第12話
反省会のため、モニタールームに集まるエクリプスの面々。
「よっ! ライジングサン」
「凄いぞ、ライジングサン。よくやった」
「お二人ともやめて下さいよ!」
今やハーベストは時の人。一騎打ちで死蝶を下し、一度もゴールを決められたことの無かったモンドに、屈辱のゴールを決めた。
イカロスを沈めたことで異名はライジングサンと名付けられた訳だが、おのぼりさんみたいだと本人はお気に召さない様子。
「僕もクロワさんみたいにカッコイイ名前が良かった……」
「ハーちゃんの異名もかっこいいよ? ウチは異名がまだ無いし、羨ましいよ」
嘆くハーベストをチーザが慰め、ソルティが二人をまとめて笑い飛ばす。
「これでエクリプスも過半数が異名持ちだ! いよいよ俺らもスター街道に乗ったと言える。このまま勝ち上がっていくぞ!」
「燃え上がっていくの間違いじゃないのか?」
一先ず釘を刺しておく。
勝利後のインタビューでもソルティは失言をして、今や別の意味で時の人。既に大炎上中だ。
隣に座るハーベストを励ますチーザ。
「ほら、ハーちゃん。世の中、下には下の異名がいるよ?」
「そうだね。僕、ちょっと我儘だったかも」
ソルティの持つ異名《暴言王》は、異名と言うより悪口な気がしなくもない。
「そろそろ雑談をやめろ。では昨日のデブリーフィングと明日のブリーフィングを始めるぞ」
興奮冷めやらぬが、試合のスケジュールは詰まっているし、本戦トーナメントの敵はいずれも強豪。ノーシードのエクリプスが勝利の余韻に浸る暇はない。
「では全体の流れから攫うぞ」
大型モニターへ昨日の試合を映していく。
開幕は無難な立ち上がりを果たし、アタッカー3機で死蝶を捕まえようとしたが、予想通り紫のルーラーに阻まれる。
続くチーザの計画であるビーム禁止大作戦は、ルーラーへ小さな歪みを与えた。
それからエクリプスのアタッカー陣で縦ラインを展開。案の定、強気な死蝶を虫かごへ誘うことに成功する。
キャメルが耐える展開にはなったが、ソルティと二人で紫の番人を挟み込み、その支配権を限定的なものへと絞っていく。
「次にイカロスの横ラインを出させたのは良いが、まんまと嵌められたな」
「ご、ごめんなさい……」
肩を落とすチーザに責めている訳ではないと伝え、反省すべき点を挙げる。
ルーラーを落とすため、敵に5機を投入させたのだから無理に誘いを仕掛けず、纏まって逃げるべきだった。チーザが死のグループデートへ遅刻し、咄嗟の判断をしたためか、イカロスが慣れた展開へと縺れ込んだ感は否めない。
「しかし逆に、アンチウェポンの華麗なデビューとなった訳だ」
「フッ。ナックさんは褒めすぎですよ? まぁ、私としては当然のことをしたまでです」
撒かれた無数のマイクロミサイルと、グレネードの群れ。それら全てを撃ち抜くことで状況を打開したクロワの働きは、アンチウェポンと呼ばれるに相応しいものだ。
多くの観客を魅了した天才的な技術は、イカロス側からすれば悪夢の光景に映っただろう。とても目を反らせるものでは無いし、ルーラーもやりづらくなった筈だ。
「その後の遮蔽物を活かした凌ぎも見事だった」
そう告げると、クロワは顔を真っ赤にしてしきりに眼鏡を直している。
ルーラーを追い込むのと同時にウェハーが詰め寄られたが、機転もあって敵チェイサーとの相打ちへ持ち込み、落下矯正の連携攻撃を決めて点数は優位に立つ。
映像が短く途切れたところで、ハーベストが不安げに空席を見つめている。
「僕、ウェハーさんの容態は心配ですよ」
「あれでタフな奴だ。明日までには回復させる」
むち打ちになったウェハーは、接骨院に通っているので今日は休みだ。
「ソルティさんのリフレクターも鮮やか」
「おう! もっと褒め称えろキャメル!」
磁石コンビと呼ばれる銀と紺の追走。それを振り払えず絶体絶命へ陥ったルーラーを、救済すべくイカロスの4本の槍がソルティへと一斉射撃。
