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第15話

 エクリプスがウォッチャーを「たった1失点で下した」と、ファンやメディア、さらにはスポンサーまでもが大騒ぎになった。

 その後の三回戦も圧勝と言える内容で勝利し、選手含め、エクリプスの躍進をフロックだと言う者はもういない。

 次の試合まで少し空くので、それぞれの余暇を過ごす筈が全員漏れなく多忙を極めている。

 合間を縫って共同ガレージへと足を向けたら、珍しく先客がいた。


「熱心だな、キャメル」


 夜が明けきらないうちから整備をしていたキャメルは、クリーパーをスライドさせて起き上がり、ダークオレンジの髪や顔についた油をタオルで拭い出した。


「誰も来ないと思って、化粧もしてなくて……」

「化粧なんかなくてもキャメルは綺麗だが?」


 ヒュッと音がするほどに目を丸くしてこちらを見るキャメル。聞き取りづらいが「不意打ちはずるい」と言っているように聞こえる。それを質問しようとしたら、彼女の普段よりも高い声で遮られた。


「きょ、今日は暑いね」

「まだ夏だからな。ここに向かう途中の向日葵も枯れていたから、秋は近い感じがするな」


 頬を赤らめたキャメルは、ひたすら手団扇を繰り返している。それは流し、整備の件について尋ねた。最近の話で盛り上がっていく。


「モービルギアのカスタムが雑誌で紹介されて、アタッカーの理想的なお手本だって絶賛されてさ、試して見たら良くなったって言われる事も増えたよ」

「実際、手本にすべきセットアップだからな。多くの者は癖がなく扱いやすいと言うだろう」


 キャメルは軍属上がりの割に妙なこだわりがなく、シンプルにFA(フロントアタッカー)で強いカスタマイズをする。だけど彼女は自信がないらしく、少しでも模範になるメンテをしておきたいと話していた。


「とにかく、キャメルはもっと自信を持っていいぞ」

「……ありがとうナックさん。あたい、今日が一番自信になったよ」

「そうか? 良かったな」


 それだけを言い残してゴーグルを被り、愛機(ランツ)の元へ向かった。


─────────────────────


 ランチ時間になり、選手宿舎の食堂へとやってきたが、混んでいて落ち着いて食事できそうにない。最近は特に質問を受けることが増えたと思う。仕方が無いので混雑を避け、共同のリフレッシュルームへと移動した。

 そこでチームの二人に遭遇し、こちらを見つけたチーザが声をあげる。


「あ! 先輩! ここ空いてますよ! どうぞ!」


 ハーベストが隣の席をアルコールシートで拭き、チーザが座席クッションを叩いてアピールするそこへ足を運ぶ。


「二人も食事か?」

「ナックさん、それ食事ですか? 僕の食生活には口出してくるのに……」

「これもプロテイン入りだ」


 手早く済ませようと栄養ゼリーと珈琲しか用意していなかったので、膨れっ面のハーベストから抗議を受ける。そこへ笑顔のチーザが、余計な気遣いを持って来た。


「先輩にもウチとハーちゃんの食事を分けてしんぜよー」


 断る前に「どうぞ」と差し出されてしまう。

 カカオ色とホワイトの二色のチョコレートソースがかかったドーナツ。鼻の住所に華やかな甘さは宅配済み。チョコスプレーが大量に盛られ、彩り豊かではあるが胸やけをしそうだ。動揺を隠すべく話題を反らす。


