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第14話

 こちらが敵キーパーへと目標を定めるや否や、ウォッチャーはピタリと落下矯正の連携攻撃(キャリブレーション)を中断し、整然とした動きで素早く守りを展開する。

 それと同時に土煙をあげて、クロワが得点サークル外へ墜落した。

 慌てた様子のハーベストの通信も併せて届く。


『すみません! 僕が警戒されてたみたいです!』


 如何にウォッチャーと言えど、ライジングサンが攻めに転じたのをスルー出来なかったのだろう。それだけ死蝶を相手にゴールを決めたのは、選手たちにも衝撃を与えた。ハーベストへ対応する神経質な動きがその証拠。


「上出来だ。切り替えろ」


 普通の練度のチームであれば、スター選手とも呼べるクロワに対し熱狂しそうなキャリブレーションを中断することは出来ない。しかし、冷徹不偏なウォッチャーはそれをやる。

 ややあってマイクロミサイルの乱舞が始まり、複数のグレネードが花火を奏で、キャメルとソルティの足を空に縫い付けている。クロワが堕ちて数的不利になったことも否めないが、封殺していたビーム以外の火力兵器が解禁されたことが劣勢を招いていた。

 観客からは怒濤のブーイングが続く。



《試合はロースコアのまま、折り返し地点です!》



 実況からのアナウンスで、残り時間が半分を切ったことを知る。0ー1のロースコアの流れとなり、クロワの失点した分がじわじわと真綿を締めるように重くのしかかる。

 そこへキャメルからの通信。


『ナックさん、あたいが活路を開こうか?』


 提案はFA(フロントアタッカー)1機を軸にしたフルアタックのこと。だが、敵を1枚減らせる代わりに、キャメルが堕とされるリスクを伴う。


「いや、問題ない。このままチェイサー主体で攪乱を続行する。いくぞチーザ、ウェハー」

『了解です!』

『あいよ!』


 敵は、クロワとハーベストに対しプレッシャーを掛け続けたのだ。休む暇は無かっただろうし、被弾はさせられていなくとも着実に削っている。

 モービルギアたちの険しいレースで、ブースターやスラスターからは火花や異音が増え、インファイトこそ少ないものの、ヒリつく攻防は喉を乾かせる。激しいビームの応酬は、まるでフェンシングの刺し合い。点が動かないほどに息は詰まっていく。


