第18話
手負いのはずのアカト。
チームリーダーの意地があるのか、総攻撃をかけても凌ぎきられた。
赤い機体から立ちのぼる水蒸気は、彼の熱い思いが放った湯気にも見える。
熱にあてられないよう冷静に分析し直した。
整備不良でも獅子奮迅の戦いは称えるべきだが、勝負としては機動力を失ったことでの連携不備をつくだけだ。
細かい動きが出来ないアカト機は無視し、キーパーを狙っていく。
後方にはソルティも続いていた。
カメラに捉えた敵キーパーは、機体を傾けながら外周スレスレをコーナーリング。ブースターからは無数の火花と光の帯。
内臓や三半規管が悲鳴をあげるも、何度も敵の尻を振らせるべくコースを絞る。だが、ソルティの詰める距離がやや甘い。
「ソルティ、もう少ししっかり幅寄せしろ」
『相変わらずキッツキツが好きなんだな!』
連携して敵キーパーを追い立てていき、あと少しで仕留められるというところで邪魔が入った。
褐色の敵バックス。
強豪であるプロミネンスの敵機は、中々土俵を割らず、身を挺した守りで阻まれる。
眼前に割り込んできた敵機へスラスターで調整しつつ殴打。逆さまの体勢でも追いすがられ、追加の連撃を叩き込むも、体勢を崩させたのにビームで反撃を受ける。
何とか沈めたが、そのしぶとさには舌を巻いた。
「……まるで冬の静電気だな」
どの瞬間も油断できず、一矢だけでも報いようと狙われているのは嫌な気分だった。落下矯正の連携攻撃を仕掛ける余裕すらなく何とか振り払ったという感覚。
『あたいがアカトと決着をつける!』
「キャメル、マージンは意識しろ」
ピンクホワイトの機体が、かつての親鳥であるアカトの赤い機体へと一直線に翔けた。
キャメルの感情の激しさが、操縦の荒々しさに出ている。
遠ざかるアカト機へ追いすがるキャメル。接近を嫌うビームを撃たれてもロールスラスターで回避してストーキングを繰り返す。
安全確保を忠告したのにキャメルの頭には入っていない。
それを少し暴走気味に思うも、彼女の自由意志へ任せることにした。
「各機、キャメルを援護」
しかし、指示を出す前に行動していた仲間たちからは叱責が飛ぶ。
『先輩、おっそ! ウチは早い方が好きです!』
『ナックさん、デートに遅刻は厳禁ですよ?』
そこまで遅かった自覚は無いし、皆の先走りを注意しようとしたらソルティからも声がかかる。
『ハンッ! おじいちゃんかよ? 周回遅れにもほどがあるぜ!』
機体の損傷はゼロであるのに、甚大なダメージを負った。その動揺を追い越して局面はスピードをあげる。
激しくカメラを叩く雨。
チェイスが激しさを増す程に、奥歯や両腕にも力が籠る。
キャメルの猛攻を凌いでいたアカトは、フルブーストで死地を脱出したので、フィールドバリアへの激突が避けられない体勢に陥った。誰しもが終わったと思った状況から流れが一変する。
キャメルの真っすぐな思いから逃げていたはずのアカトは、「もう逃げない。受け止める」とでも言わんばかりの暴挙を開始。
『嘘? そんなのってありますか?』
『ナックさん、あれは違反行為かと!』
「ハーベスト、クロワ、落ち着け。ルールの範囲内だ」
チームプロミネンスを象徴するアカトの機体は、競技フィールドの外周にあるフィールドバリアへ衝突する瞬間、方向を180度反転させてみせた。
観客が安心して観られるよう対物理面も高性能となっている透明なバリアを足場とし、速度を一切落とすことなく矛先を変え、狩人へと牙を剥く。空の壁を蹴った轟音は、自分こそが捕食者なのだと主張する咆哮にすら思えた。
アカトのキャメルに対する思いの強さをみせられた気がする。
ノイズ割れしたソルティの叫び。
『ルールブックに書く訳ねーだろぉが! あんな規格外で人外な動きなんざよぉ!』
