第13話
エクリプスがトップリーグに入れる実力を有していなかった頃。世間で有名になった強化兵士が廃棄されないことを知って、積極的に暴言を繰り返したソルティ。例え悪名であっても無名に勝ると言い、何度諭しても決してやめなかった。
ウェハーの妻が廃棄処分になり、ゴシップや炎上が好きな群衆だけでは政府を止められないことは証明された。それでもソルティは抗い続け、「暴言王」と言う不名誉な異名まで与えられている。
「そう言うなよ。ナックのことを思ってのことだぜ?」
「百も承知。だからこそだ」
ソルティの悪評は留まるところを知らず、昔馴染みのところはともかく、聞けば買い物まで不自由をしている始末。親友がネット上で誹謗中傷に晒されていることは、ずっと気に病んでいた。
「これからは勝って黙らせる。ソルティも、メディアも……政府も」
そう宣言すると、アカトは柱に預けていた体を起こし、高笑いを始めた。バカみたいな大声はガレージの吹き抜けを木霊し、さながらオペラ劇場の響き。
「あー可笑しい! 笑った笑った! 勝ち続けりゃメディアと政府だけは黙らせられんだろ」
「おい、俺は本気で……」
アカトは再びガレージのシャッターをくぐろうと腰を屈め、背中越しにこちらを視線で射貫いてきた。
「なら、次のウォッチャー戦。必ず勝てよ。その先で待つ」
「あぁ」
お互い順当に勝ち上がれば準決勝で当たる。最初からそれだけを伝えれば良いのに、不器用なやつだ。
軍属上がりはどいつも器用さが足りないと思う。
冷たさの残る愛機の脚部を2度叩いて今日の挨拶をし、眠気覚ましの熱い珈琲を口に含んだ。
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太陽は頭上に燦々と鎮座しており、空の青さを強く噛みしめている頃。お昼時であるため、観客席は屋台の料理を食す客たちの笑顔が溢れている。
二回戦の競技フィールドへ足を踏み入れ、モービルギアのカメラ越しに観客の様子を眺めていた。
試合開始の合図を待っていたら、ウォッチャーのリーダーである通称エースキラーからオープン回線で通信が入る。
『どうも、こんにちは。死神と暴言王。それからそのお連れの方々』
最近は呼ばれることも少なくなった異名を使ってきたのは、恐らく精神的な揺さぶりをかける目的だろう。
反射的にソルティが反論を始める。
『あ? 監視人の目は節穴か? ビーチで水着ばかり見過ぎて目が悪くなってんのか?』
『これはこれは暴言王、相変わらず手厳しい。ちゃんと噂のアンチウェポンとライジングサンも見えてはいますよ。ですが、青すぎて空と馴染んで見えにくいですね』
クロワの精神的な甘さに対する痛烈な当てこすり。今日は徹底したクロワ潰しに来ているようだ。
『私は青二才ではありません!』
「クロワ、落ち着け。昨日も言った通りだ」
これは分かっていたこと。純粋な射撃技術でクロワにつけいる隙は少ないが、未熟なところを隠そうとするし、そういった面での弱さもすぐには改善しない。ウォッチャーがそこを広げにかかるのは当然とも言えた。
ハーベストが普段しないような煽り返しをする。
『ハッハッハ! ライジングサンの僕が眩しすぎて失明しちゃいましたか?』
「と、言う事だ。サングラスでもかけて出直せ」
そう付け加え、ウォッチャーからのオープン回線を強制遮断した。
ソルティとチーザが、上手い返しをべた褒め。
『やるじゃねーか! ハーベスト!』
『凄いよハーちゃん! エースキラーが言葉に詰まってたよ!』
『暴言に関してはお手本がいますからね!』
ハーベストのセリフに思わず喉の奥をククッと鳴らすと、皆にも笑いが伝染していった。
一人笑っていないクロワへと声をかける。
「クロワ、昨日も言ったが今日は徹底的にお前が狙われる。だが……」
『ええ、分かっています。それこそがチーム貢献だと』
ウォッチャーが総出でクロワ対策をしてくるのだ。それだけ他のメンバーが動きやすくなる。この試合、仮にクロワが何も出来なかったとしても、いるだけで大貢献であるのは間違いがない。
そうしたところへ、実況のカウントダウンが聞こえだした。
「チームエクリプス、日食の時間だ」
『了解!!』
《3、2、1……Break the sky!!》
互いに静かな立ち上がり。
手札を隠し、相手の表情を伺うカードゲームを思わせる緊迫感が漂う。
ブースターとスラスターの音だけが飛び交い、見せない射撃音は不気味さを感じるほどだ。
監視人は(2-2-2-1)のフォーメーションを採っているが、チーム全員がどのポジションでもこなせる技術を持っている。
各ポジションが2枚ずつ配備され、カバーリングがしっかりとしていて、舗装されたアスファルトのような安定感がある。無難すぎて脇道に逸れることもないので客の評判は悪い。
こちらの反応を見るべく、ウォッチャーが探りを入れる攻撃を散らし始めた。
「クロワ、頼む」
『フッ、全部落として見せます!』