『僕、オーバーヒート気味です!』

「把握済みだ。耐えろ」


 ロースコアということは、チェイスや回避での移動の方が主体の試合展開の証明だ。

 セブンスカイズはレギュレーションで規格が統一されており、ハーベストが限界寸前であるのなら、大周りで追い立てていた敵はもっと苦しいと言える。


「各機、ウォッチャーに冷却の暇を与えるな」

『そろそろ覗き魔連中を炎天下に引きずり出し、服を脱がして全裸にしてやろうぜ!』


 ソルティから下品な言葉が発せられたが、意外にもイメージは伝わったようで士気は向上した。

 墜落して動けないクロワからも激励が届く。


『皆さん、私のリベンジを決めてください!』


 翼は疾うに千切れかけだが、ここで奮起しない者はチームの中には居ない。

 熱い思いはグリップ越しにモービルギアへ伝え、動きで応えた。

 体が熱い。

 本気を出せ、と内なる声が叫んでいる。鼓動は早くなり、戦場を翔けていたころの激情が血液の濁流となって全身へ行き渡る。

 同時に思う。

 奇異の目で見られることへの不安。なりふり構わず勝ちに行くような醜悪な姿を、チームは、世間は、許してくれるのだろうか。


『ナック! 逃げるな! 考えるな! 猛るものがあるのなら、思うままに振ればいい!』


 ソルティから届くいつもの言葉。考えるよりもグリップを激しく動かせ。止めるな。攻め続けろと。

 強化兵士であることを悩んでいるのが馬鹿らしくなる言葉に、常に励まされてきた。


「……皆、俺が自由に動いても良いか?」


 これは問いかけではなく、あくまで独り言。そう思っていたのだが、マイクは音を拾って伝えた。


『勿論、あたいがフォローする』

『先輩! 好きなようにやっちゃって下さい!』

『僕、ナックさんの本気が見たいです!』


 仲間たちが背中を押す。もう一度羽ばたけと。


『フッ。もう午後ですよ? ナックさんはお寝坊さんにも程がありますね』


 皆の思いに返す声が出ない。スピーカーから響くノイズと、フィールドを彩るビームの振動だけを暫く聞いていた。


『ナック! お前の本気を皆が望んでいる! 遠慮はいらねぇ! 背中は俺に任せろ!』


 戦場でも、セブンスカイズでも、常に背中にはソルティがいた。ならば安心して飛べる。


「解放する。ついてこいソルティ」


 G負担やオーバーヒートを避けるべく、未使用だったパワースラスターを起動モードへ移行させる。

 右肩に潜んでいた炉には火が灯り、熱と衝撃波を背に従えながら飛翔していく。ロールスラスターも駆使してツイスト飛行を披露し、エースキラーへと急襲した。

 激しさの中で狂う三半規管が捉えた実況。



《おおっと? これは凄い曲芸が出ました! ロースコアを嫌っての演出をしてくれたのでしょうかー?》



 ジャイロ回転で揚力を稼いだ飛行は、高い推進力を持つ。片翼なのも熱が上昇し過ぎるのを避けるため。しかし、弾丸とモービルギアでは、サイズも、持つ重量も大きく異なる。誰もやらないのではなく、あまりのG負担に耐えられず出来ないのだ。


「ぐっ、キツいな」


 モービルギアでジャイロ回転を続けるのは、如何に強化兵士がタフに設計されているとはいえ、3トントラックサイズの機体だと負担が大きい。



《凄い回転ですが、中の選手は無事なのかー?》



 二度、三度と格闘による攻撃を叩き込む。流石にクリーンヒットはさせて貰えないが、逆に綺麗に回避もさせない。

 エースキラーへのダメージを蓄積させていると、敵チェイサーが体を張って割り込んできた。


「死のダンスに参加したがるとは……奇特なやつだ」


 MC(ミドルチェイサー)は機動力に自信があったのだろう。ショルダーパーツのパワースラスターで以って、その奢りを砕いていく。

 捻りを加えたタックルはジャストミートした。


『キャ、キャリブレ!』

「待て、チーザ」


 飛び出そうとした後輩を止める。

 虎視眈々と喉笛へと食らいつく眼光を覗かせる狩人。それが監視人(ウォッチャー)

 モービルギアから吹きあがる煙、旨そうな燻製香(ブロックダウン)で誘われていた。いかなる状況も、時には廃材すら利用する軍人の考えそうなことだ。


「各機、キーパーへのプレスを継続」

『了解!!』


 無数のグレネードランチャーが、終焉の近い花火大会を模して華やかさを増す。白を基調として目立っているキーパーへとプレッシャーをかけ続け、被弾しても、回避してもオーバーヒートを狙う状況を維持する。

 そこで、観客席から爆発音に負けない程の歓声があがった。



《あぁ~っと、ここでウォッチャーのMC(ミドルチェイサー)が墜落だー!》



 立て直す余力は無くとも、最少失点で切り抜けた相手。

 それでも点数はようやくイーブンだ。


「ふぅ……俺は、エースキラーを狩る」


 せり上がる酸っぱいものを喉の奥へと押し込む。

 飲み干した後の鼻には、朝食で摂ったチェダーチーズの香りが蘇っていた。度重なるG負担が体を蝕んでいく。

 耳鳴りとソルティの音声。


『ナック! 無理すんなよ!』


 クロワの献身に応えるには踏ん張りどころであり、震える両手に最後の力を込める。

 無風地帯で待つのは、エースキラー。

 赤サークルの真上はお互いの危険地帯であり、誘っているその虎穴へと敢えて踏み込む。


「さぁ、そろそろ白黒つけようか」


 至近距離での高速スラスター戦。互いにクリーンヒットを避け、拳半個分の繊細な技とスピードの勝負を繰り広げる。BD(バックディフェンダー)であるのにも関わらず、この格闘戦についてくるのがエースキラーと呼ばれる所以かも知れない。

