第11話
エクリプスのFAの3機で縦ラインを展開。最上段をソルティ、中央をキャメルが担当。
「さぁ、死蝶。どちらへ逃げる?」
縦の逃げ場を防ぎ、左右どちらかを強要する不自由な二択を、フィールドに対し7:3の比率で仕掛けた。
自信家で強気な死蝶は、予想通りに狭い方を選ぶ。
こちらもキャメルを軸として再び包囲網を展開していく。
『けっ! 天邪鬼野郎が!』
ミスの帳消しを狙うソルティが果敢に攻めるも、死蝶にはアクロバティックな動きで躱され、続くキャメルの突進もあと一歩のところで逃す。
それどころか、エクリプスの弱点だと言わんばかりに、死蝶は露骨にキャメルを狙う。金のモービルギアが、ピンクホワイトの誘蛾灯と化したキャメルの機体を削り続ける。
『あたいは大丈夫! 任せて!』
ノイズ混じりの音声だが、不安や強がりは感じられないクリアな声。キャメルが一皮剥けようとして、被弾しつつも持ちこたえていた。
キャメルの奮戦に応えるのは、心配ではなく確かな成果。ソルティと二人でルーラーを落としにいく。
『いくぞ、ナック! ルーラー狩りだ!』
ルーラーは視界誘導を巧みに操り、攻め気を反らしてくるので中々決めきれない。魅せ弾だと頭では理解していても、目に見える爆発を完全に無視することは難しい。
チーザからの強めの警告。
『イカロスのラインです!』
こちらが手をこまねいていたら、切り替えしとして代名詞のイカロスの横薙ぎが展開される。しかし、ルーラーが劣勢なので、守勢に回らせるための苦し紛れ感は否めない。
「続行だ」
『おうよ! 法の支配はいらねーからな!』
守り切れると仲間を信じて、紫の番人へ法改定の申請を続ける。
言葉にせずとも背中で、態度で、頼むぞと後輩たちに告げる。
『ウチ、間に合わない! ウェハーさん、誘い!』
『あいよ!』
イカロスのMCを含めた5機編成で行われる圧巻の横ライン。上下の二者択一を押し付けてくる。
セオリー通りなら上に逃げるのが定石。高度を保っている方が多少制御を失っても立て直す時間が稼げる。但し、制御を乱すと落下矯正の連携攻撃を決められて大きな失点に繋がるリスクもある。それに相手はイカロス。この横薙ぎを用いて多くのチームを沈めており、安易な選択は悪手となりうる。
『ハーちゃん! 上!』
チーザが方針を定めた。即座にウェハーが囮になって下へ飛び、クロワとハーベストはセオリー通り上へ。
『やった! 釣れた!』
敵はキーパーではなく、ダークブラウンのMCへと群がっていく。
一見、上手く誘いをできたかに見えた。
『逃げて! ウェハーさん!』
ラインを仕掛けた5機全機でウェハーを猛追するイカロス。確実な各個撃破を狙っていたのだろう。
『ぐぬ!』
ウェハーは集中砲火を浴びて、さながら空中での一人ピンボール状態に陥り、最少失点の貢献に切り替えを迫られるほどのダメージを負う。
そこへ、今日はやけに耳障りに聞こえる実況が届く。
《これは決まるかー?》
しかし、歓声を全て塗り替えるクロワの神業が行われ、キャメルとウェハー、両方の窮地を救った。
『クロワ、助かった!』
『俺も持ち直した!』
果たして観客の中に、凄さの全容を理解できた者はどれだけいるのか。
イカロス側も動揺を隠せないのか多少の混乱が見られ、それに乗じてチーザとハーベストが死蝶へと突撃。
『隙ありです!!』
キャメルとも連携を強め、攻勢に回る。
クロワは射撃で両方を制圧しつつ、ハーベストのカバーにも入っている。
「これがお前らの特訓の成果か?」
相手のフルアタックを全て撃ち落すクロワ。
ソルティが自慢げに公言していた通り、目に見えるその全てを。
『新生クロワの記念すべきデビューは、イカロスを焼き鳥にする今日だぜ!』
比喩か意気込みだと思っていたが、ミサイルポッドから飛び出した無数のホーミングミサイルまで全弾撃ち落す様子を見て、本気だったことが分かった。
鮮やかな弾幕を操るバックスに次第に歓声が集まりだす。観客たちもようやく理解し始めた。ただの無名なダークホースではなく、イカロスの翼を焼くことのできる強さを持つ挑戦者なのだと。
遠距離戦では不利と判断した敵アタッカー陣が、矛先をウェハーから薄いスカイブルー色のバックス機へ変えた。
『ウェハーさん!』
『あいよ、チーザ』
エクリプスの両翼であるチーザとウェハーが、全ポジションの中で最高速をだせるMCのフルブーストで、突風を巻き起こしクロワの援護へ向かう。
『フッ。第三フェーズですよ。ソルティさん』
『おう、任された!』
ソルティの援護を受け、クロワは粘りを見せる。
一切、モービルギア同士を遮るものが存在しないこの競技フィールドで、唯一の遮蔽物を上手く活用している。
焼き鳥とは良く言ったものだ。クロワとソルティの射撃に誘導され、獰猛な鳥たちはクロワに対し一列となっていて、数を活かせずにいる。
ミサイルやグレネードで打開を試みても、発射した瞬間にクロワから撃ち落されるので、格闘、又はビームしか無いが、眼前にいる友軍が邪魔なのだろう。