クロワに受けを強要するため、敢えて割らせるマイクロミサイルやグレネードが多い展開。クレー射撃のようで観客は沸くが、クロワの射線確保が難しく、チームとしての動きは制限された状況。
『あ? クロワが総受けってか? 絡みが多すぎだろぉぉが!』
『ちょっとソルティさんの言っていることが分かりません!』
ソルティの下品な言葉を無垢なハーベストが返し、クロワは動揺したのかミスショットが出た。まさか暴言というフレンドリーファイアを撃たれるとは予想外だ。
「ハーベスト、試合の後にしろ。来るぞ」
様子見は終わった。そう言わんばかりに動きが切り替わり、さざ波は今、津波となってその足を絡め取ろうとする。
ハーベストとクロワのブースターに過剰な負担をかけて、オーバーヒートを狙う一糸乱れぬ動き。派手さは無く、玄人にしかウケないであろう軍隊の連携を披露してきた。
14機のモービルギアが大空に紡ぐ複雑なカーブ。競技フィールドの制限や互いの戦術の結果、どこか閉塞感すら感じる空のサーキット。求められる限界ギリギリのコーナーリングでブースターたちは火花と悲鳴を上げ続ける。
『けっ! 本来、空は自由なもんだろ! 俺はなぁ……オフロードじゃないと楽しくねーんだよ!』
続く我慢のレースに焦れたソルティが、勝手な理由で飛び出す。
「やれやれ……キャメル」
『了解、任せて!』
指揮をキャメルに任せ、ソルティの援護に向かう。
敵はトップリーグの中でも、最高の落下矯正の連携攻撃の練度を誇るウォッチャー。一度でも姿勢制御を崩せばそのまま得点サークルまで運ばれるのは必至。
「止まれ、ソルティ。ここは監視人の私有地だ」
『不法侵入上等! スカートは捲るもの、花園は荒らすものって相場は決まってんだ! いくぞナック! ついてこい!』
己を縛るものは何も無いとソルティが行動で示す。
ウォッチャーからの無数のビームを浴び、衝撃でガタガタとした軌道は独自のタクシーウェイを切り開く。
「通行止めだ」
ウォッチャーが再三に渡りソルティの背後を取りにくるも、阻止を続ける。それが背中を任された者としての役目。
ダークネイビー色の機体のブースターから光の帯が伸び、空のキャンバスに無邪気なアートが浮かぶ。捕まえようとするウォッチャーからの射撃がビーム音と共に空間を裂く。
だが、そこまで。
磁石コンビと称される連携に、鉄の塊である敵機の入り込む余地は無かった。
《御来場の皆さん! これが磁石コンビです!》
実況が磁石コンビについての解説を始めた。
トップリーグ連中の御用達であるこのトーナメントにおいて、エクリプスは無名。過去の戦争に至っては記憶の風化が始まっている。
《見て下さい! この素晴らしい連携! これが暴言王と、“元”最強の死神です!》
戦場で呼ばれ続けた不快な異名を持ち出され、戦局も相まってイライラが募ってくる。
「チッ」
『え? 先輩、何か言いましたか?』
「……今少し耐えろ」
強化兵士として多くの死に向き合ってきた過去。生きるために数多の戦場で戦果を上げ、撃墜数が四桁に上った時、敵だけではなく味方からもそう呼ばれ始めた。その異名が「お前が最も多く殺し、命を奪ったのだ」と耳に刺さる。
『ナック! 余計なこと考えんじゃねー! お前は俺の尻だけ求めてればいーんだよ!』
「ったく、訴えるぞ?」
どんなに時代が変化しても、ソルティだけは変わらない。関係性も、距離感も。態度で「一人じゃない」と示してくれる。
『ちゃんと後ろからついて来いよ!』
ソルティ得意のサーカスターンから連続モスキートの動き。何千回トレースしたと思っている。グリップ捌きどころか、操縦している時の表情までもが手に取るように分かる。
その荒い手癖を再現し、連結した列車のように二機のモービルギアが自在に空を翔け、それらの駆動音をかき消す歓声が舞う。
『クッ、持ちそうにありません!』
ウォッチャーの粘着質なマークを受け続けたクロワが、ダメージの蓄積に伴い動きを悪くしていた。クロワの献身に応え戦果をあげたいところだが、ウォッチャーの綻びは未だ見えない。このままではジリ貧だろう。
「各機、誘いだ。クロワ、作戦通りに」
『了解!!』
ウォッチャー監視下のクロワは、深海の気分で空を泳ぐのも嫌になるほどだと思うが、最後の一仕事をして貰う。
敢えて最少失点の撃墜へ流れを持ち込み、敵の得意なキャリブレーションへ誘いを仕掛ける。寧ろ相手の土俵だからこそ勝機が見出せる。
『クロちゃんがブロックダウン開始! キャリブレ来ます!』
力を出し切ったクロワが、敵キーパーから最も遠く得点サークルも無い上空へ。水色のモービルギアは焼き焦げるようなフルアタックに晒されている。
『皆さん、後を頼みます!』
「今だ。全機、キーパー強襲」
チームの『了解!!』の声が揃った。
───機体紹介(キャメル)
・機体名:ラン/カラーリング:ピンクホワイト
・ポジション:FA(フロントアタッカー)
・異名:なし
・機体名の由来:走りの意味。突っ走ることのある自分への戒め。それと同時に真っすぐ進んでいる響きを感じられることを気に入っている。