第17話
準決勝当日。
モービルギアへの乗り込みを終え、競技フィールドへの通路を進む。
フィールド側から差し込む光がかなり弱く、クロワが天候に触れてきた。
『少し、暗いかと』
「一雨来るかも知れんな」
屋外に着いても太陽は出ておらず、曇天模様となっている。フィールドは、モービルギア以外何も存在しない吹きさらしの空間。多少、戦術が変化することは否めない。
ハーベスト機がやや遅れて到着し、MCを務めるチーザと雨の話題を始めた。
『雨が降った方が有利でしょうか?』
『恵みの雨だよ、ハーちゃん』
雨は強い冷却効果があり、濡れたモービルギアの揮発性は、敵味方ともに熱具合の視認性を助ける。
MCの機動性はオーバーヒートと隣り合わせ、だから雨は追い風と言えよう。
「チェイサーの二人には特に頼むぞ」
『はい! 先輩!』
『あいよ!』
返事を聞いた際、プライベート通信のランプが光っていることに気付き、そちらへと切り替えた。
『よぅ、ナック。生憎の天気だが、逃げずに来たのは感心だ』
「ソルティとは話したのか?」
アカトは苦笑いしつつ既に済ませたと語る。
暫くの沈黙。
要件を改めて問おうとした時、アカトから会話を切り出された。
『もし、お前らが勝って俺が廃棄になったら……キャメルのことを頼む。……本当に大切な仲間なんだ』
強化兵士と言えど、恋情はある。気付かないフリをしていたが、アカトが持つ好意も知っているし、キャメルが向けてくる好意にも気付いているつもりだ。
「断る」
通信越しにアカトが絶句したのが分かった。
「大切なのだろう? なら聞けないな」
返事はない。代わりに今まで言われてきたことを返す。
「アカト、お前の方こそ逃げるな」
モービルギアのメインカメラに空を映しながら、その分厚い雲を見上げて言葉を続ける。
「俺にもう一度立ち上がるキッカケをくれたことには感謝している。だが、本当に大切なものを誰かに預けるようなアカトは好かん」
『お、おい、好き嫌いの問題じゃ……』
寝ぼけたことを言うアカトを突き放す。
「好き嫌いの問題だろう? まだ目が覚めないのなら、ソルティに殴られてこい」
キャメルのことが好きなのであれば、アカト自身が守るべきだ。誰かに委ねたことを知ったら、ソルティは絶対にアカトを許さない。
『……奥歯が持ってかれそうだが?』
「かもな」
話は区切りがつき、通信を終えようかと考えたところへアカトが声を絞る。
『ナック……ナック!』
名を呼ばれ、「なんだ?」と素っ気なく返した。
『さいっっっこうの試合にしようぜ!』
「無論だ」
通信をチーム回線に戻すと、皆からは話の内容を問われる。
「奥歯のためにも秘密だ。そんなことより準備しろ」
会場のボルテージの高まりと共に実況が叫ぶ。
《いよいよ準決勝です! 勝つのはプロミネンスか、それともエクリプスか。太陽の行方を見守りましょう! 3、2、1……Break the sky!!》
双方、フォーメーションはいつもと変わらず。模擬戦で何度も顔を付き合わせた編成のまま、巨大竜巻のように旋回して出方を伺う。
五周目に入り、痺れを切らしたソルティとアカトが同時に円の中央へと躍り出た。
「フォローするぞ。キャメル、続け」
キャメルを供だって参戦すれば、プロミネンスのアタッカー陣も続き、意図しない形でアタッカーシフトの状態になってしまう。
これを待っていたのか、敵からの一斉射撃がハーベストへと降り注いだ。
『お願いしますクロワさん!』
ミサイル群の処理をクロワに任せ、パワースラスターを駆使してビームを躱すハーベスト。モービルギアを華麗に操り、タンゴさながらの空中の舞いを披露していた。
感心するソルティがはしゃぐ。
『あのデカブツで、何とまぁ。すげーじゃねーかハーベスト! 今度、死蝶とダンスデートにでも行ったらどうだ?』
「ソルティ、無駄口叩く暇があるなら、アカトを押さえろ」
SKの機動性は高く、チェイサーに比べても遜色は無いが、巨体ゆえにG負担も高くなる。無理な姿勢制御を繰り返せば、コクピット内で朝食と再び対面することになるだろう。
「ハーベスト、今の動き、どの程度いけるか?」
通信を飛ばし、目の前のアタッカーと近距離の高速ステップを応酬させて返事を待つ。
『休憩ありで良ければ、チェックアウトの時間まで激しくても大丈夫です!』
経験を積み、ハーベストは本当に逞しくなった。
「なら、敵とのデートをエスコートしてやれ」
『了解ですよ!』
すかさずMC陣にも指示を飛ばす。
「チーザ、ウェハー、各個撃破」
敵アタッカー1機をチェイサーと連携して囲む。
クロワの正確な射撃で敵ミサイルを封殺した上、ハーベストの動きを制限される展開も阻止し、それらのサポートが完全に噛み合ったからこその数的優位。各自の音声からも自信が感じられた。
『フォロー行きます!』
チーザが縦横無尽に攻守を切り替え、足の遅いクロワが囲まれないようにフォローを続ける。切り抜けたら再び攻撃参加と忙しない。カラーリングも相まってまるで大型ダンプカーサイズの蜜蜂にも思える。