《アンチウェポンの爆誕だーーー!》
騒ぐ観客たちは、薄いスカイブルーの機体をどう呼ぶべきか当惑したみたいだが、実況がつけた即席の異名、アンチウェポンをコールすると、歓声は押し寄せる波となり会場全体から聞こえだした。
『カカカ! ついにクロワも異名デビューか! すげーの付けてもらったな!』
純粋な射撃の腕だけならばセブンスカイズは疎か、大戦時の精鋭よりも上だと思う。どんな態勢、状況であっても針の穴を通す正確無比の射撃。ルーラーと違い、実戦向きの能力。
もし、数年後に戦場でクロワと相対したのなら全力で逃げる。勝ち目が無い。その異名はクロワに相応しいと自然に思えた。
「頼もしいな」
『ナック、合わせろ!』
新進気鋭たちが踏みとどまっているのだ、ベテランの意地も見せたい。ソルティの動きをトレースするべく、グリップにも力が籠る。
ルーラーとの高速チェイスが激化し、直線的に追走するソルティの後を追いかけ、蔓のように纏わりつきながらルーラーの逃げる方向を矯正していく。
『ウェハーさん!』
状況は目まぐるしく変わり、ウェハーと敵チェイサーが相打ち。どちらも姿勢制御を失い、オーバーヒート気味な様子からも回復は困難だろう。
『総員! キャリブレ!』
チーザ指揮でキャリブレーションが始まる。遠距離射撃やグレネードを活用し、落下するモービルギアを得点サークルへといざなう。
敵もウェハーに対しキャリブレーションを展開し、豪雨のような猛攻をウェハーは受けていた。
互いのチームが飛翔体を弾き、稲妻の軌道を描いた2機のモービルギアはそれぞれの得点サークルへと墜落。金属がひしゃげた嫌な音と落雷じみた爆音を轟かせた。
そのゴール合戦に大興奮の実況。
《ゴルゴーール! イカロスは青! 対するエクリプスはなんと赤です!》
双方のキャリブレーションの難易度が異なる位置で、相打ちに持って行ったウェハーの隠れたファインプレー。呻き声すら通信が来ないので、気絶したのかも知れない。
『そろそろその股ひらけ!』
「下品だぞ、ソルティ」
固く閉ざされた扉をこじ開ける一撃。
ブースターの煙を靡かせたソルティの鉄拳がルーラーへと届き、撃鉄を打ち付けた。
立て直させはしない。
グレネードランチャーを主体に、ルーラーが嫌がるポイントへと散らしていく。ソルティが追加でショルダータックルを叩き込み、離れ際に蹴りもお見舞い済み。
ルーラーを救援するべく、敵アタッカー陣からのビーム射撃がソルティへと殺到した。
「ここだソルティ」
『言われなくてもな!』
ソルティがショルダーパーツに内包していたリフレクターシールドを展開させる。リフレクターシールドは熱上昇が高すぎるため連続利用できず、常にオーバーヒートへ注意を払う必要があり、タイミングこそが命。
反射したビームが直撃し、敵アタッカー陣の足が一瞬止まる。着弾光を隠れ蓑に、ルーラーへと肉薄して告げる。
「閉廷時間だ」
フルブーストからの右拳はルーラーへジャストミート。ここまでソルティと激しいチェイスを繰り広げ、オーバーヒート寸前のルーラーに立て直す余裕はない筈だ。
すかさずチーザの指示が飛ぶ。
『キャリブレです!』
ソルティ、チーザ、クロワの連携を紡ぐ。
しかし、赤が狙えない位置、且つ、周囲のフォローで失点を抑えたのはイカロス側の技術と言えよう。
墜落と同時に実況が鳴る。
《ゴーール! 青です! 試合時間も残り少なくなってきました!》
実況からのゴールコールも束の間、死蝶が執拗にハーベストを狙い始めた。
ここからイカロスが逆転を狙うにはキーパーを落とすしかない。
『ハーちゃん!』
『大丈夫です! 僕に任せて下さい!』
火花散る至近距離での高速バトル。最強キーパーの死蝶と互角……いや、上回る格闘の駆け引きをみせるハーベスト。
会場からはどよめきが起こる。
《一体誰が予想したことでしょうか? 無名キーパーが死蝶と渡り合っています! ジャイアントキリングは起こってしまうのかー?》
実況を皮切りに、敵も一斉反撃に転じてくる。
邪魔はさせない。新時代の翼が今大きく羽ばたかんとしているのだ。
チーザが敵に即応する。
『各員! 対アタッカーシフト!』
敵アタッカー陣を残りのメンバーで封殺に向かう。
その流れを断ち切る金属音。ハーベストがムーンサルトキックを叩き込まれ、姿勢制御を乱す。
ここぞとばかりにグレネードをばら撒く死蝶。だが、それは手から離れた刹那、クロワが撃ち抜いていく。
『お返ししますね!』
一瞬で態勢を立て直したハーベストの反撃に、ついに死蝶がグラついた。
───機体紹介(ソルティ)
・機体名:バーたん/カラーリング:ダークネイビー
・ポジション:FA(フロントアタッカー)
・異名:暴言王
・機体名の由来:酒好きなソルティが、間違って消し忘れたまま協会に登録資料を提出した。以降、「たん」の部分を他人から突っ込まれても「なんでだ? 可愛いだろ?」と強がっている。実は資料へ記載した際に酔っていて「たん」が何だったのかを本人も知らない。