できると分かっていても、実際にやれるとは思わない。誰もがそう考えてルールに記載していないだけだ。壁の直前で水泳選手のようにターンをするのは、モービルギアだと凄まじい負荷がかかる。
気付けば状況はひっくり返され、アカトの熱烈な攻撃をキャメルが受け止める展開に。
慣性を無視したダイナミックさ。何かが起こるという期待感に会場は歓声で包まれる。
ハイウェイの赤い逆走者が彗星の如く空を翔け、キャメルは避けきれずに空で衝撃波を撒き散らす。
上空に弾き飛ばされたところへ後ろ回し蹴りも食らい、キャメルは制御を失った。
『うっ、やられた! キャリブレ警戒!』
通信越しにプラスチック製品が割れた音も届いたので、昔から身に着けていたキャメルのカチューシャが割れたのかも知れない。
チーム全体でフォローしようと詰め寄っていたため、敵に絶好のポジショニングを与えずに済んで正直ホッとしたところだ。
それも束の間、獰猛な赤い軌跡は次の獲物を目掛けて飛翔する。汗が引っ込む暇すら与えてはくれない。
遠目に見えるウェハーとチーザも強襲される。
『うぉ? こっちきた!』
『セオリーが全然通用しませんよ! 先輩!』
覚醒。
その言葉がぴたりとハマる。アカトはコツを掴んだのかバリアでの方向転換を完全にものにし、連続ターンを決め出す。
それは異様な光景。例えるならばスケートリンクで壁に向かって全力で進み、弧を描くことなく、その勢いのまま反転してくる様子は異常事態だ。
アカトは、エクリプスの両翼とも言えるMCのウェハーとチーザの喉元へ食らいつくべく、執拗なチェイスを始めた。
「早すぎる」
思わず漏れた言葉、と同時にキャメルが地上に墜落。
濡れた競技フィールドは間欠泉のような飛沫と衝撃を立ち上らせている。
それらを切り裂くアカトの機影。
狭いフィールドで不可能なスピードを実現できているのは、常識を破壊したターンの恩恵。速度のセーブや、カーブでの減速行為が全て無視されている。旋回で動くのがブーメランだとすれば、反転ターンは銃弾の反射だ。狙われる方はたまったものではない。
その猛威がチームへ迫っていることに恐怖を覚え、思わずごくりと唾を飲み込む。
「チーザ、無理をするな」
『先輩! 無茶言わないで下さいよ!』
敵リーダーの赤い機体が暴風を振るい、空にある無数の雨音を置き去りにした突撃を繰り返す。
何度も跳ね返る弾丸を思わせる赤のモービルギア。その機体がまき散らす水蒸気にすら狂気を感じる。半径69mの競技フィールドの狭い檻。そこで飢えた肉食獣が暴れている。
並走するハーベストがアカトの直線上を避け、僅かに上昇した。
『ナックさんならアレできますか?』
問いは、アカトが壁際で行っているターンのことだが、目の前で見せられてもやりたいとは到底思えない。
「やれるかも知れんが、やりたくはない」
最も軽量のカスタムをしてもモービルギアの重量は3トンを超える。平均はもう少し上であり、それだけの重量が空を飛ぶ推進力は凄まじい。
耐衝撃スーツを身に纏っていても、壁ターン時の感覚的な見立ては、数階建ての屋根から飛び降りたダメージに相当する見込み。ダメージの大半を吸収する優秀な耐衝撃スーツが無ければ、コクピット内にあるのは成れの果ての肉塊だろう。正気を保っている人間が連続で行うには無理がある。
『アカトのやつ、追い込まれてテンションぶっ壊れたんじゃねーか? あんなに客のアンコールへ応え続けちゃ終わるまでもたねーだろ!』
「長くは続かん。今は凌げ」
ソルティも、異様な覚悟を振りまくアカトへの心配を見せた。
いずれ力尽きると思われるため、適当にいなして済ませたい。
焦る気持ちと裏腹に時計の針の進みは遅く、執拗なチェイスを続けるアカトとプロミネンスのメンバーたちの連携が噛み合い始め、こちらのチェイサー隊が窮地に立たされる展開が増えてきた。
『堕ちる! ブロックダウンしやす!』
アカトから強烈な殴打を受けたウェハーが最少失点の貢献に切り替えた。
