してやりたいが、こちらも全く余裕が無かった。
『終わったら1ポンドステーキ奢りな!』
「……勝ったらな」
この状況でもソルティは不敵な声で軽口を叩いていて、頭の中では既に肉汁が舞っているのだろう。頼もしいと思うよりも、その能天気さには呆れるが、今は助かる。
『もう限界です!』
「オーバーヒートか?」
ケアをしようにも、劣勢続きでフル稼働のブースターからは悲鳴が聞こえてきそうでこちらも動けない。
『貰ったぁー!』
手をこまねいていたら、味方が背後を取られバックパックを強打されて姿勢制御を失っている。まずいと思った矢先には敵の連携が完成しつつあった。
敵リーダーのアカトから競技スラングを使った指示が飛ぶ。
『全機、キャリブレーション!』
『キャリブレ開始!!』