「ところで、お前たちの午後の予定は?」


 聞けば予定は詰まっていて、二人も激務に目を回している。


「僕、キーパー向けの格闘講座の講師に招かれることが増えたんです」


 正直、他の者にハーベストの真似ができるとは思えないが、新スタイルのパイオニアとして今は引っ張りだこだと聞いている。


「まぁ、ライジングサンの誕生は、キーパーに対する価値観を180度変えたからな」


 高性能なキーパーの格闘が目を惹くのは確か。実力が伴うかはさておき、スタイルの人気は伸びていきそうにも思う。

 そう考えていたら、先程から目を泳がせていたハーベストからの告白。


「それと、死蝶さんからアドレス交換の連絡が来まして……」

「凄いよ! ハーちゃん!」


 最強キーパーからの申し出。ハーベストの表情からは嬉しさや戸惑い、そういったものが読み取れる。敢えて気にしていない素振りのチーザが、ハーベストを持て囃していた。

 軽く肩を竦めながらアドバイスを返す。


「それはやめておいた方がいい。勝率がイーブンを超えるまで一騎打ちを申し込まれるぞ」

「あぁ、やっぱり! すでに一騎打ちの申請が毎日来てるんです! どうしましょう!」


 どうやら手遅れだったらしい。ククッと喉を鳴らし、「全て無視しろ」と、現実的なアドバイスを付け加えておいた。

 チーザは既に食べ終えて、疲れを抜くように背伸びした後、机に突っ伏す。


「ウチも対ルーラーの勉強会にお呼ばれすることが増えましたよー、ウチそういうの得意じゃないのにぃー」

「あ、その話は僕も聞いてます。チーザさんの話が聞きたいって色んな人から紹介を求められてますよ」


 感覚肌のチーザに論理的な説明ができるか疑問だが、ハーベストの言うような声が多いのも事実。


「ウチは、いつもやっている見え方や聞こえ方、感じ方を伝えているだけなんですけど」


 感度が高いチーザのいる頂きは、多くの者にとって未体験ゾーンの筈だ。


「それが凄いんだ、チーザ。お前にしか捉えられない世界が。秘密主義のルーラーだったが、お前が暴いたことにより、逆に第二第三のルーラーが生まれるかも知れないな」


 完全に同じ高みには到達できなくても、各チームの研究が進めば近いところまでは行けるかも知れない。


「ムッツリのルーラーさんの性癖を、チーザさんがオープンにしたんですね」

「ちょっと! ハーちゃんセクハラ! まるでソルティさんだよ!」


 ソルティの感性がここにも侵食しているようで、笑いがこらえきれずに大笑いをした。

 チーザが驚きの表情で呟く。


「こんな笑顔の先輩初めて見た」


 ハーベストは放心したのか、口に運んでいたドーナツをテーブルに落とし、それを手早く拾っている。


「僕も。この笑顔が引き出せたんならたまには失言もいいですよね」

「それはダメですハーちゃん! ソルティさんの悪影響は消さないと!」


─────────────────────


 午後に入ると座談会形式のインタビューがあり、ソルティとクロワの三人で参加して今ちょうど終えたところだ。肩が凝ったのかソルティは右肩をしきりに回している。


「しっかし、準決勝まで進んだら、どこもかしこも掌くるっくるで、お前らの腕はドリルなのか? と、言いたくなるよなぁ!」


 ソルティの発言を執拗に拾い上げ、炎上させていた頃と違い、今のメディアは煽ててでも談話の場に引きずり出そうと躍起になっている。

 クロワが眼鏡を直しながら追加情報をくべてきた。


「ソルティさんは今までの評価が低すぎましたからね。過去の失言も、何故か肯定的な解釈というか超意訳をされて、辛口ソルティ語録としてまとめサイトも出来ていました」


 そのサイトは最近目にしたが、壮大なギャグポエムかと思い、腹筋を鍛えるのに重宝したサイトだった。


「しょ~~じき、気持ちわりぃんだよ! 何でもかんでも持ち上げやがって! 俺は凧じゃねぇぞ?」

「似たようなもんだろ」


 先程の座談会でも煽てられて口にしなくても良い内情まで暴露していたソルティ。その口には凧糸を括りつけておきたいと何度思ったか分からないほどだ。


「あ? ……って、おいそこのクロワ。なーに、そっぽ向いて肩を震わせてんのかなぁ~?」


 余程ツボに入ったのか、笑うまいとするほどにクロワは隠すことが出来ず、今はソルティから「こめかみグリグリの刑」にかけられていた。

 痛がるクロワに助け舟を出すべく、話題を変えてみる。


「出禁が解除されたことは良かったじゃないか」


 ソルティの度重なる失言に眉を顰めて出禁にしていた飲食店たちも、ここ最近のソルティ人気にあやかろうと今やどこもウェルカムモードだ。


「うるせーよ。俺は馴染みのところで食うって決めてんだ! ブッチャーストライクとかな! 今から食いに行くか?」


 弾む笑顔で振り向いたソルティの提案は、クロワと二人で丁重にお断りしておいた。あの店のウェルダンという名の焦げ肉は、食べ過ぎると舌が壊れそうで怖いからな。

 選手宿舎へ戻る道すがら、そうして明るく談笑を続けていた。

 暫くすると、気になる話題なのかクロワは表情を落とし、夕立が来そうな今の空模様と重なって見える。


「私は皆さんのように選手側からは高い評価を得られていません。低い評価ばかりです。観客受けが良いだけで……」


 理由を尋ねたら、見当違いの回答が帰ってきた。真意が分からず質問を返す。


「クロワ、何を言っている?」

「あ? そんなデタラメ誰が言ってんだ? 俺が殴ってきてやる!」


 ソルティも即座に反論した。そんな誤情報は誰も信じないと思う。

 しかし、気にしている様子のクロワの声。


「トップリーグの選手ほぼ全員ですよ。まだまだだとか。穴が多くて狙いやすいだとか。総受けだとか」


 成程。合点がいった。ソルティも同じ結論に至ったようで後頭部の後ろで手を組み、さして気にも止めない感じの口調になる。


「あー、そらしかたねーな」


 それに対し「そうですか」と項垂れるクロワ。何やら盛大な勘違いをしているようだ。


「クロワ。勘違いを正しておく。まず、俺が聞いた限りではトップリーグの選手も全員お前の技術を絶賛している」

「え? ですが……」


 クロワの知る事実と齟齬が大きいのだろう。その表情には当惑の色しか見当たらない。


「わかんねーのか? マウントだよ、マウント。喧嘩は始まってんだぞ?」

「そうだ。トップリーグの選手は全員お前を最大の脅威だと認めた。だからそれは言わば威嚇だな。裏では賞賛の嵐だし、実際、俺も認めている」


 そう言葉をかけると、赤面して高速で眼鏡を何度も直しだすクロワ。


「どんな名選手に認められたことよりも、ナックさんに認めて貰ったことが何より嬉しいです」


 可愛い事を言うクロワと、その日は三人で肩を組んで歩いた。



───機体紹介(ウェハー)

・機体名:ショコラ/カラーリング:ダークブラウン

・ポジション:MC(ミドルチェイサー)(ミドルチェイサー)

・異名:なし

・機体名の由来:単にチョコが好きだから。

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 勝ち星を重ねて、チーム全体の雰囲気が良くなってきていますね。エクリプスのメンバーそれぞれが注目の的になっていて……こうしてみると皆、個性的&すごい優秀ですね。 「化粧なんかなくてもキャメルは綺麗だ…
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