勢いは止まらず、立て続けにチーザも。
『む、無理! ウチも切り替えます!』
二人とも得点サークルへの誘導が難しい位置でブロックダウンへ切り替えた上、遠距離射撃はクロワの管理下。敵からのキャリブレーションは許さなかった。それでも一気に苦しくなったことは否めない。
いつの間にか雨も弱まり、雲の切れ間から光のカーテンが幾つも差し込んでいる。鋭く太陽光を反射する赤い機体は、この場の支配者の貫禄をみせていた。
『へっ! お前ばっか目立ってんじゃねーぞ! アカトォォ! スーパーの特売みたいにターンを安売りしてんじゃねー!』
ソルティが相手を買って出てくれたので、それを隠れ蓑にして敵バックスを狙う。
雨が止み、空からは陽光の穂先と暖かさが降り注ぎ、湿度も相まって蒸し暑さからヘルメット内を汗が蝕む。
気温があがる中で敵味方の双方がプロミネンス優勢を意識して前のめりになっている。
せっかく仲間たちが繋いでくれたバトンを無駄にしたくはない。それにやられっぱなしは癪だ。
「お返しだ」
チェイサーの二人が追いまわしていた敵機は既にオーバーヒートで満足に逃げられず、捉えることが叶った。選手の誰も予想していなかった絵を描くことに成功し、指示を飛ばす。
「仕留めた。キャリブレ開始」
『フッ、了解!』
お返しとばかりに、オーバーヒートで満足に逃げられない敵機を格闘で下した後、クロワ、ハーベストと連携してキャリブレーションを決め、黄色を獲得。
実況と会場も湧く。
《ゴーーール! またもやエクリプスがリードを奪い返したーー!》
しかし、渾身の誘いだったようでプロミネンスのアタッカー全機でクロワに殺到し、トップリーグ常連の底力を魅せつけられた。
アカトの拳がスカイブルー色のクロワ機を捉え、残る2機もショルダータックルと蹴りをクロワに追撃していき、クロワは完全に制御を失っている。
『クッ、ブロックダウン……』
『おせえ! キャリブレ来るぞ! ナック、ハーベスト! フォロー!』
───QA掲載(後半)
Q4.「編成のセオリーは?」
A4.「MCを2枚以上」
遠距離攻撃だけでは決着が着かない競技の性質上、いかに部分的な数的優位を確保するかが求められる。
攻めの際には先回りなどで逃げ場を絞っていくことができ、受けの際には急遽駆けつけることもできるのでチェイサーの役割と担当範囲が多い。
但し、ファンやスポンサーからはアタッカー3枚以上を求められる傾向にあり、そのギャップに選手たちは苦心している。
尚、双方のチェイサーが多いほど、ロースコアの試合になりやすい。
Q5.「オーバーヒートは具体的にどう絡む?」
A5.「オーバーヒートに陥るとほぼ撃墜される」
格闘しか有効なダメージ手段がないため、いかに敵を追い詰めて格闘に持ち込むかが求められる競技。
敵から狙われたときに最高速で逃走できるか否かは、極めて大きい。足を止めたり遅くなった機体から基本的には撃墜されていく。
グレネードやマイクロミサイルに殺傷力はないが、機体の熱を上昇させる効果は高く、被弾するとオーバーヒートに陥りやすくなる。爆風のノックバックによる足止め効果もあるので、それらの装備を重視している選手は弱らせてから仕留めるタイプと言える。
Q6.「レギュレーション改定は多いの?」
A6.「年1回以上実施」
原則、年1回レギュレーションの改定が行われる。
毎年新作のブースターが各企業から発表され、そのブースターに合わせたスラスター出力や、安全マージンをとった装甲の耐久値が決定される。最高出力があがると装甲も厚くしなければならず、毎年排熱処理が課題となりやすい。
※最高速度は上昇するが、熱上昇を避けるため通常状態はセーブして運用することが増える。
※熱上昇を限定的にするため、肩や足の外部パーツのパワースラスターで瞬間的な加速を補う選手は、概ね強化兵士である。