ペース配分が多少心配だが、チーザも今や一流のMC。小言は不要と判断した。
『なんか、手ごたえなさすぎじゃねーか?』
ソルティの疑問は、皆が薄々感じていたこと。全ての戦闘においてパズルピースが噛み合うように上手くいき、模擬戦で勝ったことの無いプロミネンスを圧倒している。
しかし、敵の不調ではない。
それぞれの努力が成果という形で結ばれていく。高鳴る鼓動が、グリップを掴む手にも強さと躍動感を与えてくれた。
ビーム音が降り注ぐ中、方針継続の通信を行う。
「問題ない。これまでのことが良くできている。……む?」
幾つものモービルギアから水蒸気が立ち上り始めた。機体温度を示す計器の針も下がり、雨が降っていると気付く。まだカメラで視認できる程の雨足では無いが、一気に強くなる気配も空にはある。
「各機、雨を想定した動きに切り替えろ」
『アイアイガサー!』
盛大に滑ったソルティを、優しさから全員がスルーしていた。戦況も滑らかに変化していき、雨が濃霧を産んでいく。
視界が悪くなり、グレネードの爆風越しに急上昇してきた敵機とソルティがあわや正面衝突しかけた。
『おいおい、前方注意だぜ! 動きにくくなる前に仕掛けるぞ、ナック! ついてこい!』
「剥がすんだな? 了解」
チェイサー不在の敵編成を突き、前衛と後衛の距離を引き剥がす策へと乗った。
ブースターの光を目印に、ソルティの背を追う。
作戦を進めている間にも雨は激しさを増し、ドップラー効果で雨音の高低差も強くなる。
『お、上手くいきそうじゃね?』
ソルティが調子に乗っているが、敵の方が濃霧の環境に手を焼いていて、適切な距離感を保つことに失敗している。チーザの攪乱と、クロワの援護射撃の貢献も大きい。
突発事故はハーベストにも降りかかる。
『わっ! ミート!』
「キャリブレ、浅めでいい」
ハーベストは即興で逆に敵を殴りつけ、地表という病院送りにしていた。
落下矯正の連携攻撃を狙える位置にいたウェハーとクロワが追撃を行う。
強烈な撃墜音。続けざまに実況が声を張り上げる。
《ゴーーール! 水蒸気が立ち上るのは……青! 青サークルです!》
色々と苦慮しているみたいだが、プロミネンスは古参の強豪。下手に色気は出さず手堅く点を取った。
水を焼くビーム音や、周囲のモービルギアが雨の中を動く音で、普段よりも距離感が掴みづらい。油断するとあっという間に距離を詰められる。
雨のカーテンを突き破り、突如として眼前に現れる機影に跳ねる心音を鎮め、ギリギリで回避する。
ハーベストも敵機と再び肩をぶつけ合っていた。
『距離が狂いますね! 雨天中止じゃないんですか?』
「慣れろ」
不慣れでも、愚痴を言える余裕はありそうだ。
もう少し攻撃に枚数を割くべきか。そんな欲が頭を過った。
「チェイサー、余力は?」
『いけます!』
『ぼちぼちっす』
まだオーバーヒートに至らない情報を得て、さらに悪魔の誘惑が強くなる。そこへ暴言王が割り込んだ。
『おぅおぅ! アカトの奴は引っ掛けようって必死過ぎだろ? 童貞のナンパかってーの!』
成程。ベテランのアカトがこの劣勢でまだ我慢が効いているのは少しおかしい。
「チェイサーはサポートを継続。焦って突っ込まないように」
『あいよ!』
ウェハーの返事と、声にならない声を出すチーザ。どうやら舌を噛んだようだ。
一層視界が悪くなり飛び交うビームも朧気になる中、雨を弾き、チェイサー2機が薄暗い光の軌跡を描く。
行く手を阻み、逃げ場を奪う。チェイサーの働きにより敵の連携は崩壊していく。
もう後輩なんて呼び方は相応しくないだろう。
頼もしく感じているところへ、キャメルの僅かに上擦った声が届く。
『ナックさん! アカト機の様子が変!』
警告につられてアカトの乗る赤いモービルギアを見やれば、いつもと何かが違う。他の機体に比べ、倍以上の水蒸気を纏い、動きにも精彩を欠く。
試合前の意気込みからも気合いが入っていたし、MCがいない分、負担を背負ったのかも知れない。水蒸気の中には、焦げ臭さを想起させる色合いも見える。
観察していたキャメルの呟き。
『スラスターの不調?』
「かも知れんな」
運にも見放されたのか、アカト機はスラスターに異常がある疑惑持ち。
ソルティは確認するべく一条のビーム射撃を放ち、不安定な赤い機体は旋回で左肩が沈み、着弾した。
『ビンゴ! 左肩のスラスターだな。ナック、情けは?』
「必要ない」
『だよな!』
ウィークポイントを攻めるのは鉄則。気の毒には思うが、空というフィールドで食らい合う獣たちに慈悲などない。
「全機、アカト機に対し総攻撃を仕掛けろ」
手負いの獣へ、無情なタクトを振るった。
───機体紹介(チーザ)
・機体名:サミー/カラーリング:イエロー
・ポジション:MC(ミドルチェイサー)
・異名:なし
・機体名の由来:昔飼っていた愛犬の名前。カラーリングも愛犬の毛色で、いつまでも忘れたくない思いから名付けた。メンバー全員からチーザ自身が犬みたいだと思われていることは、本人だけが知らない。