隠し持っていたリフレクターシールドを展開し、その眩しさで敵の足を止める。
そこからルーラーを青サークルに叩き込む流れは、チームとしてのここ最近の集大成と言えた。
キーパーを狙うしか逆転の目が無いイカロスは、当然ハーベストを狙う。
「そしてライジングサンが現れた訳だ。誇っていい」
「ナックさんに言われると照れますね」
新旧最強キーパー決定戦とも言える激闘は、死蝶ではなくハーベストの機体を勝者に選んだ。
そうして時の人、ライジングサンが誕生した。
「今回、最大の立役者は……」
全員の視線がそこへ集まる。ボサボサ黒髪ショートの持ち主へ。
「お前だチーザ。よくやった」
「あぁ、トップリーグのイカロス相手に圧勝だ! 観客たちには分からなくとも、選手は皆お前を讃えるぜ! もっと自信を持てチーザ!」
ソルティの絶賛に目を丸くするチーザだが、チームの皆から拍手が舞う。
「ウチ、嬉しいです!」
そうした称賛でデブリーフィングを終え、暫しの珈琲ブレイク。
差し入れは、ハーベストが用意した柔らかな香り漂うクレープだ。
「ふむ、キウイフルーツか。悪くない」
「お気に召しましたか?」
酸味のあるキウイフルーツと濃厚な生クリームのハーモニー。かなりビターを利かした生チョコが風味を一層引き立てていた。これならば甘いものが苦手でも食べることができ、小麦とバターの優しい甘さが、部屋とお腹を満たす。
「さて、一息入れたところで、明日のウォッチャー戦について課題点を纏めてあるから各自で確認しろ」
トップリーグの常連チーム、ウォッチャー。
元軍人で構成されたベテラン部隊は、目立った華やかさは無くとも、洗練された用兵からは穴という穴が見当たらない。
それぞれの端末で熟読していた課題点を挙げることはせず、大型モニターには全体的な情報と過去の名勝負を表示していった。
「ウォッチャーのリーダーはご存じの通り、エースキラーと呼ばれる男だ。今回はクロワとハーベストが徹底マークされることだろう」
「あの、これ全部ナックさんが挙げた僕たちの弱点ですか?」
手元の端末で課題点を見て、溜め息をついていたハーベストからの質問。
「そうだが?」
「ウチ、恥ずかしすぎます! 丸裸じゃないですか!」
チームなので強みも弱みも知っていて当然だと考えていたが、チーザの羞恥の声や、繰り返されるハーベストの溜め息、先ほどから固まって声を失っているクロワからすれば衝撃だったのかも知れない。
対照的にキャメルは真剣な面持ち。
「……クロワは狙われると思う」
「俺もキャメルに同意見だ」
ウォッチャーは軍人集団。敵の強みを潰すのに一切の容赦はしない。バランス型のフォーメーションを採用していて、アタッカー増員もスポンサーから熱望されて嫌々だというのが読み取れる。
射撃戦は彼等のテリトリー。領域侵犯を疑われるクロワが、執拗なほどに弱点を狙われることは避けられない。
「ウォッチャーの分析は俺以上だ。心しておけ」
「これでは……私は何も貢献出来ないのでは?」
アンチウェポンと評され、多少天狗になっていたクロワの自信を粉々に砕いてしまったようで、どう励ますべきか言葉を探す。
視線を彷徨わせていたら、ソルティと目があった。
「そら、お前らはまだわけーんだから、穴はあって当たり前だ! 毛穴なんざ五百万個もあるんだからな! で、ナックは穴に入れるのが大好きなんだぜ?」
「おい、その言い方だとだいぶ卑猥に聞こえるが?」
気のせいだと受け流すソルティには舌打ちを返したくなるが、後輩たちは今の冗談で無駄な力が抜けたようだ。
「おっし! 穴だらけすぎるから、俺から言う事はもうねぇな!」
「だったら黙ってろ」
「ソルティさん、お口にチャックですよ!」
チーザが口元をジッパーのように手で引き、それに対しソルティが笑顔の威嚇をしている。
そこまで勝つ事ができていない頃からソルティの失言・暴言である意味、エクリプスは有名だった。