 片翼のパワースラスターを使い、強引な割り込みと遠心力を活かした反撃でダメージを稼ぐ。手癖は研究されているが、初お披露目となったパワースラスターの動きには、エースキラーの反応がやや鈍い。


「赤のベッドに誘ったのはそっちだろう? 逃げるなよ、エースキラー」


 形勢不利と見たエースキラーが死地を脱しようとしたところへ追い付き、パワースラスターの推力でぶん回したラリアットをお見舞いする。


「ここだ、キャリブレ開始」

『了解、任せて』

『あいよ!』


 キャメルとウェハー、ベテラン勢の位置取りが光る。

 エースキラーに勝つことを信じ、キャリブレーションを想定した射線の確保が完了していた。

 光の矢を立て続けに浴びたモービルギアは、一際大きな音を立てて地表へ激しいキスをする。

 実況の声に合わせ、熱を帯び歓声がうねりをあげていく。



《ゴーーール! なんとエースキラーが赤サークルに叩き込まれたーー! これでウォッチャーは立て続けに2機を失いましたー! 立て直せるのかー?》



 興奮の余波は、真下の特等席で観戦していたクロワにも届いていた。


『エースキラー相手に4点とは素晴らしい!』

「終わったように言うな、次」


 スラングを口にして既に観戦モードのクロワは無視し、敵のFA(フロントアタッカー)を次の標的に定める。僅かに動揺した相手の隙を見逃す訳にはいかない。フルブーストでのタックルから連続攻撃へと繋げていった。



《連続ゴールだー! 強すぎる! これが死神ナックの隠された実力なのかーー?》



 不快な異名を連呼する実況の声を、仲間たちが塗り替えてくれる。


『先輩! ウチも負けませんよ!』


 背後のカバーについたソルティからは、プライベート通信が入った。


『おい、飛ばしすぎだろ。少し休め。ったく、後はやるから』

「あぁ、頼む。冷まさないと持ちそうにない」

『なら、終わった後のビール並みにキンキンに冷やしとけ!』


 終わってもいないのに勝ったつもりなのを引き締めた方が良いのか、気持ちを後押しした方が良いのか、体調の悪さもあって口を閉ざす。

 ソルティは有言実行を果たすべく、敵キーパーへ突撃し、試合は最終局面を迎えていった。



───用語説明④

・対アタッカーシフト

 いわゆる1on1でのディフェンス布陣を指す。

 セブンスカイズでは基本的に攻守が同時に行われるので、守備に徹すること自体が稀である。

 色んな局面で用いられるが、守備に専念しなければならない状況か、又は既に残機でリードしている局面で採択されることが多い。

 尚、優勢に入ってからアタッカーシフトで試合時間内を逃げ切ると、観客から怒濤のブーイングが飛ぶ。


・強化兵士

 ゲノム編集を行って人工的に造られた兵士。

 様々なタイプの強化兵士が存在するが、共通するのはセロトニンの分泌と肉体強化、宇宙空間での適応能力など。

 G負荷含め、耐衝撃性は通常の人よりも高く、セロトニンのせいで恐怖に対し鈍感なところがある。

 戦争が終わり、平和な時代に入ってからはその非人道性が問題となって政府が厳しく追及されていた。

 隠蔽工作のため、毎年多くの強化兵士が廃棄処分されている。


各個撃破(シングル)

 敵1機に対し、攻撃へ回れる複数機体で確実に撃墜を狙うことを指す。

 原則、指示を出すリーダー機が狙っている敵のことを対象として省略する。

 主に敵機を堕とすことが出来る際に用いられ、撃墜を逃すことを「シングル割れ」と言う。

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おーナックが本気モードに入ったんですかね。いくら強化兵士とはいえ、G負担のせいで誰もできないことをするのは結構キツそうですね。 ウォッチャーのMCとエースキラの二機を落としましたね〜。まだ終わってない…
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