暴言王という異名は的を得過ぎて文句も言えん。
本人は、暴力的なまでに有言実行を果たす王様だと言い、吹っ切れていた。
「ソルティ、そろそろ本当に黙れ。ブリーフィングを続けるぞ」
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明けて二回戦当日の朝。
早目に朝食を済ませ、茹だるような昼間と違いやや肌寒さの残るガレージへと一人やってきた。
今日はチームとしての真価を問われる日。好きにはやらせて貰えず、嫌なことだけの苦しい展開になるのは確定している。少しでも勝率を上げておきたい。
一人だけのガレージにスプレー音と蒸気音を響かせていたら、シャッターの重い開閉音が紛れ込む。
視線だけで音の方を見やると、ガレージの青錆び塗れの分厚いシャッターを右腕で押しのけ暖簾のようにくぐり、赤髪の大男が現れた。
「アカト、何をしに来た?」
アカトはすぐに返事をせず、近くにあった細めの鉄柱へと肩を預け、腕を組んでいる。寄り掛かっていた柱からは、軋みという抗議の声が出ていた。
「イカロス相手にダブルスコアらしいな?」
「すまんな、先に死蝶へゴールを決めてしまって」
アカトは「なーに、構わないさ」とさして気にもしていない様子を醸しているが、心境としては複雑なのかと思う。
邪魔をされたくなくて素っ気ない態度を取ったのに、アカトは居座っている。
「ところで、ソルティの奴。またメディア相手にやらかしたな」
聞き流して最終調整を続けていると、アカトから静かだが本気の圧を感じた。
「お前も分かってんだろ? ナック」
アカトに言われるまでもなく、ソルティの暴言がどういった理由で発せられているのかは知っている。
「異名持ちが増えた。これからは減るだろう」
「ソルティの暴言が減る訳ねーだろ! 今日はジョークよりもモービルギアを飛ばして来いよ!」
油の滑りが悪いのを気にしながら整備を終え、アカトを正面に見据えて答えた。
「これ以上、俺のための炎上は要らない」
───QA掲載(前半)
Q1.「モービルギアの色に意味はあるの?」
A1.「カラーリングにはレギュレーションが存在」
エンターテイメント性が高い競技のため、チーム内で似たカラーリングにしてはいけない規定がある。
また、どの機体から行われた射撃であるかを明示するべく、使用するビームの色も機体のカラーリングと同一、又は近い色相でなければならない。
そのため、軍属上がりからはレーザーライティングショーと評されているほどにカラフルである。
Q2.「格闘が重要な攻撃手段の理由は?」
A2.「徹底した安全マージンによる影響」
モービルギアが民間利用されるようになり、協賛スポンサーが作る新ブースターの見本市として始まった競技セブンスカイズ。
選手たちの安全性を公式で謳っている。
ビームやマイクロミサイルといった遠距離兵器は、徹底して威力を制限され、墜落しても破損しない頑丈さがモービルギアの装甲スペックとして定められている。
そのため、競技フィールド内で最も堅いものがモービルギアで、ブースターの勢いのまま殴るなどの格闘戦が最も高い攻撃力になってしまった背景がある。
最初は、倒せない威力のビームソードが用いられていたが、すぐにどの選手も使わなくなった。
Q3.「何故、蹴りよりも殴りが多いのか?」
A3.「メインブースターの位置と得点システムの影響」
競技ではなく実戦においては、蹴りの方がリーチや威力に優れている。だが、セブンスカイズでは事情が異なる。飛び回ったチェイスの果てに格闘があるので、バックパック部のメインブースターでの推進を得ているケースがほとんど。必然的に脚部は後ろに流れ、胸部の方が前に来ているので殴った方が早い背景がある。また、地表に叩き落されるのを避けるべく高い方に逃げる側面もあり、蹴りが有効になる機会が少ない。